魔術師が居候することに…
地面には、先程少女に胴体を真っ二つにされた下級天使と呼ばれた男の姿がそこにあった。
その姿を見て、確実に勝ったことを確信した少女は俺を担いだまま地面へと降り立った。
そして、抱きかかえていた俺を地面へと降ろすと、真っ二つにされたモノに近づき、
「まあまあ、名前もないような天使だとこのレベルか。しかし思った以上に歯ごたえがない相手だったな。もっと、凄い能力とか披露してくるのかと思ったのだがな。」
少女はそんなことをブツブツと呟いていた。
すると、真っ二つにされていたものから急に白い煙が上がり始めた。
その煙は勢いが減ることもなく、そのまままるで蒸発していくようにして男の姿ごと消えていった。
そのあまりにも非現実的な出来事に目を疑っていると、少女は顎に手を当てそのまま自身の頬を触りながら、
「なるほど、なるほど。人間と違ってこういう感じで消えていくのか、天使とは。やっぱり、人間とは別の種類なのかね。あいつに言ったら中々に興味を惹きそうな現象だな。」
この信じられないような状況にさほど驚いた様子を見せず、むしろ初めて動物園で知らない生き物を見たかのような興味深い表情と声で言うと、少女は俺の存在を思い出したのか座り込んでいる俺に近づいてきた。
「よう、少年。怪我はなかったか?」
少女は俺の目の前に立つと立ち上がらせようとしてくれているのか、手を差し出してきた。俺はその手を掴むと引っ張られるように立ち上がった。
さっきまで腰が抜けていたせいで何だか足がフワフワしているような感触だ。地面に立っている感触がない。
「ありがとう。助かった。死んだかと思った…。」
俺は少女に礼を述べた。背丈は俺より少し小さいくらいだろうか。大体、155から160の間くらいと言った感じだろう。
ただ、背丈の割には何と言うかデカかった。そう、胸の部分がである。人間離れしたその外見は漫画やアニメに出てくるような美少女を思い浮かべるような姿だった。
長い髪をサラッと整えると、左手を腰に添えて少女は俺を見つめると、ニッコリと笑みを浮かべてきた。
「怪我はなさそうだし、無事そうで何より!あっ、私の名前はサタン・ウィザード。ウィザード家の次女で4人いる兄妹の3番目と言ったとこだね。まあ、通りすがりの助けてくれた正義のヒーローの美少女と思ってくれればいいよ。一応、助けた相手の名前くらい覚えておきたいし、名前だけ教えてよ。」
サタン・ウィザードと名乗った少女は自己紹介をすると、俺の名前を聞こうとしてきた。
この人は名前も知らない人間を助けに来たのか、と思ったが何かその辺の話を考えたら面倒な気もしたし、何よりさっさと自分の名前だけ教えて厄介事から逃げたい気分だった。
無事に生きていると感じると途端に腹が減り、家に早く帰りたい気分だった
「俺の名前は神野剣。本当に助けてくれてありがとう。まあ、でもこれ以上面倒ごとに会うのも嫌だしここで失礼するよ。」
もう少し、この美少女と話してみたい気持ちだったがそれ以上に面倒ごとに巻き込まれたくないという気持ちが勝ってしまった。
俺はサタンと名乗る少女に名前だけ軽く済ませると、自転車に乗ろうとした。
「パンクしてるんですけど…。」
空気がすっかり抜けてヘニャヘニャになってしまった自転車を見て、呟いた。
俺は家まで残り10分程度ある所から、自転車を引きずって帰らなければいけないことに絶望を感じた。
確かに、あれだけ派手に穴に突っ込んで自転車から転げ落ちれば自転車側も多少壊れてはいたかもしれない。しかし、まさかパンクしているのは想定外だった。
「何か、すまないな。」
少女がバツの悪そうな顔で俺と自転車を交互に見ながら言った。
「いや、謝られることはないよ。助けてくれたんだし。しかし、ここから自転車引きずって歩いて帰るのか。」
面倒だがやるしかないな。俺はそう決心すると、自転車を引きずりながら歩きだした。
10分程度で本来なら着くところだからここから歩くとしたら多く見積もっても30分くらいだろうか。
俺は大体の予測を頭の中で立てるとなるべく早く帰ろうと早歩きで自転車を引きずった。
すると、その後ろを何故か付いてくる一人の人物がいた。
先程、サタンと名乗った少女だった。
「何でいるの?帰るんじゃなかったの?」
俺は思わずツッコんだ。少女とは言うと、両手を後ろに回してまるで散歩をするかのように俺の後ろをついてきていた。
「いや、別に帰るのはいつでも出来るから、一応また襲われないように護衛も兼ねて家まで見送ってやろうかと思ってな。」
「いつでも帰れるんだ。ちなみにどうやって帰るの?」
ナンチャラ家とか名乗ってたし、どこぞの良家のお嬢様で緊急用のヘリコプターでも電話すれば来てくれるのだろうか。
俺がそんなことを考えていると、サタンはポケットから小さな形が整えられた石のようなものを取り出してきた。
そう言えば、先程まで持っていた剣はどこにしまったのだろうか。現状、身の回りに身に着けている気配すらない。
「これに自身の魔力を流し込むことで簡単に登録している場所に戻ることが出来る魔道具だ。まあ、転移魔法や時空系の魔法能力を持たない、もしくは近辺にいない場合でも楽に移動が出来るように開発された道具だ。」
魔道具って言ったな、この人。何だろう、急に目の前にいる美少女が胡散臭い人物のような感じがしてきた。
「えっ、魔道具って何?そもそも剣とか持ってたし、もしかしたら映画の撮影とかしてたりしてた?許可なく撮影されたとかなら肖像権とか諸々でお金の話とか出て来るけど?」
俺はサタンに疑いの目を向けながら聞き返した。
「何だ、貴様は私を疑っているのか?そんなに疑うのならお前を家まで送り届けた後に実際に見せてやろう。そもそも、あれが映画とか言い出すとか貴様の頭は大丈夫か?」
疑われたからだろうか、サタンは途端に不機嫌そうな顔で俺に返事をした。
不機嫌な顔をされても、こちらはそんな創作モノに出てきそうな便利アイテムを見せられてもはいそうですね、と信じられるほど頭はお花畑ではない。
「疑って悪かったよ。じゃあ、家帰るまでの歩きがてら、俺を襲ってきたのが何なのか教えてくれよ。急に襲われて命の危機に陥るわ、自転車はパンクさせられるわで散々な目に遭ったんだし。」
「…む。分かった。まあ、初めてだからな。私は寛大なんだ。今回は許してやろう。」
サタンはそう言うと、先程の不機嫌そうな顔から一転して機嫌よさげな声と表情をしていた。
いや単純すぎるだろ、とか何でそんな偉そうなんだとか言いたいことは色々あるが、どうせ家に帰るまでの数10分程度の関係だし黙っておくことにした。
サタンは、移動手段とか言っていた丸い石のような魔道具とやらを空に投げて取ってはを繰り返しながら俺の横を歩き始めた。
その魔道具、家に帰るのに必要なモノじゃないのか。落として失くしたらどうするつもりなんだと思ったが、まあ身のこなし的に運動神経とかそう言うのも高そうだから落とさない自信があるから出来るんだろうなと勝手に納得した。
「まあ、私自身も天使自体は初めて見たからな。そこら辺の説明はもしまた会う時があれば話のタネ程度に話すとしてやろう。まずは私が誰かと言う話からだな。」
サタンはそう言うと立ち止まると、自分の胸に手を当てた。
抱えられてた時から思っていたが本当に大きな胸だと思った。それでいて、体自体は引き締まっているように見え、何と言うかエロい体、と形容するのに相応しい体だった。
サタンはそんな俺の視線に気づいてないのか、そのまま話し始めた。
「私は先程も言ったが、サタン・ウィザード。ウィザード家の現当主、キール・ウィザードの次女だ。」
「そのウィザード家とやらについて教えてくれよ。さもこっちが知ってる前提で話すのやめて欲しいんだが。そもそも、顔の感じ的に日本人っぽくないよな。明らかに欧米系の顔っぽいし。」
俺がそう言うと、サタンは再び歩き出し、やれやれと言った感じで首を横に振った。
やれやれ、と言った感じになりたいのはこっちの方なんだがと思った。
何と言うか、先程の天使とやらへの最強発言にしてもそうだが何と言うか気の強さを感じざるを得ない。
「質問の多い男だな。まあ、確かに魔術に関わりもない人間からしたらなんのこっちゃさっぱりなのかもな。ウィザード家とはイギリスに古くからある魔術師の一家の一つだ。まあ、公に魔術なんてものは十何世紀に歴史から抹消されてしまって今では一部の人間しか知らない秘密事項のようなものだがな。」
「魔術なんてまたずいぶんとおとぎ話みたいな話出してきたな。まあ、ここまで来たら今更驚く気も起きないけど。」
俺がそう言うと、サタンは何やら自慢したそうな顔を向けてきた。恐らく、ここからそのウィザード家とやらがいかに格式が高い家なのか言う気なのだろう。
正直、金輪際関わることもない一家の話だろうし適当に聞いておこうと思った。
「ウィザード家は魔術師の一家だが、公には政府の一機関の一つとして活動している。主な活動としては、魔術を違法に扱う者の取り締まりと今回のような異変が起こった際の対処が主な役目だな。簡単に言えば、イギリスにおける魔術関連の警察的な立ち位置だ。私の家とは別に似たような政府お抱えの魔術師の家はいくつかある。」
「じゃあ、公には公務員みたいな感じなのか?」
「まあ、簡単に言えばな。今回、日本の方で何かしらの異変を感知したからそれの調査でウィザード家の者が行く予定だったんだが、体調を崩してな。ちょうどそこで、簡単な調査だからと経験を積ませるのも兼ねて、私が行かされたという訳だ。本来ならもう一人お付きで一人一緒に来る予定だったが、転移魔術に何かしらの異変が起きて私しか来れなかったが。」
「お前のとこの魔術、ガバガバすぎだろ!」
俺はその杜撰な派遣状況に思わずツッコんだ。
まあ、この女が来なかったら今頃俺は死んでいただろうから、そういう意味ではその杜撰さに助けられたというところもあるが。
「で、何で俺はあんなのに襲われたんだよ。」
俺は最も聞きたかったことをサタンに聞いた。
何だかんだ、家まで残り僅かと言ったところで、自分の家の明かりが見えるところまで来た。
サタンは俺の方を見ると、ため息を一つついた。
「そんなことをこの私が知るわけもないだろう。そもそも、何で魔術とほとんど縁もゆかりもないような日本で異変が感知されて、挙句の果てに下級とはいえは天使までいるんだという異常事態なんだから。」
サタンは呆れながら俺に言ってきた。
呆れたいのはこっちの方だし、よく分からないけどその天使を真っ二つにしたのか、と言いたい。
俺はそんなことを思っていると家の玄関の前に着いた。
そして、自転車を車庫に置くと、サタンの方を振り返った。
「まあ、いいや。無事に今生きているし。今日は助かったよ。出来ることならもう二度と厄介事には会いたくないな。」
俺は転移魔術で使うとか言っていた魔道具を投げて取ってを繰り返す遊びをしているサタンに別れの挨拶を告げた。
サタンの方も声をかけられて、暇を持て余した遊びをやめると、俺の方を見てきた。
こう見ると本当に綺麗な顔立ちをしているなと感じた。
言葉遣いとか諸々でお転婆間の方が強くなってしまったが。
「そうだな。精々、もう襲われないように気を付けることだな。まあ、もう会わないだろうが弱そうな普通の顔をした高校生の男子を助けてきたと帰ったら自慢しといてやろう。」
サタンはそう言うとニヤニヤと笑った。
弱そうで普通の顔で悪かったなと思ったが、もうこれでお別れだろうし余計なことは言わないでおこう。
サタンが手に持っていた魔道具を握りしめると、握りしめていた手から少しばかり光が漏れていた。
恐らくこれが転移する前の前振り的な何かなんだろうなと思った。
今日は酷い目に遭ったし、これから母親に遅くなった言い訳をしないとなと考えながら、サタンに手を振ろうとした瞬間だった。
手から漏れていた光はすでに消えたというのにそこにはサタンの姿があった。
「帰れないんですけど…。」
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