ある少女との出会い

その日はいつも通りの学校の帰り道だった。


部活の練習を終えた俺はいつものように登下校の道を自転車を漕ぎながら走っていた。

10月にそろそろなろうとする頃だからか、寒くそして強い風が吹いているせいか自転車の漕ぐスピードが遅く感じる。


「腹減ったなー、今日の夕飯は何だろ…」


俺は自宅まで残り10分程度で着くかなといったところで独り言をつぶやいた。部活の練習で腹も減ったこともあり、ガッツリした料理を食べたい気分だった。


「…。貴様が神野剣(かみのつるぎ)か?」


急に俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。女性の声とかなら思わず振り向いていただろうが、残念ながら明らかにその声は男の声であった。

宗教勧誘かな、とも思ったが例えそうだとしたら自分の名前を知っている宗教勧誘とか絶対に厄介事の匂いしかしないので無視が安定である。


よし、そのまま無視して帰ろう。

俺はそう決意すると、追ってこられるのを避けるために自転車を漕ぐスピードを上げようとした。


その瞬間だった…


バチンッッッ!!!


鼓膜が破れるかのような音が響くと、俺の目の前の道路が焦げ臭い匂いを発し、数センチに及ぶ小さなクレーターが出来ていた。


「…は?」


俺が目の前の光景に驚き、思わず後ろを振り向くとそこには一人の大男がいた。いや、正確に言うとその男は宙に浮かんでいた。

浮かぶ、と言う表現はあまり正確ではなかったかもしれない。訂正すると、背中から大きな白い翼を広げて、もう暗くなった夜空に立っていた。

そうその姿はまるでおとぎ話とかに出てくるような天使の姿そのものだった。


「もう一度聞く。貴様が神野剣か?」


「いいえ、人違いです。宗教とかそう言うの信じない人間なので自分はこれで。」


俺はもう一度自身の名前を聞き返してきた翼の生えた大男に震えた声で返すと、大急ぎで自転車を漕いでその場から去ろうとした。

しかし、前を見ずに走り始めたせいか、先ほどの男が作ったクレーターに前輪が引っかかるとそのまま勢いよく自転車から転んでしまった。


「ふむ、その慌てよう。間違いなさそうだな。」


転び、そして余りにもの恐怖から腰が抜けてしまった俺を見た男はゆっくりと地上に降りてくると、目の前に立っていた。

その瞬間、自分の中の全神経がここで短い人生が終わると直感で感じ取った。


あー、もっといろいろやりたいこととかあったのになー。思えば、短い人生だったな。死んだ後の体とかってちゃんと家族のもとに届いて葬式あげてもらえるのかな。


俺は走馬灯と共にそんなことを思っていると、目の前にいる翼の生えた男は俺の目の前に手をかざすと青白い光を浮かび上がらせた。


「まだ、発動はしていない状態で見つけれたのは好都合だった。これはよい報告が出来そうだ。」


発動?良い報告?何の話なのかさっぱり分からないことを呟いた男は手に灯していた青白い光をより一層強めた。


確実に自分は今、この瞬間死ぬだろう。そう確信した次の瞬間だった。


「おー、ぎりぎりセーフと言ったところだな。」


突然そんな声が聞こえてくると、青白い光が発せられて目を閉じてた俺は誰かに抱きかかえられて、宙に浮かんでいた。

目を開けて抱きかかえてくれた人間を見ると、そこにいたのは黒い髪を腰まで伸ばし、青い目に透き通るような白い肌をした美少女だった。

年は自分とあまり変わらないくらいだろうか。

その少女は右手に持っていた剣を肩に担ぎ、俺の方を見ると、


「中々に強い魔力を感じたから向かってみたら案の定、ビンゴだな。」


ニヤリと不敵に笑うと、担いでいた剣で軽く肩を2度ほど叩くと、見上げていた男に対して、艶のある長い黒髪を風になびかせながら言い放った。


「まさか、天使と言う存在が実在していたとはな。まあ、こう言った組織に所属もしていればいつかは会うことはあっただろうが、力試しとしてはちょうど良さそうだな。」


「ふむ、人間の身で魔力を持っているとは面白いな。小娘よ、今すぐにその小僧をこちらに引き渡せばその言動の無礼は許してやらんこともないぞ。」


男は、黒髪の少女を見上げながら完全に舐め切った口調で言うと、翼を広げ天に上がり、自分達と同じ目線まで来た。


少女は、男と対峙するも明らかに怖じ気づく様子もなく、むしろ余裕の笑みを浮かべていた。

俺はその姿を見て、何でそんな余裕そうなんだと言いたかったがそれ以上に今の状況を理解することが出来ずにいた。


「安心しろ。すぐに終わらせてやる。なーに、そんな不安そうな顔をするな。私は人類最強と呼ばれている女だぞ。天使といえど、見たところ所詮は名前もないような下級天使風情。日本の言葉で言えば、瞬殺と言ったところだな。」


俺の方を見てきた少女は安心させるためなのかそんな言葉を言ってきた。

いや、人類最強だの何だの知らないからまず名前を言えとかこの状況を教えろとかそもそも瞬殺なんて言葉は今日日日本人でも使わないだろ、とか

色々ツッコミたいところだが、相手側の下級天使さんとやらが尋常じゃない雰囲気を纏い始めたのでとてもじゃないがそんな言葉を言えるような状況ではない。


「随分と舐められたものだな。たかが、人間の小娘一人。その程度に天使の俺が負けるとでも?」


完全に挑発に乗ったのか今にも怒りを爆発させそうな勢いで男は少女に対して臨戦態勢を取り始めた。

少女も少女でそれまで肩に担いでいた剣を下すと、更に挑発するかのように男に対して剣を持った手の指でこっちに来いと言わんばかりのジェスチャーを撮り始めた。


「いや、お前何挑発してるの!?相手完全にキレてるじゃん!?」


俺はあまりにもあからさまな挑発を続ける少女についにツッコんだ。少女は、俺の方を見ると、再びニヤリと不敵な笑みを浮かべて、


「安心しろ。さっきも言っただろ。私は人類最強なんだ。ちょうどいい腕試しを兼ねてそこで私に抱えられながら見学しているといい。」


そう言い放った瞬間、少女は目の前に急に現れた男が振り下ろしてきた槍を軽く剣でいなし、後ろに下がった。


そして、再び男が少女と俺の前の前に現れた瞬間、自分でも何が起きたのか一瞬理解できなかった。

俺は、男が目の前で槍を突き刺そうとした瞬間までは目に入っていたが、その瞬間少女に抱きかかえられたまま何故か男の背後に立っていた。

そして、男が慌てて後ろを振り返ろうとした瞬間、少女は自身の剣で思いっきり男の体を真っ二つに叩き切ったのである。


「言っただろ、私は最強なんだ。貴様程度に負けるようなことはない。」


少女はそう言い放つと、信じられないと言った顔で地面に落ちていく男を見下ろしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る