第20話 くつろぎの時間

 どうぞこちらにと、下女メイドがランプを持って、灯台が灯る廊下を先に歩き、後から3人が続く。3人の荷物は、後ろから数人の下男ボーイたちが運んでくれている


 「ねぇ〜下女のお姉さん、どう?非番の時に、俺とデートなんて......痛いッ!暴力反対!」


 バチーン!


 下女を口説こうとしたアルの肩に、エルは手首のスナップが効いた平手打ちをお見舞いする。下女とレオは、それを見てフフフと笑った


 「ごめんなさいね、兵隊さん。私もう身持ちなの。夫は幼馴染で、あなたと同じ帝国兵士。もしかして、知ってます?私の夫、クリス・ニールって言うんですけど.......」


 「え!クリスのかみさんだったの!いゃ〜アイツは兵学校の頃からの悪友で......アイツ、いい奴でした......」


 アルの口ぶりと雰囲気から、エルとレオは察した


 「もしかして、あなたって、夫の話によく出てくる“もっこり一等兵のエンデ”ですか!?」


 「そう、それ俺のこと。アイツめ、余計なこと言いやがって」


 しんみりとした笑顔で懐かしむ、アルの横顔に、エルとレオは、切ない気持ちになった。下女はフフフと笑いながら、アルと親しそうに話している。最愛の人を亡くしているというのに、なんて気丈な人だと思った

 

 「夫は片脚は無くしましたが、今は義足をつけて、子どもたちと元気に畑を耕してます」


 「へぇ〜、クリスのやつ、子どももいるのか!元気そうなら何よりだ。今度遊びに行くと、伝えといてくれ」


 『その話の流れで、クリス生きてるんかい!』と、レオとエル思ったが、勘違いしたのは自分たちなので、恥ずかしさに顔を赤らめて、その言葉をグッと飲み込んだ


------

 「さあ、殿方はこちらの部屋を、お嬢様はこちらをお使いください。」


 下男がエルを別の部屋に案内すると、下女はランプをテーブルの上に置き、手持ちの蝋燭で、燭台に火を灯していく。明るくなった部屋には、ティーテーブルに、椅子が二脚。そして清潔なベッドが2台並んでいる


 「ご用がありましたら天井から下がっている紐をお引きください。これを引くと......」


 下女が紐を引くと、遠くの方でカランと鐘が鳴る音がして、しばらくすると、別の下女がお茶を持ってきた


 「では、ごゆっくりおくつろぎください」


 レオは椅子に座り、ティーカップに注がれたお茶を飲みながら、槍を組み立てているアルに話しかけた。


 「なあ、アル。さっきの女騎士を倒した技。あれ、どうやったんだ?速くて全然見えなかった」


 「ああ、あれか。あれは帝国式格闘術第二の“無刀取り”を俺なりにアレンジした技だ。ちょっとこれでゆっくり突いてみてよ」


 アルはまだ穂先をつけてない、組みたて途中槍の柄を、レオに投げ渡した。アルと対峙したレオは、アルの喉元めがけてゆっくりと突きの動作を繰り出す。アルは半身になって突きを躱しながら前進し、間合いを詰めると、左手で柄を持ったレオの腕を掴み、右手は喉元に置く


 「そして、こう」


  左手を掴んだまま自分の方に強くひっぱりながら、足を刈るとレオの身体はいとも簡単に、後ろにひっくり返った


 「こんな感じの技だ。暴漢の制圧やこっちの武器がなくなったときによく使う」


 「なるほどな。“戦場仕込みの技”って訳だ。それにしても、あの鋭い突きを躱して、よく前に進めるな」


 身体を起こしながらレオが感心すると、アルはフフっと笑った


 「簡単さ。あの女の突き、俺を本気で殺そうなんて気が全くなかったからな。俺の喉元に突きつけて、泣きべそかいて、命乞いするとこが見たかったんだろう。もっとも、“名ばかり騎士”ごときに、俺は殺せない」


 かつて騎士は、主君を守る“つるぎ”であった。戦場があれば、主君を護りながら果敢に戦う“戦場の華”であった


 しかし今では、銃火器と攻撃魔法の発展により、軍隊も集団戦術が主となり、騎士が先陣を切るようなことはなくなった。次第に騎士は、“貴族の名誉称号”として扱われるようになり、剣術をはじめとした武芸は達者でも、戦場の一つにも出たことのない者ばかり。今や、兵学校の騎士科も、“貴族のお坊ちゃんやお嬢様の教養学科”的な位置付けだ


 女騎士ヒルダもそんな感じの“名ばかり騎士”であった


 「まあ、あんな美人に、地獄のような戦場は似合わないしな」


 レオはつくづく、アルが幾多の戦場を潜り抜けた、兵士であること実感した。自分は山賊に襲われたあの時、腰に差した剣を抜くことが、怖くてできなかった。道場で教えている剣道も、所詮はスポーツ。これからの旅で頻繁に起きるであろう、“命のやり取り”に、役に立つか不安になった


 「レオ?どうしたんだ?そんな難しい顔をして」

 

 「ああ、いやなんでもない」


 アルとレオの2人は、椅子に座り直すと、少し冷めてしまったお茶をグイッと飲み干した。しばらく談笑しながらくつろいでいると、ノックの音が3回鳴る


 護身用の短剣を後ろに隠し持って、アルがドアを開けると、下女がにこやかに立っていた


 「お夕飯がご用意出来ましたわ。食堂ダイニングルームまでご案内いたします」




 

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る