第16話 ゆうげのひととき

 エルにレオと御者のことを任せ、アルは近くの雑木林で焚き木を拾った。今から暗くなる前にピグモの村に着くのは厳しい。なので今日はここで野宿することに決めたのだ


 「アル......スープを鍋一杯に作ってくれ」


 蚊の鳴くような小さな声で、レオが呟く。アルは、エルが御者とレオの容体を見てる間に、慣れた手つきで夕餉ゆうげの支度をする。携行缶から鍋に水を入れ、塩漬け肉と乾燥させた野菜、芋をぶちこむ。折りたたみ式調理台を組み立て、その下に焚き木を置く


 「点火イグオン


 調理台の下とは別のところに組んだ、焚き木の下に入れた着火材に向かって、アルが指をパチンと鳴らすと、アルの人差し指から放たれた火の粉が着火材に移り、パチパチと燃え出した


 『点火』。覚えれば子どもにだって出来る、下級レベルの『火の魔法』だ。魔法に長けた者なら、これを攻撃目的に転用した、上級レベルの魔法も会得できるが、基本的には法律で禁じられている


 国家において脅威となる、火、水(氷を含む)、風、土、雷の魔法 (世界魔法機関の定める5大魔法)の、上級魔法を会得するには、ミクラスの魔法庁が定める『上級魔法取扱者免許』が必要になる。実技はもちろん、筆記試験と身上調査 (危険人物や、反社会的組織に属していないことの確認) もあるため、誰でも簡単に取れるわけではない


 アルは火種を大きくしながら、エルの放った雷の護身魔法は、“免許なしで扱える中級レベル”の範疇はんちゅうに入るのかどうかなんてことを、考えていた


 そうしてるうちに、焚き火が出来上がってきたので、火種を調理台に移し、スープを作りはじめる。火の調子を気にしながら、コトコトと煮込んでいく


 「さて......お味は、よし!まあ、こんなもんかな!おーい飯にしよう!エル、食器とパンを用意してくれ」


 支度ができると、焚き火を囲いながら、4人で食事を摂る。御者の爺さんも目覚めて、ふやかしたパンを美味そうに食べている


 「はぐ!モグモグ......ガツガツ、ムシャムシャ!」


 レオはものすごい勢いで食事を平らげ、何杯もスープをおかわりしていた。それでも足りず、緊急用の果物の乾物を、ムシャムシャと食べている


 「レオ、あなたってそんな大食漢だったの?」


 ようやく元気を取り戻した、レオの手が止まる


 「実は俺の付与能力チートスキルは、どんな怪我や傷を治すことができるんだが、いくつか弱点があるみたいなんだ。まず、死人は生き返らせられない、次に過去に受けた傷の跡は治せない、そして、力を使う変わりに、すっごく腹が減るんだ......」


 アルはピンときてなかったが、エルは、今朝準備してた時にレオが、もっと食料を積むようにと指示していた意味がようやく理解できた

 

 御者はというと、すっかり元気になり、もう今からでも馬車を卸せると豪語できるほどに回復していた。スキットルに入った蒸留酒をチビチビと飲みながら、すっかり赤ら顔だ


 「若様にいただいた、おいぼれのこの命。無事にミクラスまで、安全にお送りいたしますぞ!」


 涙を浮かべながら深々と頭を下げた御者に、レオは貴族として丁寧に応じた


その晩、焚き火を絶やさぬようにしながら、御者とアルの2人で見張りをしながら朝を待った


 翌朝、日が登ると同時に出発し、ピグモの村で昼休憩。そのまま一行の乗った馬車が何事もなく、帝国ミクラスとの国境付近の街、アギラに到着したのは、日が暮れる前だった

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