第12話 出発

 アルとエルが、レオから呼び出されてから、3日が経った。今日の昼頃出発予定ということで、アンフィニ卿の邸宅の前には、二頭立ての馬車が既に停まっていて、馬が飼い葉を食べている


 「しっかし、エルのやつ遅いな〜」


 身支度と朝の鍛錬、そして朝食まですっかり済ませたアルはそうボヤくと、レオはハハハと笑う


 「なぁに、女性レディはおめかししたり、色々と準備がかかるものだからね、気軽に待とう」


 「なんかわかったような口ぶりだな、色男」


 そんな軽口を叩きながら到着を待つ。しばらくすると、ポールがエルが到着したことを知らせてくれたので、レオとアルは邸宅の門まで出てくる


 「エル、随分時間がかかったんじゃない......ってなんだ!?その大荷物は!?」


 アルが思わず素っ頓狂な声をあげる。とても1人分の量とは思えない、一頭立ての荷馬車ワゴン一杯の荷物。それを御者がせっせと下ろしている


 「あ、2人ともごめんね遅くなっちゃった。心配性なお父様がアレもこれも持ってけって......」


 アルは荷馬車の荷下ろしを手伝いながら、エルと一緒に、再度荷物を詰め直す


 「救急セットは俺が持ってるから要らないだろ、お!護身用の懐刀ナイフ回転短筒ピストルか。ずいぶんな骨董品だが、これはあったほうがいいな。それから鍋と固形燃料、香辛料の瓶も入れて......。大量のお守りと本.......こんなには持ってけないから少し減らそう。食料もミクラスまでじゃこんなに量は要らないな」


 「アル、ちょっと待ってくれ。食料は多めに積んでおいたほうがいいんじゃないか?」


 「......そうだな。幸いすぐ腐るようなものは少ないし、まだ馬車に積めそうだから、緊急時用で取っておくか」


 レオの言う通りに、アルは、瓶詰めや芋、乾物などを麻袋の中に詰め戻した


「それから......ん?なんだ、この派手な布は?」


 アルはそのうちの一枚を、つまんで広げる。光沢のある素材でできたそれは、周りにはレース、正面にはリボンがあしらわれている。見慣れない布きれだが、アルはそれがなんなのかを、良く知っていた


 「こ......これは!『転生者』がもたらしたモノの一つ!腰巻しかなかったこの世界にもたらされた、大革命ッ!は......初めて見たぜ!これが、パ、パンティー!女のパンティー!」


 「往来で広げるなぁ!バカ!変態!」


 バチーン!と乾いた音とともに、アルの頬に大きな“モミジ”ができた


 ようやく、エルの荷物み小さな荷馬車一台ぶんから、大きい背嚢ザック一つぶんに収まった。荷馬車の御者を見送り、3人はそれぞれの荷物を、馬車に積み込んだ


 「後は、これを入れて......っと!」


 エルが最後に入れていたのは、珠算器そろばんだった。彼女にとってはいわば商売道具だが、それを見ていたレオが尋ねる


 「最近、電卓 (電気魔導式卓上歯車計算機)、がでたらしいが、エルは電卓を使わないのか?」


 そう聞くと、エルは少し恥ずかしそうに答える


 「私ってば、魔術がからっきしダメみたいで......それに計算なら、慣れたこっちのほうが早いしね」


 エルサの父、ロベール家の現当主マリオ・ロベールは新しいモノが好き。もちろん出たばかりの電卓も取り寄せた


 この魔導機器は、まず電気魔法で“充電”操作をしなければならない。初歩の雷魔法(静電気を発生させる程度)が使えれば、誰でも使える代物であったが、マリオが使ってもなんともなかった計算機は、エルサが触れた瞬間、黒煙を上げて壊れたそうだ


 「雷魔法のやり方が悪いのかと思って、魔道書を読み直して、いっぱい練習したんだけど、電卓だけじゃなくて、他の電気魔導機器も壊しちゃって......でもね、その練習のお陰でこんなことができるようになったの。アル、こっちに来て」


 エルは、脛当てと鉄甲をつけてる最中のアルを呼び出した。アルが近づくと急に抱きついた


 「えい♡ぎゅ〜♡」


 「!?エ......エル!?エルサさん?急に何を!や、柔らかい......!じゃなくて!当たってる、当たってるって!2つの柔らかいお山が当たってますってぇ!あぁ〜柔らかい〜。デヘ、デヘ、デヘヘ......ぼかぁ、幸せだなぁ〜」


 「はい、幸せな時間は終わり♪」


 イタズラっぽくエルが微笑むと、エルの身体が青白く光り、黒い髪がふわっと逆立ち始めた。バチバチと音がなり、完全に鼻の下が伸び切ったアルが、ヤバいと思うよりも先に、一気に放電スパークした


 「ぎゃあああああ!し、シビビビビビビビビビビ!アババババババ!は、計ったなぁああああああああ!!」


 エルがパッと身体を離すと、少し焦げたアルが地面に倒れ込む。エルの身体は発光をやめて、元通りだ


 「これ、偶然できるようになった護身魔法。名付けてカウンターショック」


 「し......しどい........ぼくちゃんを実験台に使うなんて.......」


 焦げ焦げで、口から黒煙を吹くアルを見て、レオは腹を抱えて笑っている


「でも身体を密着させないと使えないし、殺傷能力もない。それに1日2回が限度だから、本当に護身用。アル、ごめんね♡」


 エルは、またイタズラっぽい表情を浮かべた


 それから昼食を取った3人は、いよいよ帝国ミクラスに向けて出発する。客室キャビンにはレオとエルが座り、荷物は後ろ、もしくは屋根上に載せた。軽装歩兵装備のアルは、馬車の後ろの立ち台に槍を持って立つ


 「なぁ、アルは乗らないのか?」


 「レオ、俺は後ろに特等席あるからいいや」

 

 不思議そうな顔をして、レオとエルが客室に乗り込むと御者がかんぬきをかけた。護衛という意味もあるが、いくら幼馴染とはいえ、大人になった今では、2人は貴族と商人の娘。そこに俺のような一般兵が、一緒に乗るわけにもいかないのだ


 御者が馬に鞭を打つと、2頭のウマはいななき、前に進み始めた


 「若様〜!アルフレッド!エルサ!どうかご無事で〜」


 手を振り続けるポールに向かって、3人は手を振り返した



 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る