第10話 剣術道場

 一度家に戻り、支度をすると言ってエルは帰って行ったが、アルはしばらくこのアンフィニ卿の邸宅でお世話になることにした


 「なあ、アル。よかったら俺がやってる剣術道場に行かないか?久しぶりに俺も剣が振いたくなった」


 アンフィニ卿ことレオが誘うと、アルは喜んでその誘いに乗った


 「では、ポール、俺は“剣の稽古”に行ってくるから留守を頼むぞ」


 「かしこまりました、若様」


 邸宅から歩いて5分。簡素な小屋には、『サカグチ剣術道場』と書かれた簡単な看板がかかっている


 「めーん!」


 道場に入ると、老若男女の道場生たちが木剣を振い、稽古をしている


 「あ!サカグチ先生だ。こんにちは!あれ、この兵隊さんは先生のお友達?」


 剣を振っていた少年少女の数人が、レオとエルに気づき近づいてくる。レオは、この道場では“サカグチ”と名乗っているようだ


 「はい、こんにちは。このお兄さんは、先生のお友達。アルフレッドだ。みんな仲良くしてくれ」


 はーいと返事をした子どもたちは、また元に戻り再び剣を振り始めた


 「なるほど、この剣術道場は“ケンドー”を教えてるんだなレオ......いや、ここでは“サカグチ先生”と呼んだ方が良さそうだな。そーいえば俺、剣術ゴッコでお前に勝てたことなかったなぁー」


 “ケンドー”。それは昔レオが教えてくれた、異世界の剣術の名前だ。レオに転生する前のサカグチは、この剣術のチャンピオン大会に出場できるほどの、腕前だったと言う

 

 「久しぶりにどうだ?」


 昔を懐かしんでいるアルに、レオは微笑むと一本の木剣を、レオに渡す。鍛錬で使う両刃の木剣ロングソードとは違う、背に反りがあり、丸いツバのついた片刃の木剣だ


 「へぇー、ケンドーってのは、こんな変わった形の剣を使うんだなぁ。しかも片刃か。長さはいつもの剣ぐらいだが、こりゃあバカに長い包丁だな」


 アルは試しに素振りをしてみる。剣術の構えは“プレーナ”。帝国ミクラスで採用されている、帝国式剣術エンパイヤソダスの中でも基本の型だ。左足を前にして半身になり、膝を緩めて少し腰を落として立つ。剣先は真っ直ぐ上に立てる構えだ。アルはそこから斜め切り、横払い、切り上げ、前蹴りからの突き。そして正面へ切り込んでみて、木剣の感覚を掴む


 「なるほど。子どもの時はその辺の棒切れだったから分からなかったけど、こりゃあ、引き斬るための剣だ。」


 少年のように目を輝かせたアルを見て、レオはその技量を褒め称える


 「お見事!さすがは、兵士と言ったところだ。こりゃあ、俺も本気出さないと負けるかもなぁ......」


 レオも少し木剣を振りながら、そんなことをぼやく。しばしの準備運動ののち、互いに防具を付けて、道場の一画で対峙する。他の道場生たちも稽古をやめ、2人の戦いを見に集まってくる


 レオの構えは、相変わらず独特だ。右足を前にし、後ろ足の踵をあげて、まっすぐ中段に剣を構える。剣先がアルの喉元に向く、いわゆる“正眼の構え”である


 「それでは3本勝負、始めぃ!」


 道場の師範代が、掛け声をかけると、お互い間合いを取りながら、ジリジリ動く。水を打ったような静寂ののち、アルが前に踏み出しながら、斜め斬りを打ち込みにいく。それをレオは、バックステップで紙一重にいなすと、振り下ろされたアルの右手首に、木剣を打ち込んだ


 「小手!」


 その衝撃と痛みに、アルは堪らず木剣を取り落とす。レオはそのまますかさず、アルの喉元に剣を突き立てた


 「一本!小手あり!」

 

 「参った!もう一番お願いします!」


 アルが降伏し、まず一本目はレオが先取した。木剣をもう一度構え直し、また合図とともに対峙すると、今度はレオが仕掛けた。真っ直ぐに振り下ろされた剣を、しのぎの部分で受けたアルはそのまま、鍔迫り合いの形になる。パワーで、レオの体勢を崩すと胴に一閃、横払を打ち込む。


 バチーンと防具を打った音が、道場に響く。その勢いでレオの身体は吹き飛ばされ、地面に落ちてから2〜3回床に転がった


 「一本!胴あり!」


 「へへっ!遂に一本とったぜ!」


 まさか出来事に、心配でオロオロする道場生に構うことなく、ゆっくり立ち上がるレオ

 

 「アル......なんてパワーとスピード!......すげぇな、こりゃあ。防具つけてても結構効いてくるよ。さすがは兵士と言うべきか?」

 

 「伊達に国を守ってるわけじゃないんだぜ。さあ、どうするサカグチ先生?降参か?」


 「馬鹿言うなよ、なんのこれしき!もう一番、お願いします!」


 そしてまた構える。あと一本取ったほうが勝ちと言う中、激しい打ち合いが繰り広げられる。だが30分以上打ち合っても勝敗がつかなかったため、師範代の判断で試合は中断された


 「止め!この勝負、両者引き分け!」


 互いに礼をし、防具を外すと握手をガッチリかわす


 「ハァ、ハァ......強くなったねアル......」


 「レ......じゃなかったサカグチ。お前も相変わらず強ぇな......あー楽しかった!次は俺が全部勝つからな」


 そのうち、2人の周りに道場生があつまり、2人の健闘を讃えた


 


 

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