第86話 武機と精進とドジっ子と

     ◇   ◇   ◇




 『武機マキナ訓練』。


 その言葉を聞いた瞬間、わっとざわめきが起きた。


「すごい盛り上がりだな」


「当然だろ! これはテンション上がるなぁ!」


 さっきまで死んでますって顔してた村正が、満面の笑みで言った。


守衛魔法師ガードといえば魔法マギ、そして武機マキナだ!」


 まあ言いたいことは分からんでもないが。


「皆さんも知っての通り、武機マキナ怪物モンスターの素材を使って作られた、対怪物モンスター戦闘用、魔法武器になります。中には戦闘力の大半を魔法マギではなく、武機マキナに依存している守衛魔法師ガードもいるほどです」


 授業で習ったから知っている。


 武機マキナとは、世界改革ワールドエンド以降における、歴史的発明の一つだ。


 怪物モンスター魔法マギ以外の外部干渉に、強靭な体勢を持つ。


 そのため近代兵器のほとんどが、怪物モンスター相手に有効にならない。


 その中で開発されたのが、『武機マキナ』だ。


 怪物モンスターは死んだ後、素材を残す場合がある。それを利用することで、武機マキナは発明されたのだ。


 武機マキナの効果は大きく二つ。


 一つ目は、魔法マギの効果増幅。


 二つ目は、魔力マナ効率の改善。


 言ってしまえば、魔法マギを効率よく発動し、その威力を底上げしてくれるのである。


 識さんが持っていた雷を纏った剣も、武機マキナだ。


「皆さんには一学期の間に様々なアンケートに答えてもらいました。今回の武機マキナは、それをもとにメカニックチームのスタッフたちが作成をしたものになります」


 そういや、そんなアンケートあったな。


 それにしても、二学期から始まるはずだったものを、急遽前倒しで作成なんて、開発スタッフさんたちの苦労がしのばれる。


「エナジーメイルが使えるようになった今、最低限の準備は出来ました。武機マキナを使用している間は、必ずエナジーメイルを発動し続けてください。毎年自傷するものが後を絶ちませんので」


 鬼灯先生の言葉に、ざわめいていた生徒たちがピシリと固まった。


 そう、今から渡されるのは武器である。敵を傷つけ、倒すための道具。


 使い方を誤れば、自分や周りの人を傷つけるかもしれない。


 だから、見ただけであんな重さを感じたのだ。


「しばらくは武機マキナを使った魔法マギの発動、次に魔法マギを発動しながら動く訓練です」


 そして、と鬼灯先生は続けた。


「一定のレベルに達したものは、こちらの木蓮もくれん先生と訓練をしてください」


「よろしく」


 紹介された木蓮先生はゴーグルをつけたまま言った。


 そうして、俺たちの武機マキナ訓練が始まったのだった。




 一人一人に手渡されたジュラルミンケースは、これそのものが特殊な加工をされているらしく、開くと同時に分解された状態の武機マキナを組み上げられるそうだ。


 俺の武機マキナってなんなんだろ。『毀鬼伍剣流ききごけんりゅう』を使っているので、自分が武器を使うイメージは持ったことがない。


 シンプルにガントレットとか、グローブとか。もしかして遠距離攻撃ができるように、銃だったり。


 村正程テンションは上がらないと思ってたけど、目の前のジュラルミンケースを前にしては、否が応でも気持ちが上がる。


 安全装置セーフティとロックを外し、ケースを開く。


 ひやりと冷たい感触に、男心をくすぐる機械仕掛けの音。


 さてさて、一体何が入っているのやら。


 クリスマスに靴下の中身を取り出すような、そんな気持ちでケースを開いた俺は、目を見開いた。




「ん?」




 あれ、おかしいな。何か間違っているかもしれない。


 もう一度よく見る。


「んん?」


 ケースの中に入っていたのは、紙が一枚。


 それを取り出すと、達筆で一言書かれていた。


 『精進』。


 ふんふん、なるほどね。そういうこと。


 これを書いたのが誰かなど、考えるまでもない。妙に達筆なところが腹立たしい。


「先生、これはどういうことでしょか」


「どう、とは?」


 鬼灯先生は素知らぬ顔をしていた。


「俺のケース、なんかよく分からない紙が入ってたんですけど」


「『毀鬼伍剣流ききごけんりゅう』は己が肉体を武器とする流派、武機マキナなど不要ということです」


「‥‥」


 そうか、まあもっともではある。


 そっか‥‥。


 気を取り直そうと顔を上げると、鬼灯先生がいたずらをとがめられた子供のような顔をしていた。


「なんて顔をしているんですか。冗談ですよ、あなたの武機マキナは間に合わなかったんです。メカニックが直接会って話したいと言っていましたよ」


「本当ですか⁉」


「本当だから、その顔はやめてください」


 マジか、良かった。俺だけなしとかじゃくて、良かった‥‥。


「メカニックって、開発スタッフがこっちに来ているんですか?」


「はい。開発科の生徒と教員です。元々、武機マキナの調整のために選抜されたメンバーが来ることにはなっていたんです」


「そのうちの一人が、俺の武機マキナを作ってくれるってことですか」


「そうなります。詳しいことはあちらで聞いてください」


 そう言われて、俺は空のケースを持ったまま訓練場を出た。




 廊下に掲示されたマップを頼りに、メカニックスペースまで進んでいく。


「すみませーん」


 ――ええ。


 ドアを開けると、そこに広がっていたのは地獄だった。


「ぁあ‥‥」


「部品が、部品が足りない‥‥」


「調整調整調整調整」


 死屍累々ししるいるい


 ここはおそらく休憩スペースのような場所なのだろう。俺よりも年上らしい生徒たちが、ベッドや床で寝ていた。というか倒れていた。


 選ばれた人たちが調整に来ていると言っていたが、もしかしてこの人たち、武機マキナの作成を終えてから、休む暇もなくここに連れてこられたのだろうか。


 なんて鬼の所業‥‥。


「おいお前、守衛科の生徒だろう。どうした?」


 あまりの光景に停止していたら、別のドアから作業着を着た男性が現れた。目の下にどす黒いくまを刻んだ男性は、手に持ったコーヒーを机の上に置く。


「守衛科一年の真堂護です。鬼灯先生にこちらに行くよう伝えられたのですが」


「ああ、お前が真堂か」


 男性はそう言って俺の顔をまじまじと見た。


「適性試験の時に見た時と、随分印象が違うな」


「そ、そうですか?」


「まあ俺たちは使い手の顔なんてほとんど覚えちゃいないが」


 ふはははと笑いながら、男性は泥沼のような色のコーヒーを飲む。


「俺は開発科の教員、機島螺子きじまねじだ。そこらで転がっているのは三年の連中だな。一年の武機マキナは三年が作るのが通例なんだ」


「そうだったんですね」


 受験や進路のこともあるだろうに、大変だな。俺たちのために申し訳ない。


「学生が作った武機マキナをプロが使うなんてことはないからな。実際に使ってもらって、調整までできるなんて、メカニックにとっちゃこれ以上ない経験だ」


「なるほど。そういう事情もあるんですね」


「だから気に病まず、気になることがあったらいくらでも来い。周りにもそう伝えておけ」


「分かりました」


 流石に今日一日くらいは休ませてあげた方がいいと思うけど。


「それで、あの、自分の武機マキナはまだ作成中だと伺っているんですが、何かお手伝いできることはありますか?」


「ああ、それなんだが、お前のは少し特殊な状況にあってな」


「特殊?」


「さっきも言った通り、本来これは三年の仕事だ。しかしな、どうしてもと希望して聞かない一年がいてな」


「一年生が‥‥?」


「ああ、どうしてもお前の武機マキナを作りたいって言い続けるんだよ。まったく、熱烈なアプローチだな」


 機島先生が不意にニヤリと笑いながら言った。


 わざわざ俺を名指しに、そんなことを言ったのか。熱烈と言われても仕方ないが、相手は顔どころか性別すら不明である。


 倒れている三年生たちもほとんどが男だし、まあそういうことだろう。俺は村正と違ってそっちの趣味はない。


「無理だろうと思って特別な課題を出したら全部クリアしちまってな。つーわけで、今は向こうで作業しているよ」


「入っても大丈夫ですか?」


「置いてある機械には触るなよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 次の部屋に進むと、中は機島先生の言っていた通り、機械だらけだった。


 その中を進んでいくと、カチャカチャと音が聞こえた。


「すみま――」


 声を掛けようとして、止めた。


「‥‥」


 そこでは、一人の少女が何かを組み立てていた。


 まるで手が機械になったかのようなスピードと正確さで、答えを知っているジグゾーパズルを完成させるように。


 油臭いこの部屋で、着ているのは薄汚れた作業着で。


 それなのに、彼女の姿は美しかった。


 俺が近くに寄っても気付かない程の集中力。


 その姿をずっと見ていたいと思ってしまった。


 それからどれ程の時間が経っただろう。一通り部品を組み終えたらしい少女が、グッと伸びをした。


 そして隣に立っていた俺に気付いたらしい。


「あ、機島先生、頼まれたやつ終わり――」


 カチン、と少女は固まった。


 今の作業風景からは想像できない、くりくりとした目の可愛らしい顔立ちだ。キャップの下からこぼれる髪が、柔らかくおでこに乗っかっている。


 首にかけられたワイヤレスヘッドホンだけが、女子高生らしいアイテムだった。


「ど、どうも。真堂護です」


 なんと言っていいのか分からず、とりあえず自己紹介をしておく。


「――」


 それでも少女は止まったままだ。


 あれ、もしかして違った?


 でも機島先生は中にいるって言ってたよな。


「し‥‥」


「し?」




「ししし真堂君――――⁉」




 少女は叫び、慌てた様子で走っていき、途中で転んだ。


 あ、痛そう。


「むぐぅ」


 何とか立ち上がり、少女は一度涙目でこちらを振り返ると、そのまま部屋を出ていってしまった。


 何だったんだ、一体。

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