第84話 百塚一誠

 合宿スタートを飾る山道ランニングは、スタートから一分ほどすると、いくつかのグループに分かれた。


 まずは先頭集団。ここのメンバーはとにかく速い。スタートダッシュからして他を置き去りにして、そこから山道とは思えないスピードを出し続けている。


 次にトップの後ろに着く二番集団。


 俺はここに位置していた。


 先頭集団を引っ張るのは、当然のごとく王人。あれに追いつくのは相当キツイ。


 というか山道が想像以上に走り辛いな。石や根に足を取られそうになるし、伸びた枝葉が障害物のように襲ってくる。


 ただエナジーメイルが上手いだけじゃなく、荒れ道に慣れているかも重要なようだ。


 何とか『火焔アライブ』を使って二番集団に食い込んではいるが、少しでも気を抜けば一気に落ちていきそうだ。


 しかし化蜘蛛アラクネと戦って思った。俺にはまだ基礎的な体力が足りてない。『捕食バイト』で魔力マナを奪おうが、それに耐えられるだけの肉体が出来ていなければ、意味がない。


 地獄の合宿だろうがなんだろうが、限界を超えるつもりでやってやる。


 そのつもりで走り続けていると、徐々に先頭集団に追いつけなくなった生徒たちが出てきた。


 彼らの多くは二番集団のスピードにもついて行けず、徐々に後ろに遠ざかっていく。


 というか、勾配がキツイ。


 善ちゃん先生が言っていた山に差し掛かったらしく、一気に勾配が出てきた。しかも上がったり下がったり、道はより険しくなる。


 それでもスピードを落とさず走り続けていると、俺がいたはずの集団も縦に伸びてきた。


 そんな中、常に俺と並走する男がいた。


「‥‥」


「‥‥」


 視線を感じてチラリと横を見ると、隣を走っているのは短いくすんだ金髪を逆立てた男だった。


 そいつは視線を前に向けて、走り続けている。


 クラスメイトにこんな人いなかったと思うから、B組かな。


 さて、これはランニングをしているとよくある話だと思うが、同じペースで長い事走り続けている人間がいると、それが誰とか関係なく、妙な対抗心が湧いてくるものだ。


 俺と金髪の間には、いつの間にかそういうライバル心が生まれていた。


「‥‥」


「‥‥」


 どちらかがペースを上げれば、どちらかはそれに合わせて加速する。


 絶対に前には出させない。


 いつの間にか生まれた対抗心は、時間を経るごとに大きくなり、もはや時間に間に合うかどうかではなく、隣の奴に負けたくないという思いの方が強くなっていた。


 そうしてようやく峠を越えようかという時、ふと隣から声が聞こえた。


「お前、真堂護だろ」


「俺を知っているのか?」


「有名人だろ。なんせあの化蜘蛛アラクネを倒した男だ」


「あれは俺一人の力で倒したわけじゃないよ」


 化蜘蛛アラクネを倒せたのは、王人や星宮が化蜘蛛アラクネを削り、紡や村正たちが一緒に戦ってくれたからだ。


「中心になって戦っていたのはお前だ。誰が見ても、そう判断するだろうよ」


「‥‥別にどう思ってもらってもいいけど、俺は君の名前も知らないんだが」


 話しながら走るっていうのは想像以上に体力を消耗する。


 しかしその疲労を表に出すのはためらわれ、平静を装って走り続ける。


「そういえば名乗ってなかったな。俺はB組の百塚一誠ももづかいっせいだ」


「百塚か。よろしく」


「ああ、よろしく。‥‥ところでお前、ソシャゲはやるか?」


「ソシャゲ?」


 スマホでやるゲームのことか。


 俺はソシャゲはちょこちょこやるタイプだ。そうは言っても、桜花魔法学園に来てからは、ほとんど触ってない。


 触る暇も余裕もないってのが実際のところだ。


「軽く遊ぶ程度なら」


「そうか。『アイプロ』は知っているか?」


「アイプロって、『アイドルプロデュース』のことだろ」


 俺はやったことはないが、超有名タイトルでCMもよく流れているから、名前は知っている。


 たしかアイドルを育成し、ライブや恋愛を成功させるゲームだったはずだ。


 おもむろに百塚はスマホを取り出し、何やら操作を始める。チャラチャッチャラと山道に似合わない軽快な音楽が流れ、可愛らしい声が『アイドルプロデュース!』とタイトルコールをした。


「これだ」


「お、おおう」


 別に見せてくれなくても、なんとなく分かるけど。


「俺は『アイプロ』が好きなんだ。そして、ガチャが好きだ」


「‥‥そうなのか」


 何の話だ? 


 これは山道を全力で走りながらするべき話なのか?


「推しは『水上和花みずかみのどか』ちゃんでな。今度その和花ちゃんの水着コスバージョンの実装が決まっているんだ」


「そ、そうか‥‥」


 夏休みだしね、そりゃ水着キャラも出るだろう。


 再び百塚はスマホを操作し、見せてくる。


 そこには、黒髪で線の細い、深窓の令嬢とでも呼ぶべき乙女が、白の水着を恥じらいながら着ている姿があった。


「この子が和花ちゃんだ」


「その、あれだな。可愛いな」


 それ、一回一回見せなきゃいけない決まりでもあるのか。


「お前はガチャは好きか?」


「好きでも嫌いでもないかな」


 ガチャっていうのは、ソシャゲでは必ずあるシステムで、その名の通りガチャガチャだ。新キャラクターが欲しければ、金を入れてガチャを回すしかない。


 この確率がどのゲームもバグっていて、トップレアが当たる確率は、一パーセントが普通だと思う。


 さっきの水上和花ちゃんだって、夏休み限定となれば、ガチャガチャを回さなければ手に入らないはずだ。


 昔は無課金でガチャを回して、楽しんでいたこともあったな。当たるとアドレナリンがドバドバ出るため、ガチャ中毒になる人も多いという。


「ガチャはいい。トップレアを引き当てた瞬間、自分自身が特別な存在になったように感じられる。それが和花ちゃんなら、最高だ」


 百塚はうっとりした様子で話した。


 気持ちは分からんでもないが、ちょっとトリップした感じが怖い。


 というかこいつこんなふざけた話をしているのに、少しもスピードが落ちていないのがやばい。


「お前にとってのトップレアはなんだ? 何が欲しい」


 なんだ、突然。トップレアってのが何かいまいち分からないが、欲しいものか――。



 思い浮かんだのは、ホムラの笑顔だった。



「大切な人との約束がある。トップレアが何かは分からないけど、一番大事なのはそれだな」



「そうか‥‥」


 百塚は少し思案する顔を見せた。


 そして気を取り直したように前を向く。


「少し話してみたかったんだ。そろそろどかないと邪魔になるな」


「邪魔?」


「気付いていなかったのか。俺たちが並んでいるせいで、後ろからの抜かせない連中がいる」


「いや、二人しかいないんだから、横を抜ければいいだろ」


 道がそこまで広くないとはいえ、それくらいのスペースはある。



「俺たちが並んでいるだけで、圧が強いんだろう。何せ、暴走車に人型怪物モンスターだ」



「暴走車‥‥。いや待て、人型怪物モンスターってなんだ」


 聞き捨てならない言葉だぞ。


「知らないのか? 暴走車は俺のことだが、人型怪物モンスターはお前のことだろう」


 えぇ、嫌な予感はしていたけど、やっぱりそうなのか。


不適合者オールドだとか、卑怯者ハイエナだとか呼ばれてたのは知ってたけど、なんで人型怪物モンスター‥‥」


 もはや人権的に許されるレベルを超えているだろ。SNSに上げたら炎上するぞ。


「お前、化蜘蛛アラクネと戦った時、目の中の刻印が変わっただろ」


「‥‥ああ、そうみたいだな。後で友達に言われた」


 『ワン』から『×ツー』に変わっていたと教えてもらった。


 あれは暗い空間の中で聞こえた、『位階レベル』の上昇と何か関係があるんだろうか。


 あれからどれだけ頑張ってもあの時の状態にはなれていない。


 でも、それと人型怪物モンスターに何の関係があるんだ。


魔法マギによって刻印が変化する。まるで、怪物モンスターのランクみたいだろ」


「はあ? そんなのこじつけだろ」


 身体に数字のタトゥーシールを貼っていたら、怪物モンスター狂信者だと言われるくらいのこじつけだ。


「こじつけだな。しかし、そのこじつけに執着する連中も一定数いる。そしてその一定数は、いつのまにか多数になっているものだ」


「‥‥」


 百塚の言葉は、それなりに納得できるものだった。


 だから事実かどうかなんて関係なく、俺は不適合者オールド卑怯者ハイエナと呼ばれた。


 あれ、よく考えたら、今更あだ名一つ増えたところで、たいした影響はないな。かわいそうなタイプの無敵感である。


「それじゃ、俺はもう行くぞ」


「行くって、これ以上ペース上げられるのか」


 先頭集団ではないとはいえ、もう既に結構なペースを維持している。


 大体、ここまで横並びで来たんだ。そう簡単に置いて行かれるつもりはない。


「ああ、また後でな」


 百塚はそう言うと、言葉通りペースを上げた。


「っ!」


 速い。


 俺もギアを上げ、加速する。火の粉を散らしながら、脚の回転数を一気に跳ね上げる。


 『爆縮ブースト』は使わない。あくまで走りだけで競う。


「おお、頑張るな」


「余裕かよっ!」


「余裕だ」


 百塚はグッと地面を踏みしめ、ミサイルのように跳んだ。


 しかもただ直線に走っているだけじゃない。踏みやすい地面、障害になるものを確実に見極め、ルートを取っている。


 だから減速がない。


 こっちもスピードを上げているのに、ぐんぐん距離を離されていく。


 マジかよ。さっきまでは全然力抜いてやがったな。


 結局、肺が破裂寸前、脚が棒になる頃、俺は減速した。そしてその時には、百塚の背中は見えなくなっていた。


 ペースを乱された俺は、それからいろいろな人に抜かれながらも、なんとか十二時に滑り込むのだった。


 合宿所に着いてから、鬼灯先生に教えてもらった。


 百塚一誠ももづかいっせい


 紡と同じ推薦組であり、適性試験において、剣崎王人とただ二人。


 ランク2怪物モンスターを単独で討伐した男だ。

 

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