第78話 もうすぐ楽しい夏休み

     ◇ ◇ ◇




 放課後のファミレスというものは、その地域のカラーがそのまま表れる。学校が近ければ制服を着た生徒でにぎわい、中には営業をサボっているらしいサラリーマンに、ママ友会を開いているお母さま方。


 様々な人がそれぞれ好きに過ごしているざわめきが、案外俺は嫌いではなかった。親父が死んだ後も、家族で月に一回は来ていたものだ。


 少しでも気を抜くと傍若無人ぼうじゃくぶじん権化ごんげ、姉と妹におかずをかっさらわれるので、あまりのんびりもしていられないのが現実だが。


 まあそういう思い出も含めて、俺はファミレスが嫌いではなかった。


 しかし一緒に行く人が同じ価値観を有しているかというと、それはまた別の話。


「百歩譲って、集まるのがファミレスなのはいいわ」


 あからさまに不機嫌ですと言いたげな紡は、小エビのサラダにフォークを突き立てた。かわいそうに。


 かくいう俺は肩身の狭い思いをしながら辛味チキンをかじる。これ、辛味と名前についているわりに、微塵も辛くないんだよなあ。でも美味しいから食べたくなるんだけど。


 紡はエスカルゴのオーブン焼きを口に放り込み、思ったより熱かったようで、顔をしかめながら言った。


「なんで村正までいるわけ?」


「おいおい、いきなり真横にストレート投げてくるのはやめろ!」


 イカ墨のパスタをぐるぐるに巻いていた村正が、驚きの声を上げた。


「いや、そりゃ適性試験の打ち上げなんだから、村正も呼ぶだろ‥‥」


「それは、そうかもしれないけど‥‥」


 ぶつくさ言いながら、紡はミラノ風ドリアの攻略に取り掛かった。これがあれか、定期的にSNSで炎上する、ファミレスデート問題か‥‥。


 紡は彼女じゃないし、打ち上げなら喫茶店よりファミレスの方がいいかと思ったんだけど、違うのか。世の学生たちがファミレスで男女一緒に盛り上がっている光景は、幻想か何かだったのかもしれない。


「おい真堂」


「なんだよ」


 ぷんすかとドリアを食べる紡に聞こえないように、隣に座っていた村正が顔を寄せてきた。


「お前、一体どんな風に黒曜を誘ったんだ?」


「え、いや、折角適性試験も終わったし、飯でも行かないかって」


「お前それは‥‥。いや、俺からは何も言うまい」


 じゃあ聞くなよ。何が言いたかったんだ、結局。


 しかしご飯を食べていると紡の機嫌も良くなってきたらしく、食べ終わった皿を端によせ、メニューとにらめっこを始めた。


「よく食べるなあ」


「ぶっ殺すわよ」


「なんでだよ‥‥」


「いや、今のはお前が悪いぞ真堂‥‥」


 なんでやねん。


 よく食べることはいいことだと思うんだけど、それを言うだけで怒られるなんて、打ち上げは本当に難しい。


 もうこれ以上地雷を踏まないように黙々とご飯を食べていると、ふと紡が俺の食べている姿を見つめていることに気付いた。


「‥‥なんだ? 食べ辛いんだけど」


「腕、普通に動くんだと思って」


「ああ、そうだな」


 俺は軽く右肩を回した。


 特別違和感なく使っているが、この腕は仮想世界で吹っ飛ばされていたのだ。こちらに戻ってきてから若干感覚のズレや、幻肢痛げんしつうのような痛みは感じていた。


 それも一週間たった今では、ほとんど無視できるレベルだ。


 紡はそっぽを向いたまま呟いた。


「ああいう無茶は、これきりにして」


「‥‥ああ、気を付けるよ」


 本気で心配されると、それはそれでむずがゆいものだ。所在なく、肉のなくなった辛味チキンをかじる。


 村正がことさらに明るい口調で言った。


「ま、何にせよ全て無事に終わって良かったじゃないか。先生方はどうやらそうもいかんようだが」


「そうね。バグが混入したルートの特定がまだ出来ていないみたいだし」


「鬼灯先生も最近忙しそうなんだよな」


 あの人にしては本当に珍しく、忙しそうに動き回っている。専攻練も自主トレがメインになってしまい、若干の物足りなささえ感じている。


 着実に調教されているみたいで嫌だな‥‥。豚と呼ばれても「はい!」って返事をしてしまいそうだ。


 そんなことを考えていたら、おもむろに紡が俺の方を向いた。


「そういえば、あれから星宮さんとは会ったの?」


「いや会ってない」


「そう。‥‥なんだ、てっきり」


 紡の最後の言葉は聞き取れなかった。試験でも戦ってたし、星宮に対して何か思うところがあるのだろうか。


 二人とも中等部からいるし、もしかして俺の知らないところで何かあったりするのかな。


 姉と妹にはさまれた者として俺はある真理を得ている。すなわち、女同士の争いには首を突っ込んではならないということだ。マジでいいことないし、なんならいつの間にか俺だけが悪者になって、二人から責められるという理不尽フォーメンションが組まれることも珍しくない。


 そんなことはさておき、王人とはあれから何度か話をしたが、星宮とは話すどころか会ってさえいない。空道や騎町さんには大分世話になったから、チームリーダーだった星宮には礼を言いたかったのだが、そのきっかけもないままだ。


 俺たちの会話に対し、思わぬ回答を示したのは村正だった。


「何だ、お前たち、知らんのか」


「何をだ?」


「星宮なら、今は休んでいるはずだ」


「そうなのか?」


 そして何故そんなことを村正が知っているんだ?


「むしろどうしてお前たちは知らないんだ、長く休むと皆が噂していただろ‥‥」


「王人以外と話さないし」


「周りの噂とかどうでもいい」


「お前たちというやつは‥‥」


 いや、仕方ないだろ。俺なんて悪い噂しか流れていないんだから、雑談できる友達なんてほとんどいないんだぞ。


「まあ星宮はあの星宮家の長女だからな。学校であんなことが起きたとなれば、親御さんも心配するだろう」


「あの星宮家?」


 そんなに有名なお家なのか。


 俺が何気なく放った言葉に、紡と村正がギョッとした顔をした。


「あなた、星宮家を知らないの? 呆れた‥‥」


「外部生の俺でも知っている名家だぞ」


 へー、そうなんだ。たしかに星宮の立ち振る舞いから、良家のお嬢様だろうとは思っていたけど、そこまで有名なお家だったのか。


「秩序を重んじる星宮ほしみや、強さを求める日向ひゅうが、変革をもたらす雲仙うんぜん。日本で魔法師を牽引する御三家よ。仮にも守衛魔法師ガードを志す者なら、知っていて当然の知識ね」


「へー、すごいな。御三家って、ゲームでしか聞いたことないぞ」


「『世界改革ワールドエンド』の際に頭角を現し、今の魔法省の基礎を作ったとされる家だ。この学校も含めて魔法師への影響力は凄まじい。だからこそ、今回の件は見過ごせないのかもしれんな」


「ふーん、星宮も大変そうだな」


 俺は一般家庭の出身なので、そういった上流階級の悩み事などとは無縁の生活だ。そういうセレブなご家庭にも憧れはあるが、こういうのを考えると、あの家が性に合っていると思う。


「なんか他人事みたいに言っているけど、あなたも大概たいがいよ」


「え、なんで?」


 紡が深いため息を吐いた。「駄目だこいつ‥‥」と声にならない声が聞こえた気がした。


化蜘蛛アラクネを倒したのよ。しかも配信されている状態で。ドロップアウトしたほとんどが見ていたはずだし、これからが大変なのは間違いないでしょ」


「いや、倒したは倒したけど、俺一人の力じゃないし‥‥」


 化蜘蛛アラクネに勝てたのは、皆の力があってこそだ。単純に俺がアタッカーの役割をしたというだけの話。


 そもそも王人や星宮がダメージを与えておいてくれたから勝てたのであって、あの勝利を自分一人の手柄だと言う気にはなれない。


「あなたがどう思おうと、周りの人がどう思うかが大事でしょ」


「その理論でいくと、いいことにはならなさそうだな‥‥」


 周りから良い目で見られたことなんてほとんどない。また悪い噂が立たなければいいが。


 考えたところで仕方のないことだ。何が起ころうと、鬼灯先生メソッド『実力で黙らせなさい』を発動させるだけである。


 村正が空気を変えるように、おかしな笑い声を出した。


「ふっふっふ」


「どうした、いやらしく笑って」


「ふっふ、いや、いやらしくはないだろう。風評被害だぞ」


「十分にいやらしい‥‥ゲスい笑いだったわよ」


「おい、もっとひどくなっただろう」


「落ち着けゲス正」


「誰がゲス正じゃ! よく考えろ、夏だぞ、夏休みだぞ! どうして笑わずにいられようか!」


「そんな反語で言わなくても」


 まあ夏休みね。


 俺も嫌いではないぞ、夏休み。学校で強制的にぼっち体験しなくて済むからな。


「夏休みといえば、海、水着、一夏のアバンチュール。夏の魔物があの角からやってくるというものよ」


「結局ゲスいじゃん」


 海なんて行ったら、リアル充実、ティック特化な陽キャのオーラと日差しで蒸発待ったなしだろ。


 紡なんて、呆れすぎて話に入ることすら止めてしまっている。


「どうだ真堂、一緒に海に行ってみないか」


「お、おおう、そうだな」


 あんまり興味はないけど、ないけどー、もしかして村正と二人なら楽しめるのか。


 しかし俺よりも先に返答する者がいた。


「却下」


「え、いやでも」


「却下」


 なんで紡が俺の海を却下するんだよ。あれか、そんなことよりも訓練しろってことか。


 どうにかこうにか紡を納得させて、海に行く道はなかろうかと考えていたら、突如として割って入る声があった。


「海ですか。素敵ですね」


「‥‥」


「どうしました、真堂君。楽しそうな話ですから、続けてください」


 だめだ、振り向いちゃだめだ。


 この言葉に反応したら、やられる。


 現れた鬼灯先生はぬるりと俺の横から顔を突っ込むと、当たり前の顔で俺が持ってきていたコーラのストローに口をつけると、一瞬で飲み切った。


 ‥‥何やってんですか。


「ふぅ、喉が渇いていたので助かりました。外は暑くて」


「なんでこんなところまで来たんですか」


「それはもちろん、あなたを探しに来たんですよ。連絡したのに一向に出ようとしないので。まったく、生意気ですね」


「え、本当ですか?」


 携帯を確認すると、確かに鬼灯先生から何度か着信が来ていた。


 しまった、着信を無視していたせいで本体が来てしまったのか‥‥。いや、そんなこと普通ありえないんだけどね。


 というかよくここにいるのが分かったな。


「それで、何の用でしょう」


 鬼の出現に固まっている俺に代わって、紡が聞いてくれた。持つべきものは幼馴染である。


 鬼灯先生は紡を見て、それから俺に向き直った。


 あからさまに紡の唇が真一文字になり、視線が鋭くなる。


 こわ。怖すぎるんだが、何これ。


「海、行きたいんですか?」


「‥‥聞いてたんですか?」


「海、行きたいんですよね?」


 にっこり笑顔で圧は百倍。早く答えろと笑っていない目が語っている。


「そうですね、行ってみたいです」


「それならちょうど良かったです」


 鬼灯先生は名案とばかりに手を打った。


「行きましょうか、海」


「え、どういうことですか?」


 急展開に頭が付いていかない。そんな俺たちを置いて、鬼灯先生は普段からは考えられない高いテンションで言った。




「楽しい楽しい強化合宿ですよ」




 俺はダッシュで逃げようとして、速攻で首根っこを取り押さえられた。


 ホムラ! 助けてくれホムラ! 


 俺の悲痛な叫びは当然誰に届くこともなく、哀れ、俺はプリティスマイルオーガによる強制連行が決まったのだった。




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あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願いいたします。

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