第73話 再戦と螺旋の槍

 灼熱のあぎとは、天狗烏ベインクロウに夢中だった化蜘蛛アラクネを飲み込んだ。


 牙が外殻に食い込み、内と外から熱で炙る。


 攻撃はそれだけに留まらない。炎は化蜘蛛アラクネ魔力マナを喰らい、更に巨大に膨れ上がる。


「――――‼」


 怨嗟えんさにも聞こえる悲鳴が響き、化蜘蛛アラクネが刃脚を振り回した。


「ぐっ!」


 全身に脚が掠り、鋭い痛みが走る。


 まだだ、まだ捕食バイトは解けない。こいつを弱体化させ、ダメージを通すためには、もっと魔力マナを喰らう必要がある。


 捕食バイトの維持でまともに動けない俺は、攻撃を避けられない。


「どっせぇぇええい!」


 そこへ裂帛れっぱくの気合いと共に誰かが横から突っ込んできた。


 騎町さんが、『クリエイトシールド』を展開しながら俺と化蜘蛛アラクネの間に割って入ったのだ。


 『クリエイトシールド』は盾を作成する魔法マギだ。騎町さんは分厚いそれを作り出し、化蜘蛛アラクネの刃脚を受ける。


 クリエイトシールドは実用レベルで使える人間が少ないと聞いていたが、騎町さんのそれは確実に化蜘蛛アラクネの攻撃を防ぎ続けた。


 業を煮やした化蜘蛛アラクネは糸を紡ぎ、盾ごと騎町さんを爆殺せんとする。


「させるか!」


 今度は空道が空中から化蜘蛛アラクネに『ハンズフレイム』を叩きつけた。放たれる前の糸が誘爆を起こし、化蜘蛛アラクネの身体が揺れる。


「――シネ、シネ」


 それでも倒れない。


 化蜘蛛アラクネは変わらず刃脚を振り回し、騎町さんと空道を吹き飛ばした。


「ぐぁっ!」


「キャァ!」


 赤い光が血の代わりに噴き出し、二人とも声を出すこともなく視界から消えた。


 いい加減にしろよ。


 俺は魔力マナを喰らったあぎとを引き戻す。


「うっ!」


 戻した炎が身体中を駆け巡り、全身が沸騰したように熱くなる。血が濁流となって流れ、血管が広がり、視界が赤く染まる。


 露出した肌にひび割れのように赤のラインが走り、火の粉が散る。


 これは、長くはもたない。


 膨大な魔力マナに、俺自身が耐えられない。


 踏み出し、爆縮ブーストによって加速する。


 想像以上の速度で、俺は化蜘蛛アラクネに肉薄した。狙うのは上半身の女だ。


 しかしそのためには、まず刃脚を殴って体勢を崩す。


 元々の六本であれば希望がなかったが、王人や星宮たちのおかげで脚は四本。


 一本でも弾き飛ばせば、崩せる。


「──」


 瞬間、化蜘蛛アラクネが立ち上がった。


 後ろの二本脚で身体を持ち上げたのだ。


 デカ──!


 元々大きかった身体が、立ち上がったことで二倍近く高くなる。


 本能的に感じる威圧。


 それだけではない。高くなったということは、シンプルに女の上半身が遠くなる。


 更に、高い位置から振り下ろされる刃脚じんきゃくの嵐。


 ガガガガガガ‼︎ と地面が掘削され、瓦礫が弾丸のような速度で身体にぶつかってくる。


「いっ──!」


 予期せぬ方向からぶつかってくる衝撃に、思わず声が漏れる。


 こんなことに構うな。化蜘蛛アラクネから目を逸らさず、炎を維持し続けろ。


 『火焔アライブ』の強化と再生があれば、多少のダメージは無視できる。


 むしろ集中力が切れたところに攻撃を受ける方が最悪だ。


 二本足で立ってくれるというのなら、好都合。股下まで潜り込めば、こちらが有利。


 そう思えたのは、ほんの一、二秒だった。


 絶え間なく振り下ろされる刃脚はもはや分厚い壁に等しく、抜けるのは至難の業。


 しかも何とか攻撃を避けて一歩前に進んでも、化蜘蛛アラクネは軽やかな動きで後ろに下がる。


 一定の間合いを維持しながら、攻撃を続けてくるのだ。


 徹底している。


 やはり、ただ力が強いだけじゃない。こいつは俺よりも強いのに、油断することなく、叩き潰しに来ている。


 しかも化蜘蛛アラクネの攻撃はそれだけにとどまらなかった。


 蜘蛛の身体の向こう側で、赤い糸が散るのが見えた。


 糸を避けながら刃脚を捌くのは不可能。『火焔アライブ』の強化で受けきるのも限界がある。


 しかし今回に限っては、糸は俺が対応しなくてもいい。


 化蜘蛛アラクネが赤い糸を放つ。


 それが俺へと振りかかろうとした時、その全てが軌道を曲げ、周囲に散らばった。


 化蜘蛛アラクネは何度も糸を振るい続けるが、全て俺どころか、近くにさえ落ちることはない。


「――‼」


 そのからくりに、化蜘蛛アラクネが気付いた。


 俺たちから少し距離を取って腕を振るう紡だ。


 彼女が発動する『念動糸クリアチェイン』によって、化蜘蛛アラクネの糸は全て絡め取られ、軌道を捻じ曲げられる。


 俺に当たることはない。


 そこで初めて化蜘蛛アラクネに迷いが見えた。俺を狙うか、それとも『念動糸クリアチェイン』が厄介な紡を先に倒しに行くか。


 迷いは行動にためらいを生む。


 それは、隙だ。


「――」


 息を吸う。


 吸った息を燃焼させ、身体を燃やす。


 刃脚と刃脚の隙間に見えた、道。今なら、ねじ込める。


 踏み込みと同時に爆縮ブーストで加速。ほぼ助走なしの垂直跳び。少しでも勢いを落とせば叩き落とされる。


 それでも行く。


 そしてその思いを、紡が後押ししてくれた。


 跳んだ直後に、背後で糸が爆発した。『念動糸クリアチェイン』によって巧みに調整された爆風は、俺の身体を前へと押し出す。


 攻撃と攻撃の合間に生まれた一ミリの空隙くうげき


 そこへ矢のように身体をねじ込み、抜ける。


「ッ――‼」


「――」


 目前に、化蜘蛛アラクネがいた。


 確実に手が届く距離。ここまで来れば刃脚での迎撃は不可能。


 そして糸も紡によって無力化されている。


 った。


 構えるのは、喰らった炎を圧縮した右腕。五枚の花弁を揺らし、刃のように輝く。


 これが今出来る俺の限界だ。


五煉ごれん


 今まさに拳を放とうとした瞬間、あることに気が付いた。


 化蜘蛛アラクネの背後で、糸が渦を巻いていた。おそらく紡の『念動糸クリアチェイン』から逃れながら、幾重いくえにも巻き続けてきた大渦。


 その巨大な回転は、外部からの生半可な力など、全て弾き飛ばす。もはや念動糸クリアチェインでは、干渉できない。


 何のために作られたものなのか、俺は直感的に理解した。


 しかしもう賽は投げられた。運命が決するまで、その動きが止まることはない。


 化蜘蛛アラクネへと、拳を撃ち出す。


「振槍‼」


 五枚の花弁が激しく燃え上がり、拳はあらゆるものを穿うがつ槍となる。


 迎え撃つのは、糸のうず。中心を穂先に、螺旋らせんの槍と化した渦が振槍と衝突した。


 糸を貫き、拳は突き進む。


捕食バイト』で奪った魔力マナを燃やし、炎は今までにないたけりを見せた。


 そう、これがただの糸であれば、振槍はこのまま化蜘蛛アラクネを打ち砕いていただろう。


 しかし、この糸は捉えるためでも、防ぐためのものでもない。触れたものを破壊しつくす、殺意の権化ごんげ




開火アナフス




 火焔アライブを押し返す爆炎が、腕を、視界を、全てを飲み込んだ。

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