第55話 村正源太郎の真実

「あー、大丈夫か?」


「だ、だだ大丈夫だ!」


 尻もちをついた村正はそう言って立ち上がろうとするが、完全に腰が抜けているらしく、足が震えて立てそうにない。


 戦っている時に気配を感じなかったと思ったら、こういう状況だったのか。


 察しが悪いことで紡に怒られた俺だが、今がどういう状況かくらいは分かる。


「おぶろうか?」


「いらん! いらんぞそんなものは!」


「そう言ってもなあ」


 立てないのなら俺が担いで移動するしかない。


 もう無理矢理にでも担ぎ上げてしまおうかと思っていたら、不自然な動きで村正が立ち上がった。


「お、おおっ⁉」


「いつまでも遊んでいる余裕はないわ。さっさと戻るわよ」


「これ、紡の魔法マギか?」


「マリオネットみたいなものよ」


 『念動糸クリアチェイン』を村正の身体に巻き付けて、強引に動かしているのか。


 怪物モンスターの首をへし折っていたし、細いのに結構な力があるんだな。


「ちょっ、これ変な所に力が入って、結構痛いんだが⁉」


「嫌なら自力で歩きなさい」


 紡は冷たく言い放つと、階段を上がる。その後ろを、出来の悪いロボットのような動きで村正が追った。


 ‥‥俺も行くか。


 メモリオーブを手に入れて何か街にも変化があるかと思ったが、そんなこともなく、誰とも会わないまま俺たちは拠点へと戻った。


「ぐわっ」


 拠点へと戻るなり、糸を解かれた村正がソファの上に転がった。


 床じゃなかったのは、紡なりの優しさなのか。


 当の村正は締め付けられていた全身が結構痛むのか、跡のついた手足をさすっていた。


「それで、あれはどういうこと?」


「‥‥あれ、というのは?」


「説明がいる?」


 淡々と詰める紡に、村正はソファの上で縮こまる。分かるよ、美人にすごまれると怖いよな。


 昔のつむちゃんなら、「はいはい」と流せたお説教も、今じゃ「はい‥‥はい‥‥」というテンションでしか返せない。


「あなた、得意な魔法マギはサンダーウィスプで、後方支援は任せろと言っていたわよね。随分話とは違っていたけど」


「そ、そそそれは、あれだ、初めての怪物モンスターだったから、距離を測ろうとして転んだんだ」


 紡の目があからさまに不機嫌になる。


 それは悪手だ村正。紡はどういうわけかツンツン属性を手に入れたようだが、根は優しい子だ。厳しくとも、理不尽じゃない。


 しかし嘘はよくない。仲間として、きっと彼女はそれを許さない。


 ここは助け舟を出した方がいいだろう。


 紡が口を開くよりも早く、俺は言った。


「もういいだろ紡。誰にだって失敗はある」


「護‥‥」


「結果的にメモリオーブは手に入ったんだし、今回はそれでいいんじゃないか」


 俺としては、ここで紡と村正がもめて空気が悪くなる方が最悪だ。そんな友人中間管理職なんて、想像しただけで胃に穴が空きそうだ。


 もう少し経験値を高めてから管理職に就けてほしい。


 大体、俺だって初めてレオールと戦った時は、どうにもならずに地面を転がった。


 みんな初めてはそんなものなんだろう。


「それより缶詰食べてみないか? お腹はあんまり減ってないけど」


 保存食は何種類か種類があったが、一番美味しそうなのは缶詰だった。『火焔アライブ』をうまく使えばあっためられたりしないかな。


 そんなことを思いながら保存食を置いた場所へ行こうとした時だった。




「‥‥俺‥‥俺は‥‥戦えないんだ」




 振り返ると、村正がソファに座ったまま、うつむいていた。


 膝の上で握りしめられた拳が小さく震えている。


 俺は足を止めて、後ろを振り返った。


「戦えない?」


「そうだ。俺はお前たちみたいな戦闘用の魔法マギがまともに使えない。弱い魔法マギしか使えないんだよ――」


 村正の独白が、枝の踏み折れるような乾いた音で響いた。

 

 村正の言葉を聞いた紡は、難しい顔で唇を引き結んでいた。


 俺が聞くしかなさそうだ。


「弱い魔法マギしか使えないって、どうやって入学したんだ?」


 桜花魔法学園の入試試験。俺が王人と戦ったあの受験生サバイバルは、ふるいだ。村正の言葉が本当だとすれば、あの試験は通れない。


「俺も分からないんだ‥‥。誰も倒せていない。最後まで逃げて逃げて逃げまくって、最後にはよく分からんうちにアリーナに戻っていた。まさか受かるとは思わなかった」


「そういうことも‥‥あるのか?」


 実際俺も倒した人数でいえば二人。しかも王人とは引き分けだ。


 それでも受かったんだから、誰一人倒せなくても、合格というのは十分考えられる。


 ただまともに戦っていないのに合格というのは不思議だ。


「でも受かったんだろ? だったら、村正にも何か強みがあるんじゃないのか」


「そんなの俺が聞きたいんだよー! こっちはエナジーメイルの授業だって落第寸前だったんだぞ!」


「それに関しては親近感を覚えるけども」


 俺も落第寸前というか、なんなら授業そのものは落第だったからな。


 村正は肩を大きく震わせて、うつむいた。


「だから、誰にもチームを組んでもらえなかったんだ」


「‥‥」


 俺はなんと声を掛けていいか分からなかった。


 レオールに勝てたのも、黒鬼ダークオーガに勝てたのも、全てホムラの残した『火焔アライブ』のおかげだ。


 火焔アライブがなければ、俺も村正と同じ道を辿っていた可能性は十分にある。


 どうすればと悩んでいたら、紡がツカツカと村正の方に歩いて行った。


「おい、紡──」


 止めようとする手をするりと抜けて、紡は村正の正面に立った。


 そしておもむろに村正の胸ぐらを掴むと、そのまま吊り上げた。


「うぐぉ」


「顔を上げなさい」


 いや、もう物理的に上がってるよ。


 というか上げすぎて視線合ってないじゃん。


 見るからに華奢な紡が、大柄な村正を片手で持ち上げているなんて、違和感バリバリな光景だが、これが魔法マギだ。


 世の常識を軽々と覆す、超常にして異常の力。


「何を──」


「別に、戦えないのならそれでいいわ。ただ、どうして戦えるなんて見栄を切ったの? その一言が原因で、チームが崩壊する可能性は考えなかったわけ?」


「それは‥‥それは、どうしても、言えなくて」


「あなたのそのしょうもないプライドが、チームを危険に晒す。守衛魔法師ガードを目指す人間が、そんなことも分からないの──」


 紡の言葉は、明らかな怒りに満ちていた。


 村正が思わず吐いてしまった嘘に、あるいは、もっと別の何かに、彼女は怒っている。


 ってぼんやり見ている場合じゃない。


「紡、やめろ。やり過ぎだ」


 俺は紡の腕を掴み、その目を見た。


 鋭く睨みつけてくる視線を、そらさず受け止める。


 しばらくすると、憮然ぶぜんとした顔のまま紡は手を放した。


 ドスン、と重い音を立てて村正がソファに落ちた。


「‥‥私、隣の部屋にいるから」


 紡はそう言い残すと、部屋を出て行った。


 むっちゃ怖かった。ホムラと睨めっこ百連戦をした経験がなければ、間違いなく死んでいた。


 美人の真顔って、マジで怖いんだよなあ。


「大丈夫か、村正」


「っごほ、ああ、大丈夫だ」


「紡がごめんな。俺も、どうしてあそこまで怒ったのかは分からないんだけど‥‥」


「いや、いいんだ。間違いなく俺が悪い。変な見栄を張ったせいで、二人を危険に晒した」


「そ、そうか」


 尻餅を付いていることにさえ気づかなかったとは、口が裂けても言えん。


 まだ自分の戦い以外に意識を向けられないんだよ。


 呼吸を整えた村正が、ゆっくりと口を開いた。


「頭が冷えた。なぜ合格できたのかはいまだに分からんが、俺は俺にできることをやろう」


「できることって、例えば?」


 サンダーウィスプが得意ってのは聞いたけど、戦える魔法マギじゃないってことは、威力は出ないってことだろ。


 村正は人差し指を俺に向ける。


 そこで光のアイコンが弾け、魔法マギが発動した。


 直後、横から首筋にチリチリと殺気を感じた。


「っ⁉︎」


 即座に横を向いて構える。しかし、そこには誰もいなかった。


 今のは──。


「これが俺のサンダーウィスプだ。怪物モンスターどころか、人だってまともに傷つけられやしない。ただ少しばかり複雑な操作ができる。他の魔法マギも似たり寄ったりだ」


「そ、そうか。びっくりした」


 正面から撃たれたサンダーウィスプが、横から飛んできた。


 操作が得意なのは本当なんだな。


 ただ、この威力じゃ怪物モンスターの外殻を貫いてダメージを与えることは不可能だ。


「なんとか、役に立つ方法を考えるさ。俺も少しぐらいは役に立たなくっちゃな」


「無理はしなくていいよ。今のところ、メモリオーブも一つ手に入ったし、積極的に怪物モンスターと交戦するわけじゃないから」


「‥‥そう、だな」


 まだ暗い顔の村正を置いて、俺は部屋を出た。


 きっと一人になりたい時だってあるだろう。


 村正も気になるけど、今は紡の方が気になる。


 俺の知っているつむちゃんからの変わりよう、時の流れがそうしたのだと勝手に判断していた。


 たださっきの怒りよう、あれは何か理由がある。


 そしてそれを見過ごしてはいけないと、そんな気がした。

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