第54話 トラップ
◇ ◇ ◇
突如として出現した
濃厚な死の気配を泥のように被ったそれらを前にして、平静でいられる人間は少ない。
しかしボランティアの時とは違うことがある。
すなわち、
覚悟さえ決まっていれば、一手を打つのをは難しくない。
「『ハンズフレイム』!」
「『ショックウェーブ』!」
「『ビーストリンク』!」
炎と衝撃が空間を揺らし、そこへ
その連携は、一目で幾度となく積み重ねてきたことが分かる練度だった。
この適性試験を受けることになってから、チームで相当練習をしてきたはずだ。
しかし、現実はそんな努力をあざ笑う。
「――嘘」
犬塚の爪を、
「コォォオオ――」
それだけで、『エナジーメイル』を発動している犬塚の身体がボールみたいに投げ飛ばされた。
なんとか受け身を取って立ち上がるが、彼女に出来たのはそこまでだった。
「はぁ‥‥はぁ‥‥」
「おい、どうするんだよ、これ」
「いや‥‥」
チームの士気は、完全に崩壊していた。
初めの一手こそ、覚悟を決めて準備してきたから打つことができた。
しかしそれが通用しなければ、築いてきたものは土台から崩れ落ちる。
信頼してきたものが
人間に死を運ぶ、ただそれだけの存在。
「‥‥」
リーダーとして、犬塚は判断をしなければならなかった。逃げるのか、戦うのか。
理性的な部分では、もう撤退すべきだと判断を下している。
ただそれが言葉にならない。
喉が細く縮こまって、掠れた息が出るだけだ。
「――」
その隣に、誰かが立った。
目だけで見上げると、そこにいるのは
彼は
「悪い、あれ、もらっていいか?」
犬塚はコクコクと頷いた。
それを見てから、護は軽い調子で「分かった」と一歩を踏み出した。
瞬間、その姿が消えた。
ゴッ‼ と中心に立っていた
パッと散った火の粉が虹の中ではらはらと舞う。
護がやったことは単純明快。『
「オォオオ⁉」
敵地のど真ん中に突如として突っ込んできた護を、
だが、本質的な強さはそこにはないのだ。
仲間が吹き飛ばされようと、自分の腕が千切れようと、何ら動じない。
一切合切の私情を持たず、ただ人間を殺すためだけに動く。
それこそが人間にとって最も恐れるべき
「――」
護は火の粉を散らしながら最小限の動きで
来る。
そこには僅かな隙がある。
振るわれる
鈍い音を響かせて、二体が線路の上へ転がり落ちる。
――さあ、エンジンを吹かせ。
残りの二体が必殺の爪を振るう。
それを寸前まで引き寄せながら、避ける。掠った頬から光と火が噴き出し、痛みが焼き付いた。
振槍。
同時に、護の拳が
初めて戦った時は、のけぞらせる程度の威力だったが、今回の一撃は
単純に振槍の練度が上がったのは間違いない。同時に、護は『
そして一発では終わらない。拳を引き戻しながら、上体を滑車のように回転させて二発目を後ろの
それを受けた
「っ」
その結果を確認するよりも早く、護は地面を蹴って身体を宙に躍らせた。
そのまま回転。
加速に加速を重ね、炎の
「破‼」
『
死した
一番初めに蹴り飛ばした一体にもとどめを刺そうとホームの上へ戻った護は、そこで動きを止めた。
「あんまり一人で突っ込まないで欲しいんだけど」
紡がそう言いながら、
思わず声を出しそうになったが、
「‥‥心臓に悪いからやめてくれ」
「
紡はそう言うと、両手を開いたまま、身体の前で腕を交差させた。
ゴキッ。
同時に、
――おっかない
護はそう思いながら、周囲の状況を確認した。ホームを照らしていた虹色の光は完全に消え、メモリオーブは台座の上で姿を変えていた。
球体が花開き、その中心にビー玉程度の小さな球が浮かんでいたのだ。
「それが本体ってことか。随分と意地が悪い仕掛けだな」
元の状態でも十分にメモリオーブらしい見た目だ。それに触れた途端に罠が発動するなんて、初見殺し以外の何物でもない。
「手に入れるだけなのに、やけにポイントが高いとは思っていたけど、これなら納得。危機的状況の対応力が見たかったのかしら」
「それにしたってやり過ぎだろ‥‥」
そう言いながら、犬塚たちの方に目を向けた。
「怪我はなかったか?」
「あ、ああ、ありがとう。助けてくれて」
犬塚は安心して力が抜けたのか、膝に手を着いてなんとか立っている状態だ。
前かがみになっているせいで強調されている胸に視線を向けないようにしつつ、護は手を上げた。
「いやいいよ。それじゃ、俺たちは行くな」
さらっとそう言って歩き出そうとする護に、犬塚は慌てて声を掛けた。
「待って、メモリオーブはどうするの⁉」
「どうするって、それは君たちのものだろ」
さっきもそう言ったじゃないかという口調に、犬塚は開いた口がふさがらなかった。
そんな気配を少しも感じさせない護の言葉から、本気で最初にした約束を守るつもりだということが分かる。
犬塚は歯噛みした。
たとえ立っているのがやっとの状態であっても、折れない
どれだけちっぽけでも、それを手放してしまったら、この学園に来た自分自身を否定することになる。
「――そういうわけにはいかないわ。そのメモリオーブはあなたたちのものよ」
「‥‥いいのか?」
「当然。私たちは、何も出来なかったんだから」
何もしなかったとは言わなかった。犬塚もチームのメンバーも戦おうとした。
それが結果を伴わなかったとしても。
そんな彼女の思いを汲んだのか、それともただならぬ何かを感じたのか、護は頷いた。
「それなら、ありがたくもらっていくよ」
もうこれ以上の罠はない。護の指が小さな虹の球を掴んだ瞬間、それはパッと砕けて消えた。
『真堂チーム、おめでとう~。メモリオーブ入手だ~』
同時に、エディさんの間の抜けた声が、これまた安っぽいファンファーレと共に響き渡った。
どうやら入手時の演出らしいが、もう少しどうにかならなかったのかと護は微妙な表情で黒い天井を見上げた。
「‥‥それじゃ、行くよ」
「え、ええ。本当に、ありがとう」
護は軽く会釈をし、紡は無言のまま、地上へつながる階段に向かって歩き始める。
そこで、二人は姿を見かけなかったチームメンバーを見つけた。
「‥‥何やってるんだ、村正?」
「は、ははは、ははははは」
乾いた笑いをこぼす村正源太郎が、すっかり腰を抜かして、地面にへたり込んでいた。
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