第42話 実技試験

     ◇   ◇   ◇




「噂ですか?」


 専攻練せんこうれんを終えて訓練場でぶっ倒れていた俺は、首だけを横に向けて今日の話を振った。


 相手はアダルティ和人形、もとい美しき鬼教官で有名な鬼灯ほおずき先生である。


 長い黒髪は汚部屋生産機のものとは思えない程のキューティクルを保ち、美しく光を反射している。


 今日も今日とてぼろぼろになるまで訓練をしたわけだが、どうしても今日の件が気になって聞いてしまった。


 鬼灯先生は少し間を空けてから、答えた。


「知っていますよ。フェアリーテイルの件でしょう」


「あれって大丈夫、なんですかね」


 秘密にしなければならないとなっていたはずだというのに、こんな大々的に雑誌に載ってしまった。


 鬼灯先生は軽く肩をすくめた。


「それに関しては大丈夫ですよ。守衛魔法師ガードや魔法学園を叩きたい人間が多少騒ぎ立てるかもしれませんが、うちの理事長がいる限り、魔法学園は揺るぎません」


「そんなものですかね」


「事件そのものの知名度も低いですから、一般人の意識なんてその程度ですよ」


 鬼灯先生にそう言ってもらえて、随分と気が楽になった。


「ただまあ、しばらく校内に騒がしさはあるでしょうね。噂なんてどう形を変えようとわずらわしいものです」


「なんか実感がこもってますね」


「ええ、聞きたいですか?」


 にっこりしながら言う先生の目が笑っていなくて、俺は口をつぐんだ。


 いや怖い怖い。


「噂を完全に消す方法はありませんが、対抗するシンプルな手段なら知っていますよ。知りたいですか?」


「この話始まってからずっと怖いんですけど‥‥。一応聞かせてもらっていいですか?」


 鬼灯先生は今日一番の笑みを浮かべて、拳を握りしめた。


「実力で黙らせるんです」


 ──なるほど、そりゃ単純だ。




     ◇   ◇   ◇




 桜花魔法学園の期末試験は、筆記試験だけではない。


 一学期の成果である、『エナジーメイル』を用いた実技試験が行われるのだ。


 あの鬼ごっこから形を変えてみっちりと鍛えられてきたわけだが、それらは全て魔法戦闘マギアーツに帰結する。


 つまり期末試験の実技内容は、『エナジーメイル』を使ったガチンコバトルである。


 そこで問題となるのが、結局俺が『エナジーメイル』を使えないという点だが、これに関しては鬼灯先生が『火焔アライブ』の身体強化だけを許可してくれることになった。


 おかげでダンプカー相手に三輪車で突撃するようなことにならなくて済んだ。


 あれから嫌な視線の方は消えるどころか、より粘度を増してへばりついてくるが、鬼灯先生の言う通り、完璧な対処方法なんて存在しない。


 とりあえず無視して毎日を過ごしているんだが、特に最近は視線の中に熱っぽい、ピリピリと首筋を焼くようなものも感じるようになった。


 放っておいて大丈夫なんだろうか、これ。


 そんな心配をよそに、実技試験の日は訪れる。


「それではこれより魔法戦闘マギアーツ基礎、実技試験を行います。試験方法は一対一の戦闘試験。私たち試験官の判断か、エナジーメイルの発動が維持できなくなった段階で終了となります」


 訓練場に集まった俺たちに、鬼灯先生の声が響いた。


 今日は鬼灯先生だけではなく、他の先生たちも試験官として来ているから、緊張感がえげつない。


 そう思っているのは俺だけではなく、学年全体がピリピリと緊張感に包まれていた。


「楽しみですね、護」


 そんな中で散歩前の犬の様にウキウキしているのは、王人くらいなものだ。耳をぴんと立てて尻尾を振っているイメージが目に浮かぶ。


「護と当たったりしませんかね」


「やめてくれ‥‥」


 強化オンリーで王人と殴り合うなんて、冗談でも考えたくない。絶対勝てないから。


「それでは呼ばれた者からコートに入ってください。それ以外の生徒は観客席に向かうように」


 そうして実技試験が始まった。


 今回の試験場は通称『アリーナ』と呼ばれている。俺たちが受験の時にも使った場所で、大きくはないが観客席も設けられている。


 そこで呼ばれた生徒たちが向き合い、戦いを始めた。


 今回は模擬武器の使用も可になっているため、それぞれに得意な武器を持っている。


 すごい見応えがあるな。


「でもさ、これって明らかに近接戦闘が得意な人が有利だよな」


「それはそうですね。遠距離系統の魔法マギが得意な生徒も一定数居ますから。そういった人たちは、今回は割り切っていると思いますよ」


「そんなもんか」


「そういうのも含めて、教員が対戦相手を組んでいるんです。僕や護は、間違いなく近接戦闘メインの相手が来るでしょうね」


 ああ、なるほどね。対戦相手次第では、試験にすらならない可能性があるから、その辺はバランスよく対戦相手を決めているのか。


 と、そんなことを考えていたら、見知った顔がコートに入った。


 蜂蜜色の編み込まれた髪がトレードマーク。


 周囲で見ていた生徒たちのざわめきが大きくなった。それはそうだ。彼女はそれだけの知名度を誇り、更に噂の火中の一人。


 星宮有朱ほしみやアリス


 俺とボランティア活動に参加し、怪物モンスターの討伐を為した立役者だ。


 彼女の魔法マギの精度は俺もよく知っている。


「次は星宮か。彼女、遠距離系統の魔法マギが専門だよな、たぶん」


「ええ、そうですね。星宮さんの魔弾まだんは学年でも随一です」


「それであんなに『エナジーメイル』も上手なのかよ‥‥反則だろ」


 前回の戦いの時、俺を援護してくれた魔法マギ、『スターダスト』。あれを見た時から、遠距離系統が専門なのだろうと推測していた。


 信じられないのは、鬼ごっこも別格に強かったことである。


 同じような相手と対戦を組むということは、星宮の相手も遠距離系統の生徒なんだろうが、それで相手になるのかね。


 コートを見ていた王人が呟いた。


「相手は、黒曜こくようさんですか。どうなるか分からないですね」


「相手も有名なのか?」


「推薦組の一人です。あまり前に出るタイプではありませんが、強いですよ」


 推薦組って、聞いたことあるな。確か俺たちみたいに受験をせずに内部進学した生徒たちだ。


 王人も推薦の権利があったそうだが、受験をしたくてそれを蹴ったと前に言っていた。


 『だって、新しい生徒が来るんですよ。そんなの、参加しないなんて勿体ないじゃないですか』と照れ笑いで言う王人はとても可愛かったが、言葉の中身はバーサーカーそのものだ。


 ま、見た目が良いものほど内面は恐ろしいものだし、当然といえば当然なのかもしれない。鬼灯先生とかいい例だよ。


 それにしても黒曜さんね。


 ウルフカットというのだろうか、内巻のボブに、首の後ろから長い髪が流れている。名を表すように、その色は艶やかな漆黒で、光を受けて白い輪を浮かべていた。


 あの子見たことある、というか同じクラスだ。王人意外とほとんど喋らない一学期だったから、名前と見た目が一致しないな。


 二人とも無手だ。


「始め!」


 開始の合図と同時に、二人が動いた。


 エナジーメイル同士がぶつかり、魔力マナの光を火花のように散らす。


 星宮は俺と戦った時と同じように、しなやかな動きで舞い踊るように蹴りを繰り出す。この距離から見ていても速い。あれを正面から受けたら、何が起こったかも分からず吹き飛ばされそうだ。


 しかし黒曜さんも負けていない。星宮の動きを避け、確実にカウンターを入れようとしている。


 星宮は徹底して自分に有利な間合いを保ちながら蹴りや貫き手を放つ。


 黒曜さんは退いては踏み込むを繰り返し、星宮に拳を放っている。


 すげえな、あの星宮相手に一歩も退いていない。


 それどころか押しているようにさえ――。


「おお‼」


 思わず声が出てしまった。星宮の一撃をかいくぐりながら、黒曜さんが星宮の腕を絡め取って投げたのだ。そして倒れた星宮に拳の追撃を入れ、光が散った。


 同時に笛の音が鳴り響き、二人の戦いは黒曜さんの勝利で終わった。


 その結末は周囲にとっても意外だったのか、驚きの声が聞こえる。


「星宮さん、動きが精彩を欠いていましたね。彼女には珍しい、杜撰ずさんな攻めでした」


「え、そうか?」


「はい。ただそれ以上に黒曜さんの動きが良かった。あまり近接戦闘を鍛えているイメージはありませんでしたが、相当鍛錬を積んだみたいです」


「ふーん」


 王人の言葉を聞いて改めて下を見る。


「‥‥」


 黒曜さんが俺を見上げていた。


 いや、実際俺だったのかは分からない。観客席には学年の生徒たちが大勢座っているのだから、俺を見ているかどうかなんて分からない。


 ただ少し釣り上がった勝気な瞳と、目が合ったように感じた。


 いや気のせいだろう。思春期の男なんて、女子とすぐに目が合ったと勘違いしてしまう生き物だ。実際には偶然の産物であり、それに必然性や運命を感じてしまうことが間違っている。


 黒曜さんは後ろを向くと、勝利の余韻に浸ることもなくその場を後にした。


 星宮も立ち上がると、いつも通り凛と背筋を伸ばして去っていった。


 星宮‥‥。


 大丈夫かなと思ったけど、よくよく考えたら彼女のメンタルならすぐに立ち直ることだろう。俺は人の心配をしている場合じゃない。


 電光掲示板に次のメンバーが映し出される。その中にある自分の名前を見て、俺は立ち上がった。


「じゃ、行ってくるわ」


「はい、頑張ってくださいね」


 王人の軽い言葉を背に、俺はアリーナに降りて行った。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る