第35話 覚悟 ―星宮―

     ◇   ◇   ◇




 悔しい! 恥ずかしい! 大馬鹿者!


 走る星宮有朱ほしみやアリスの胸中にある思いは、自分を責めるものばかりだった。


 自分が避難の手助けなんて提案しなければ、男を問い詰めていなければ、ああはならなかったはずだ。


 織宗次郎は倒れ、真堂護は足止めのために残った。


 ランク2の怪物モンスターに一対一で勝てるわけがない。彼は自分たちを助けるために、捨て駒になったのだ。


 何が人々の助けになりたいだ。


 何が父に憧れているだ。


「ッ──」


 自分は、何もできなかった。


 オーガが現れた時も、ランク2の怪物モンスターが立ち塞がった時も、馬鹿みたいに突っ立っていただけだ。


 逃げる判断も、戦おうとしたのも、真堂護だった。


 彼よりも長く魔法マギについて学び、彼よりも長く戦いの研鑽を積んできた。


 だというのに、怪物モンスターの圧に負け、戦意を折られた。


 みっともない。


 護が守衛魔法師ガードを目指した理由を聞いた時、正直落胆の気持ちが少なからずあった。


 迷わず有朱を助けた彼の姿を見て、勝手に期待していたのだ。


 きっと自分と同じ思いをもって守衛魔法師ガードを目指しているに違いないと。


 理想を押し付けていた。


 だから、落胆してしまった。


 結局その人に助けられ、全てを押し付けて逃げ出している。


 口の中に血の味が広がり、それが余計惨めに感じられた。


 それでも止まらない。止まれない。


 走り、走り、誰かに呼び止められた。


「君、どうしてこんなところにいるんだ!」


「後ろにいるのは、守衛魔法師ガードの人か?」


 警察だった。


 まだ残っている人がいないかどうか、怪物モンスターに合わないよう最後の確認をしていたのだろう。


 有朱は彼らの姿を見とめると、その場で男を下ろし、手を引いていた佐々木を離した。


「ランク2の、怪物モンスターが、出ました‥‥! 一人が残って戦っています、守衛魔法師ガードの応援はいつ来ますか⁉︎」


 有朱の言葉に驚いた様子の警官たちは、気まずそうに視線を合わせた。


 嫌な予感が、背筋を這い回る。


「応援は──?」


「別の場所でも大量の怪物モンスターが出ているらしい。そちらの対応で、こっちに応援が回るまで時間がかかるそうだ」


「‥‥‥‥」


 言葉が出なかった。


 それじゃあ、それじゃあ一人残った護は、どうなる?


「あり、がとうございます。二人を、よろしくお願いします」


 有朱は歯を食いしばり、うめくように礼を言った。


 そしてきびすを返して、走り出す。


「あ、おい!」


「止まりなさい‼︎」


 制止の声を無視して、走る。


 行ってどうにかなるとは思わない。もう何もかもが終わっていて、無駄死にするだけかもしれない。


 それでも行かないわけにはいかなかった。


 守衛魔法師ガードを目指す者としてではない。彼ほどの勇敢な人間を見殺しにするなんて、人として、あってはならない。


 絶望は巨大だった。


 戦場に行けば彼が力なく倒れていて、もう全てが終わったのだと悟る。その未来が、ほとんど確定していた。


 だからこそ、有朱はその光景を見た時、信じられなかった。




「がぁぁああああああああ‼︎」


「ァァアアアアアアア‼︎」




 護が、戦っていた。

 

 火花を散らし、流れる血を燃やし。


 ランク2の怪物モンスターを相手に、一歩も引くことなく、渡り合っている。


 それはあり得ないことだった。


 B級の守衛魔法師ガードさえ一蹴された相手に、一対一で戦えるはずがない。しかも彼は、まだ学校に入学して半年も経っていない、魔法戦闘マギアーツは素人同然だ。


 怪物モンスターも余裕ぶっていない。正真正銘、全力で護を殺しにかかっている。


 つまり彼は、怪物モンスターにとって明確な脅威なのだ。


「嘘‥‥」


 守衛魔法師ガードに対しての理解が深い有朱だからこそ、今の状況がどれだけ異常なのか分かる。


 これは奇跡だ。


 そして奇跡は長くは続かない。


 足を回して拳を振るう護の呼吸は、目に見えて荒い。もういつ倒れてもおかしくないほどだ。


 何よりも、攻撃がうまく届いていない。彼の攻撃方法は徒手格闘。懐に潜り込まなければならないが、怪物モンスターの雷撃と剣にはばまれ、間合いを詰められない。


 一番の障壁が、角からほとばしる紫電だ。


 もはや逃げることはできない。二人で生き残るためには、あれを倒す他ない。


「はぁ──」


 自分がなすべきことが、見えた。


 しかしそれをすれば、ランク2の怪物モンスターは有朱を敵として認識するだろう。


 あの目に睨まれ時、さっきはまともに動くこともできなくなった。


 それでも、今なら動ける。そう思える。


 前で、彼が戦っているのだ。


 一番怖い場所で、危ない場所で、有朱たちを守るために命を削っている。


「星宮有朱! 覚悟を決めなさい!」


 自分に喝を入れ、魔法マギを発動する。


 光のアイコンが弾け、彼女の周りにいくつもの光弾が浮かび、線で繋がれた。


 彼女が最も得意とする遠距離魔法マギ──『スターダスト』。


 激しく立ち回る二人目掛けて、流星群が放たれた。

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