第36話 火焔の契約者
◇ ◇ ◇
息が苦しい。吐く息も吸う息も、何もかもが灼熱で肺を焼く。
視界がぼやけて、頭が回らなくなっている。
「がぁぁぁあああああああ‼︎」
裂帛の声を出し、意識を浮上させる。
第二ラウンドなんて言ったはいいが、これはきつい。
さっきまでと違って、
強化と再生に物言わせて、無理矢理突っ込もうともしたが、あれは受けると筋肉が硬直して、動けなくなる。
さらには剣だ。
あいつ、この戦いの中で剣の技量がどんどん上がっている。
まるで忘れていた動きを思い出すかのように、剣閃は鋭く、間合いは遠くなっていく。
なんとか隙を見つけようと走り回っていたが、どうにも踏み込ませてもらえない。
紫電を炎で喰うのも考えたが、あれは速くて鋭い。炎の動きが間に合わないのだ。
ああくそ、強いなあ。
これがランク2か。
向こうの息切れを待つのは無理だ。そもそもの
勝つためには、やはり突貫で俺の間合いに捉えるしかない。
そこまでに何を失い、どうなろうとも、首だけで喉を噛み切る。
覚悟を決めて地を踏め締めた時、それは来た。
何十本という白の軌跡。
複雑でありながら精緻に軌道を描く白の光弾は、
これは、
「真堂君! 電撃の対処は私がするわ! 行って!」
後ろから聞こえたのは、星宮の声だった。
まさか、戻ってきたのか。あのまま逃げてよかったのに、俺のために、危険を冒してまで。
予期せぬ攻撃に、
ありがとう、星宮。
地面を蹴り付け、前に出る。
敵の隙を突き、一歩。
──『
鬼の角から巨大な雷光が放たれる。それが縦横無尽に広がり、分厚い壁となった。空気が爆ぜ、大地が溶け、思わず足が止まりそうになる。
「スターダスト‼︎」
そこへ、白の
まずは一点に集中した攻撃が、紫電の壁に風穴を空ける。
秩序を失った電撃は多頭の蛇となり、俺へと襲い掛かる。
しかし、届かない。
──凄まじいな。
俺に当たるものだけではなく、邪魔になりそうなものまで全ての紫電が、光弾に撃たれて打ち消されるか、軌道を変える。
一発一発の威力は、間違いなく『
とんでもない離れ業だ。
おかげで、道が見えた。
星宮を信頼して、見つけた道を駆け抜ける。もはや防御にも再生にも炎は回さない。
残った全ての炎をかき集め、一撃に賭ける。
走る足の爪先を稲妻が焼き、火花が肌を刺す。
それでも直撃はしない。
計算され尽くした予測による支援は、もはや運命が切り拓いた道を走っているのかと錯覚する。
紫電の暴雨を抜け、俺は
「よお、ようやく来たぜ」
「──コォォオオ」
返答は地ならしの踏み込みから、袈裟斬りの一閃。これまでとは比べ物にならない落雷の如き斬撃に対し、俺は目を見開いて拳を構えた。
とんでもない成長速度だ。
何がお前をそこまで戦いに駆り立てるのかは知らないが、戦闘の才覚は驚く他ない。
だがな、誰に稽古つけてもらったと思ってんだ。
王人の剣は、見えないくらい鋭かったぞ。
振り下ろされる剣の横から、右拳を当てる。大きく弾く必要はない、微かに逸らし、そこに潜り込む。
一ミリの空隙。
活路を通った瞬間、鬼の頭が見えた。
「振槍」
火炎と共に撃たれた拳が、鬼の顎を下から捉えた。
ゴッ‼︎ と
「ォォオオァァアアアアアアアアアアアアアアア‼︎」
しかし致命傷には遠い。
鬼の角に再びプラズマの塊が集まり、剣が構えられる。
この距離じゃあ、星宮の援護でも守りきれない。
それでいい。
お前はことここに至って、必ずそうすると思った。防御でも避けるでもなく、俺を殺す選択肢を取ると。
「その数字、傷跡だろ」
「アアァ──」
ずっと、脆そうだと思っていたぜ。
「ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア⁉︎」
俺の狙いに気付いた鬼が顎を引き、腕で守ろうとするが、遅い。
さっきの拳は
ほとんどの炎は、
レオールと戦った時、炎を圧縮して解放することで、強烈な一撃を繰り出すことができた。
あれからずっと、そのやり方を練習し続けたんだ。
できる限り圧縮した炎の塊を、三つ。お前から喰らった有り余る
右腕は白と橙に輝き、赤い炎を花弁のように纏っている。
さあ、受けてみろ鬼。最大火力だ。
「『
炎が爆ぜ、咆哮が轟く。閃光の加速を持って、牙を鬼の首に突き立てた。
誇らしげに刻まれた『2』の光に、拳がめり込み、火焔が喰らう。
「ォ、ォ、ォォォオオオオ⁉︎」
しかし、できない。
恐るべきタイミングと狙いで、光弾が角に当たり、狙いが上に逸らされた。
まるで断末魔の叫びのように、紫電が空を切り裂いた。
「ああああああああああああぁぁぁぁぁ────‼︎」
そして、紅蓮の拳が、鬼の首を貫いた。
圧縮された火焔が解き放たれ、内側から
ゴッ、と千切れた鬼の頭が地面に落ちた時、俺はまだ拳を下ろせなかった。
「‥‥はぁっ‥‥はぁっ‥‥」
勝利の実感も、陶酔もない。
オーバーヒートした心臓が暗い炉のように冷えていくのを感じながら、生き残ったのだと、理解した。
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