第33話 炎の牙

 突っ込んできて、頭を掴まれて叩きつけられた。


 俺の動きを見てから、躊躇なく攻撃に転じてきた。


 音が頭の中で乱反射し、目の奥でチカチカと光が瞬く。


 やばい、意識が飛ぶ。


 『火焔アライブ』を使っていなければ、今の一撃で頭は潰れたトマトだっただろう。


「ぐぅっ‼︎」


 歯食いしばれ、目を開けろ、体に命令を入れろ。


 黒鬼の手が離れていく。俺を倒した奴が次に狙うのは誰かなんて、考えるまでもない。


「ぁぁああああああああああああ‼︎」


 全身を灼熱が焼き、魔力マナが燃えて炎に変わる。


 背中から炎を吐き出し、その推進力で俺は跳ね起きた。


 そしてそのまま黒鬼の横面を鷲掴みにし、地面を踏み締めた。


 軸足はアンカー。踏み切る足から炎を噴出し、体を独楽こまのように回転させる。


「ぶっ飛べ」


 その場で一回転し、勢いのまま黒鬼をぶん投げる。


 けたたましい音を立てて、鬼はガラスを突き破ってビルのエントランスに突っ込んだ。


「はぁ、はぁ」


 たった一回の攻防で、もう息が上がっている。頭はぐわんぐわんと揺れて痛いし、肺が潰れたように呼吸ができない。


 それでも生きている。魔力マナは動かせる。


 だったら戦える。


 背後で星宮たちが走っていく音が遠ざかっていく。


 それを見る余裕は、ない。


「──コォォオオ」


 砕けたガラスを踏み潰し、黒鬼ダークオーガが現れた。


 当然の如く、無傷。


 それだけじゃない。


 鋼糸の髪の毛が揺れるたびに、ぶつかり、音を鳴らし、火花を散らしていた。


 そこから生み出されるのは、紛うことなき、紫電しでん


 怪物モンスターは俺たちの魔法マギと同様に、特殊な能力を用いる者たちがいる。


 ランク1の鬼たちにそんな力はなかったはずだが、ランク2に進化したことで新たな力を得たのか。


 バチバチと剣に紫電が這い、雷の刃を作る。


 どうやってその力を身につけることになったのか。織さんの顔がチラついた。


「あんまり誇らしげに使うなよ、それ」


 どうしたって、ムカつくだろ。


 『火焔アライブ』の炎で頭の傷は治りつつある。


 これで思う存分、殴れるな。


 踏み込む。


 そして体内で炎を操作し、身体を加速させる。


 鬼灯先生が言っていた。


『いいですか真堂君、毀鬼伍剣流ききごけんりゅうはエナジーメイルで身体を操作して使う、魔法マギありきの流派です。型そのものは覚えているでしょう。それを魔法マギで再現するんです』


 初めは言っていることの意味が半分も分からなかった。しかし形稽古をする中で、何となく理解できた。


 呼吸をするとか、手足を動かすとか、そういった当たり前の動きは、何も考えなくたってできる。それを魔法マギというコントローラーを持って、全て操作しろというのだ。


 初めは思わず身体を動かそうとしてしまうし、知恵熱で何度も吐いた。

 しかし効果は出ている。


 これまで何となくでしか発動していなかった『火焔アライブ』の癖が分かってきた。


 こいつは止まることが嫌いだ。


 魔力マナを食らい続け、激しく燃え盛ろうとする。興が乗れば、俺の手綱なんてすぐに焼き切って暴れ出す。


 それを乗りこなし、暴れて欲しい方向へと頭を向ける。


 さあ、行くぞ。


「振槍」


 ふところに潜り込むと同時に、黒鬼ダークオーガの顔面をぶん殴った。


 ゴッ‼︎ と鬼の頭が後ろに跳ねた。


 畳み掛ける。


 燃える炎は止まらない。回転数を上げ、拳を叩き込む。


 赤と白の火花が飛び散り、鬼の体が打突の度に揺れた。


 振槍が十発を超えた瞬間、バチィッ! と紫電が爆ぜた。顔に向けて放たれたそれを、手で払う。


 そして鬼を見た時、俺は冷や水をかけられたように冷静になった。ならざるを得なかった。


「ァァアア」


 攻撃の名残が薄らと煙る中で、黒鉄くろがねの肌には傷一つなかった。


 ‥‥嘘だろ。渾身の攻撃だぞ。


「ア、ア、ァァアアアアアアア‼︎」


 まずっ──。


 鬼の手にぶら下げられていた剣が、跳ねた。


 型も何もあったもんじゃない。ただ滅茶苦茶に振り回しているだけの、暴力。


 そのシンプルな攻撃が、俺の命を潰しに来た。


「ぐっ⁉︎」


 強化した両腕で、受ける。


 攻撃が、速い!。


 紫電を撒き散らす剣は、俺に避けられるスピードではない。織さんの攻撃さえまともに目で追えなかったのに、黒鬼ダークオーガの攻撃はそれ以上だ。


 とにかく炎を注ぎ込み、腕を硬くして急所を守るしかない。


 だが素手でさえ織さんのエナジーメイルを貫く力。剣の威力は尋常じゃない。


 ガリガリと炎が紫電に切り裂かれ、血が弾ける。


 駄目だ、もう、もたない。


「ア、ア、ア!」


 それを悟ったように、黒鬼ダークオーガが剣を大きく振り上げた。




 刹那、ドクン、と全身が強く脈打つ。




 駆け巡る炎が左腕を跳ね上げ、手のひらを鬼に向けた。


 そして、炎の波を放った。


 ゴウッ‼︎ と今までにない規模の火炎が目前を染め上げ、鬼を飲み込んだ。


 さらに止まらない。掲げた左手を握り込み、噴出した炎を圧縮する。それはまるで獣があぎとを閉じるように。


 そして炎の牙が鬼を噛み砕く。


「コォォァァアアアアアアア‼︎」


 黒鬼ダークオーガの叫びが轟き、紫電の乱舞が強引に炎を切り払った。


 冷静な頭が俺の身体を動かす。


 それを飛び退って避けると、散り散りになった炎を一気に引き戻す。


「ぅ、ぁ、っは────⁉︎」


 直後、焼けつく痛みと呼吸のできない苦しさに、思わず膝を着いた。


 熱い、熱い、熱い‼︎


 内側から全身が焼け、水分が蒸発して意識が痛みに炙られる。


 なんだ、何が起きた?


 今のは俺じゃない。俺が動かそうとして動いたわけじゃない。考えられるのは一つ。


 ‥‥『火焔アライブ』が、助けてくれたのか。


 それとも、あまりに不甲斐ない使用者に怒りが沸いたのか。


「はぁ‥‥はぁ‥‥」


 何とか深呼吸を繰り返して顔を上げた時、おかしなことに気が付いた。


 あれだけ攻撃を受けたというのに、魔力マナは削るどころか、これまで感じたことがないほどに増えている。


 そして視線の先、俺を警戒するように見る黒鬼ダークオーガの肌は、水分を失ったように艶がなくなり、くすんでいた。


 怪物モンスター魔力マナで作られた存在。


 鬼を噛み砕く炎の牙を思い出した。




 ──まさか、喰ったのか・・・・・




 そうとしか考えられない。あの炎は鬼から魔力マナを奪い取り、俺の身体に戻ってきた。


 強化、再生、そんなものは副次的な効果なのかもしれない。あらゆる魔力マナを喰らい激しく燃え上がる異次元の炎。


 ホムラ、なんてものよこしてくれたんだよ。


 この力は魔法師や怪物モンスターにとっては天敵に近い。あまりに不条理で、理不尽。


 その暴力性は俺にも牙を向く。高まった炎の熱は、内側から俺を焼き続けている。このままでいれば、『火焔アライブ』に俺は焼き殺される。


「はは、ははははは」


 ありがとうホムラ。


 俺はまだ戦える。君の力のおかげで。   


 俺が炎かお前に殺されるのが先か、お前が焼け死ぬのが先か、根比べと行こうか。


 有り余る炎で地を蹴り飛ばし、俺は赤い矢となって鬼へと駆けた。

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