第31話 プロの力

 タイプオーガ怪物モンスターの中では比較的メジャーな人型怪物モンスターだ。


 特殊な能力はなく、高い身体能力で爪を振り回してくる。近接戦闘を得意とするだけあり、その装甲は硬く、一般人の魔法マギでは傷一つ付かない。


 ランク1が五体。


 どうする、逃げるなら今しかない。距離を詰められたら、五体を相手に二人を相手に守り切れる自信はない。


「星宮っ‼ 逃げるぞ‼」


「ッ――、わ、分かったわ」


「お、おいおい置いてかないでくれよ!」


 うるさい男を俺は肩に担ぎ上げる。暴れて掴みづらかったが、マッスル学園での筋トレのおかげか、強引に担ぐことができた。


 星宮も『エナジーメイル』を発動した。逃げ――。


「コォォオオ――」


 目の前に、オーガがいた。


 俺たちが動き出そうとする隙を見逃さず、一足跳びに、下からここまで来たのだ。


「――」


 とんでもなく速い。


 短剣の爪が眼前で開かれた。


 それが首を挟み切ろうとした瞬間、身体が動いていた。


 どんな状況でも、どんな姿勢からでも、敵の命を穿つ弾丸を放つ。


 『火焔アライブ』によって火花を散らす拳が、全身の筋肉の激しい収縮によって撃ち出される。


 ――振槍。


 ゴッ‼ と下から跳ね上がった拳がオーガの顎を打ち抜いた。爪が軌道を逸れ、首を浅く斬り裂いて流れる。


「ぉおっ!」


 自分でやって驚いた。身体が勝手に動くって話は聞いたことがあるけど、まさしくそれだ。


 鬼灯先生との訓練のおかげで、反射的に振槍を打てた。


 しかし浅いな。今の一発でオーガを下に落とせたが、倒せてはいない。先生なら今ので仕留めていた。


「真堂君!」


「なんだ‥‥よ‥‥」


 星宮の方を見たら、言いたいことは分かった。歩道橋の左右にオーガが立っていた。この一瞬できれいに退路を潰された。


「なぁああ、おいどうするんだよぉ!」


 肩の男が情けなく叫ぶ。


「うるさいな、今考えてるんだよ。あんま暴れてると落とすぞ」


「ひっ」


 そうは言っても、選択肢は一つだ。


「星宮、右を抜ける。男は一回預けるから、俺が戦闘でオーガをどかす」


「‥‥分かったわ」


 星宮の言葉が硬い。まだ緊張は解けてないな。


 オーガたちが一斉に爪を鳴らした。


 破裂する寸前まで膨れ上がった緊張感の中で、気の抜ける声が通った。



「おお、ごめんな。二人ともお待たせ」



 歩道橋の下。誰もいない道を、散歩でもするかのような気楽な足取りで、彼は歩いていた。


「識さん‼」


「ごめんごめん。ちょっと別の場所でも怪物モンスターが出てさ、時間かかっちまった」


 笑っていた識さんは、そこで顔を真剣なものにした。


「二人とも、怪我は?」


「ありません! 一般人が一人取り残されていたので、保護しています!」


「そうか、保護お疲れ様。それじゃ、今から言う通りにしてくれ」


 言う通りって、今俺たちの左右にはオーガがいるんだが、どうすればいいんだ。


「二人とも、目を閉じて!」


 後ろから佐々木さんの声が聞こえ、俺と星宮は目を閉じる。


「『フラッシュ』!」


 直後、まぶたを貫く光が瞬いた。


「二人とも、こっちに跳びなさい!」


 俺たちが目を開けると、二体のオーガは視界を焼かれてもだえていた。『フラッシュ』は強い光を放つ魔法マギだ。


 ありがたい。今ので隙が出来た。


 俺と星宮は歩道橋から飛び降り、後ろにいた佐々木さんの近くに立った。


 これで識さんとオーガをはさんだ形になる。


「佐々木さん、挟撃ですか?」


「‥‥あなた、怪物モンスターと会ったのに随分冷静ね。挟撃はしないわ」


「でも、相手は五体ですよ」


「ランク1が、ね」


 どういう意味だ?


 それを聞くよりも早く、向こうに動きがあった。


「それじゃ、もう一仕事しますかね」


 識さんはそう言うと、背中の剣を抜いた。


 その隙を地面にいたオーガたちは逃さない。一番近くにいた個体が、識さんへと跳びかかった。


「危ない!」


 思わず叫んだ言葉に対し、識さんはにやりと口角を上げた。




 紫電一閃。



 

 青白いいかづちが残光となり、その一撃が確かなものであったことを示す。同時に、首を落とされたオーガが地面を転がった。


「‥‥マジか」


 一回殴ったから分かる。あいつの装甲の硬さは相当なものだ。それを一撃で切り落とすのか。


「さて、あとは四体か」


「ゴォォォオオオオ‼」


 仲間を倒されたオーガが叫び、四体が同時に動く。歩道橋にいた二体が上から、下の二体は地を這うように走る。


 意図してか偶然のものか、上と下からの波状攻撃。


 それに対し、識さんは左手を上に向けた。そしてパチンと指を鳴らす。光のアイコンが弾け、魔法マギが発動した。


「『サンダーウィスプ』」


 識さんの指先から、雷光がほとばしった。昼でも目に焼き付く電撃は、空を跳んでいた二体のオーガを撃ち落とした。


 サンダーウィスプ。電気を放つ魔法マギ。しかしその威力はせいぜい強い静電気程度だったはずだ。


 鍛え上げられた魔法師の使う魔法マギは、一般人のそれを遥かに凌駕する。


 それにしても、ここまで違うのか。識さんの動きはそれだけでは終わらなかった。魔法マギを放つと同時に踏み込み、向かってくるオーガたちに走った。


 交錯は一瞬だった。


 剣が閃き、二体のオーガたちは力なく地に伏した。


「‥‥ふぅ」


 残心の構えを解いて一息吐いた識さんがこちらを見た。


「みんなー、怪我はないか?」


 たった今五体の怪物モンスターを屠ったとは思えない程気軽な声だった。


 これが守衛魔法師ガード。本物の、守衛魔法師ガードか。


「宗次郎はあの若さでB級にまで上がった本物の実力者よ。ランク1の怪物モンスターじゃあ、相手にもならないわ」


 佐々木さんが隣でそう教えてくれた。


 そうか、B級っていうのはそのレベルで強いんだな。いや待てよ、鬼灯先生はA級って言ってなかったか。


 あの人どんだけ強いんだよ、お化けか。鬼だったわ。


「た、助かったのか‥‥?」


「ああ」


 俺は肩に担いでいた男を地面に下ろした。腰を抜かしたらしく、そのままへたり込む。こんな度胸で、よくまあ動画撮影をしようと思ったもんだ。


「宗次郎、皆を一回避難させるわ」


「オッケー。まだ怪物モンスターたちは打ち止めにならないのかね」


「これで二十体は倒したはずだから、もう終わってもいいと思うけど」


 二十体。


 俺たちのところに来るまでにそれだけの怪物モンスターを倒してきたのかよ。


 弛緩した空気が流れ、星宮の方を見ると、彼女も俺の方を向いていて、目が合った。


「それじゃあ二人とも、一緒に避難を――」

 





 誰かが笑みを浮かべた。

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