第21話 一ミリの空隙
『マギアーツクラブ アサギ』では、コーチがついて一緒にトレーニングをしてくれるコースもあるそうだが、今日は王人が先生なので、部屋だけを借りた。
王人のカードを見た受付の人が、目をぎょっとさせているように見えたのは、多分気のせいじゃない。
都会怖えー。
通された部屋は、鬼ごっこで使っているのとそう変わらない大きさだった。
履き替えた室内履きで踏む床は、想像以上に硬い。
「市街地戦闘を想定していますから、硬めなんです。アスファルトよりはゴムに近いですけど、耐久性は抜群ですよ」
「
「ここはあまり派手はものは使えませんが、一人で訓練する分にはちょうど良いですよ」
王人はそう言うと、部屋の壁にある扉を開けた。
俺も王人の後ろから中を覗き込む。
「おう、凄いなこれは」
「一部屋一部屋にこれだけ揃えているのは驚きますよね」
部屋の中には、ずらりと武器が並んでいた。どれも安っぽいプラスチック製ではなく、本物に近い重量感が見ただけで感じられた。
剣や槍、斧に槌といったメジャーなものから、名前も分からないような形状の物まで様々だ。
『
この武器たちはそれを象徴しているようだ。
「護、この剣を」
「俺、剣なんて握ったことないぞ」
「ちょっとした実演です」
王人に渡された剣は、刀身が一メートルはあり、ずっしりと重い。当然刃のついていない模擬剣だが、本気で殴れば人くらい簡単に殺せてしまうだろう。
まさしく武器だ。
王人はもう一振り、小さなナイフを手に取ると、部屋の中央に戻った。
「それじゃあ護、その剣で思い切り斬りかかってきてください」
「‥‥いや、斬りかかってって、エナジーメイルはどうしたんだよ」
ナイフを右手に構えた王人は、
王人はにこにこ笑いながら答えた。
「必要ありません」
「そんなわけないだろ。こんなもの生身で当たったら痛いじゃすまないぞ」
「当たりませんから」
何言ってんだ。
武器の大きさも重さも違い過ぎる。万が一当たったら本当に怪我じゃすまないかもしれない。
剣を握ったまま迷う俺に、王人が少し声を低くして言った。
「大丈夫ですよ。僕、実はそれなりに強いですから」
「‥‥」
そうだ。
初めて受験で相対した時も感じたこの雰囲気。小さな身体から放たれる重苦しい圧。
何を舐めた口を聞いてたんだ。
王人は俺よりも強い。
「行くぞ」
「はい。いつでもどうぞ」
俺は覚悟を決め、剣を構えた。
そして、王人の肩目掛けて剣を振り下ろした。
剣の振り方なんて習っちゃいない。てんででたらめなものだが、それなりに力を込めた一撃は、当たれば骨折の可能性もある。
しかしその心配は
「うぉっ⁉」
ガンッ! と剣の切っ先が床を叩いた。硬い衝撃が手を伝って腕を痺れさせる。
肩に振り下ろしたはずの一撃が、空を切っていた。
「護、手加減したでしょう」
いつの間にそこにいたのか、王人が俺の真下に潜りこんでいた。脇の下に差し込まれるナイフの感触。
「駄目ですよ。本気で狙わないと、簡単に避けられてしまいますから」
「あ、ああ‥‥」
マジか。全然見えなかった。避けたところも、詰められたところも。しっかりと急所にナイフを突きつけられている。これが実戦なら死んでいた。
改めて理解する。あの時俺が王人と引き分けられたのは運が良かったからだ。
いたずらっ子のような笑みを浮かべて、けれど笑っていない目で王人が下がった。
「次は本気で来てくださいね」
「‥‥分かったよ」
俺は再度剣を振りかぶり、今度は確かな踏み込みと共に袈裟斬りに振るった。
ギン! と鈍い音が響き、また剣が空振る。
王人はその場からほとんど動いていない。剣が、流されたのだ。
「休まず打ち込んでください」
「っ‼」
身体を回し、足を動かして剣を振るう。型なんてあったもんじゃない。子供が棒切れを振り回すのと同じように、上下左右からとにかく一発でも当たれと振り続けた。
その全てが、短い音を鳴らして
「‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥当たんねえ」
限界が来たのは俺の方だった。慣れないフォームでそれなりの重さの模擬剣を全力で振り回したものだから、全身がじくじくと痛み、熱を持っている。それだけやっても、
息一つ切らしていない王人が、剣を杖代わりにする俺を見下ろした。
「これで何となく分かりましたか?」
「‥‥まぁ、言いたいことは‥‥動きすぎって、ことだろ‥‥」
これだけ丁寧にいなされ続ければ、馬鹿でも分かる。
王人は大きな動きはしなかった。横からナイフを添えて剣の軌道を変え、その小さな隙間に身体を滑り込ませたのだ。
それがあまりにも美しく洗練されているものだから、こっちから見ていると不動で剣を避けられているような気さえした。
「今のでそこまで分かるのであれば、センスがありますよ」
王人が棚から取り出してくれたスポーツドリンクを受け取る。
これ、部屋にこんなものまで備え付けであるのか。至れり尽くせりだな。
一気に喉に流し込むと、ひんやりと身体が冷えて、一息つけた。
「エナジーメイルを使っている相手に生身で挑むのは至難です。しかし恐れて動きが大きくなれば、相手の速さについていけなくなる」
ゆらりと王人が揺れた。
瞬間、顔の横をナイフが通り抜けた。薄皮を切られたのではと錯覚するほどの近さで、刀身の冷たささえ感じ取れるようだった。
「指一本――では遠い。
紙一重。一ミリの空隙。
それは俺の感覚で言えば、ほとんど触れているのと変わらない距離だ。
しかし王人は見極めている。見極め、その
「
「――分かった」
俺は覚悟を決めて頷いた。
俺は剣を端に置くと、改めて構えた。
左半身を前に、右の拳を脇に引く。膝は溜めを作るように軽く曲げ、どんな状況にも対応できるようにつま先に重心を乗せる。
王人もナイフをしまい、ゆるりと構えた。その立ち姿に大きな違いはない。両足は肩幅程度に開き、腕はぶらりと身体の横に垂らしている。
ともすれば棒立ちにも見えるそれが、彼にとっては何ら問題なく戦える構えだということを知っている。
そして王人の胸の中心で光のアイコンが弾け、全身に幾何学模様が駆け抜けた。彼の身体を、うっすらと光のオーラが包む。
物理法則を無視した魔法の鎧。『エナジーメイル』。
最もシンプルでありながら、魔法師を人間から
「それじゃあ、行きましょうか。目を閉じないでくださいね」
「頼む」
恐れるな、臆するな。
俺が生き残る道は、たった一ミリの
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