第20話 マギアーツクラブ

    ◇   ◇   ◇




「というわけで、どうやったら鬼ごっこがうまくなるか教えてください」


 放課後、俺はそう言って頭を下げた。


 全身には湿布やら絆創膏やらがパッチワークのように貼り付けられている。口の中を切ったせいで喋り辛い。


 そんな俺を何とも言えない目で見ているのは、何を隠そう剣崎王人である。


 医務室で治療を受けた俺は、わざわざ迎えに来てくれた剣崎に頭を下げて教えを乞うていた。


 色々と考えたけど、結局自分の力じゃ限界がある。


 そもそもほとんどが中等部からの一貫生で、エナジーメイルの練度が圧倒的に高い。


 それに勝つためには、ただがむしゃらに戦うだけじゃだめだ。


 王人はゆっくりと首を横に傾げ、頬を掻いた。


「それを僕に聞くんですか? 近距離の戦闘は得意だと思っていたんですけど」


「俺が習ってきたのは怪物モンスター相手に使う技の型だけなんだよ。模擬戦闘なんてほとんどしたことないし、対人の戦い方は教わったことがないんだ」


 親父が俺に叩き込んだのは、閃斧せんぶをはじめとする技の型だ。


 それ以外は素人同然である。


「頼む。俺は何となしてもこの学校でやることがあるんだ」


 王人は軽く目を閉じ、少し何かを考えると、頷いた。


「分かりました。ですが、僕も教え方が上手くはありませんし、加減ができるタイプではありません。それでよければ、力になりましょう」


「本当か!」


 俺が思わず前のめりで聞くと、王人は驚いたように身体をのけぞらせた。


「ほ、本当です。僕も護に学校をやめてほしくはないですから」


「マジか。いい奴すぎるだろ。今度ジュース奢るからな」


「いえ、ジュースはいりませんから、今度手合わせを‥‥。あの、頭を撫でようとしてくるのはやめてください」


 あ、すまん。


 俺の妹が王人くらいの背丈なので、つい癖で撫でようとしてしまった。


 まずいまずい、これが女性だったら、別の理由で学校を退学になるところだった。そんなことで家に戻ったら俺はアマゾネス三人によって八つ裂きの刑に処されるだろう。男女比一対三の家庭で男に人権などない。


 王人は気を取り直すように言った。


「とにかく、やるのであれば早い方がいいですね。もうそろそろ授業も次の段階に行くでしょうし、ここで一度もタッチできないというのは、単位的に本格的に厳しいです」


「ああ、分かった。よろしく頼む」


 そうして、俺と王人のドキドキマンツーマン訓練が始まることになったのだった。


 早速ということでその日の放課後、俺が王人に連れられてやってきたのは、学校から一駅離れた『マギアーツクラブ アサギ』という場所だった。


「マギアーツクラブか」


「護は利用したことありますか?」


「いや、ないな」


 名前だけは知っている。魔法マギが普及してから現れたサービスで、読んでの通り魔法戦闘マギアーツの訓練をしてくれるジムだ。


 桜花魔法の受験を受けていた外部生の多くは、こういった場所で魔法戦闘マギアーツの訓練をしているのだ。


 俺は親父から教わった方法で訓練をしていたから、利用はしなかったが。


「思っていたのと違うな」


「そうですか?」


魔法戦闘マギアーツの訓練をするくらいだから、もっと物々しいのかと思ってた」


 少なくともその見た目は厳めしい道場のような場所ではなく、今時のお洒落な看板が掲げられた、スポーツジムだった。


魔法戦闘マギアーツは若い人に需要が高いですから、綺麗な方が受けがいいんです」


「へー、よく来るのか?」


「僕は実家に道場があるのであまり来ませんが、設備の良さは保証します」


 そう言われても、魔法戦闘マギアーツの訓練にどんな設備が必要なのかさえ、あまり分かってないんだよな。


「でもこういうところって、月額制で会員登録が必要なんだろ? 俺、あんまり金はないぞ」


 桜花魔法学園の学費は非常に安い。しかし母親からの仕送りで生活している身だ。何の相談もなく、こういった高いところと契約するのは気が引ける。


 初めての一人暮らしで、何にどれくらいかかるかもいまいち分かってないしな。


 すると王人が一枚のカードを取り出して俺に渡した。


「何だ、これ」


「ここの利用カードです。これがあればいつでもトレーニングルームを借りられます」


「はい?」


 どういうことだ?


 数秒止まり、俺は王人の言いたいことを理解した。なるほど、そういうことだな。


「剣崎が登録してくれてるから、俺も使えるってことか」



「違います。これは護用に用意したカードですよ」



「なに?」


 まったく分かっていなかった。全然なるほども何もない。


 よく見れば、カードには確かに俺の名前が刻まれていた。


「すまん、まったく意味が分からないんだが。都会ではお友達二人までカード無料みたいな制度があるのか?」


「そんな怪しげな制度は聞いたことないですね。ここは剣崎家の分家が経営している施設なんです。僕が護の分も登録しておきましたから、いつでも使っていいですよ」


「――――マジで?」


 俺を見る王人の目はいたってマジである。本気と書いてマジとあててしまうくらいにはマジだ。



本気マジです」



 マジだった。


「いやしかしな‥‥気持ちはありがたいんだが‥‥友達からそんなことをしてもらうのは流石に悪いぞ」


 むしろ友達だからこそ、そういったことはきちんとした方がいい。お金が絡む問題は、はいはいと簡単にうなずいてはいけないのだ。


 姉ちゃんが「小遣いあげるよ」と言う時は、十中八九厄介ごとを押し付けられる時だ。買い物の荷物持ち程度ならまだ良い方で、ストーカー男の撃退に駆り出された時は、五百円に釣られた自分を情けなく思ったものだ。


 ストーカー男には懇切丁寧に女を見る目について説明し、残念なことに同意を得られなかったので、取り押さえて警察に突き出す羽目になった。


 あれ程言葉の持つ無力さを感じたこともまたない。


 あなたが盲目的になっている女は、五百円で弟をだまくらかす女ですよ。


「いえ護、友達だからこそです」


「友達だから?」


「受験の日、護が僕を倒したのは偶然ではありません」


「いや、あれは初見殺しみたいなもんだろ。今やったら間違いなく負けるぞ」


 前に王人と戦った時だって、俺は終始劣勢だった。引き分けにまで持ち込めたのは、『火焔アライブ』の力で不意打ちしたからだ。


 すると王人は下から俺の目を真っ直ぐに見てきた。


 長いまつ毛の下で、大きな瞳が深い光を宿していた。


 まるで射竦いすくめられたかのように、身体が動かなくなる。


「護は戦場で、初見殺しだったから負けても仕方ないと言うのですか?」


「いや、それは――」


「護、君は自分が思っている以上に伸びしろがあります。僕はそれが見たい。これは僕が僕のために勝手にやったことです。もしも君がそれを心苦しく思うのなら、僕と定期的に手合わせをしてください。対価はそれで充分です」


 王人の言葉は真剣だった。文字通り、剥き身の刃に撫でられているような寒気さえ感じる。


 彼はそのまま切っ先を俺の胸に突き立てた。


「それに、強くなりたいのでしょう」


「‥‥」


 それはその通りだ。


 そのためにここまで来た。ホムラにもう一度会うという俺の目的のために、強くならなければならない。


 この場所はそういう意味では、喉から手が出る程に欲しい環境だ。


「利用してください護。僕を利用して君が強くなるのなら、それが僕にとっては一番嬉しい」


「‥‥いいのか?」


「ずっとそう言ってるじゃないですか」


 王人は可愛らしい笑みを浮かべると、一歩後ろに退いた。


「それに、学校の訓練場も使おうと思えば使えます。ここはサブの場所だと思ってくれればいいですよ」


「ああ。ありがとう」


 俺は王人に頭を下げた。教えてもらうだけではなく、こんなことまでしてもらって、いずれ何らかの形で返さなければならない。


 それでも今はこの優しさに甘えさせて欲しい。


「‥‥本当に、いいんですよ」


 頭の上から聞こえた王人の言葉は、どこか嬉しそうに聞こえた。

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