第19話 やっぱり不適合者
無理だな。
『
それどころか、授業を受ければ受ける程、無理だなという感想しか出てこない。
勢いよく啖呵切ったはいいけど、気合でどうこうなるものじゃないぞ、これは。
「さて、それでは準備運動の時間も終わりです。チームに分かれて始めましょう」
鬼灯先生の言葉で、俺たちは指定されたチームに移動する。
今から始まる活動は、非常に単純。
『鬼ごっこ』である。
ただし鬼は一人ではない。全ての人間が鬼であり、同時に逃げる人間なのである。
自分以外の全てが敵、タッチされた時点で退場扱いとなり、最後には勝者一人だけが残るサバイバルマッチ。
細かいルールはなく、指定されたコートの中で、相手の胴体に触れることができれば、タッチした判定になる。
守りや攻めに使うため、腕と足は判定外。危険という理由で首から上も判定外だ。
小学生でもできそうなシンプルなゲームだが、これが想像以上に
鬼灯先生もはじめに言っていた。
「いいですか、このゲームで必要なのは、加速、停止、旋回の切り替えです。これらを一瞬の判断でいかに素早く切り替えられるかが、勝敗に直結します。ちなみに、逃げ回るだけでは評価につながりませんので、あしからず」
そう、このゲームは余計なルールがない分、純粋な身体能力と、何より『エナジーメイル』の練度がもろに出る。
俺はこの『鬼ごっこ』で、絶賛全敗中だった。鬼灯先生はわざわざ備えつけのスクリーンにタッチした人数と、生き残った時間を全生徒ランキング形式で表示するのだが、俺は毎回最下位。
見事過ぎていっそ清々しい。タッチ数
それもそのはず。
やってみて理解したが、エナジーメイルの差が大きすぎる。周りは全員バイクに乗っているのに、こっちは三輪車を必死で回しているようなものだ。
馬力が違い過ぎる。
「さて、それでは始めます。用意――」
コートにいるのは、俺を含め四人。せいぜいバスケットコートの半分程度の面積に、大型二輪が三台と幼児用二輪一台だ。交通事故不可避だろ、これ。
ピーッ! という合図と共に、俺以外の三人が駆けだした。
狙いはもちろん、俺。
「っ‼」
全力で横っ飛びに回避する。
凄まじい音を立てて、三本の腕が通過するのを感じる。
生存時間が最下位な理由がこれ。誰をタッチしようが、ランキングには反映される。そしてそこに羊が迷い込んでいるとなれば、狙わない手はない。
ふざけるなよ。全員、人の心をあの試験で落としてきてるだろ。
胴体にさえ触られなければタッチ判定にはならない。俺はできるだけ身体の前に腕を構えて胴体を隠し、足を使って逃げる。
直線的な動きでは、絶対に追いつかれる。
エナジーメイルを使わない俺の有利点といえば、小回りが効きやすいってだけだ。
だから細かく曲がり、狙いをずらす。
しかしそれで逃げられるのも、初めの間だけだった。鬼灯先生の言葉通り、みんな急停止、旋回にも慣れてくる。
そうなれば、小回りの利なんてない。ものの数秒で、俺はガードをこじ開けられ、タッチされてしまった。
「真堂、アウト」
笛と先生の言葉が聞こえ、俺はコートから出た。あの人、いくつものコートを同時に見ているのに、まったく見逃すことがない。
どういう目をしているんだ。
にしても、やっぱり厳しい。
少なくとも今のやり方じゃ、絶対に先生に認めさせることなんてできない。
さて、どうするか。
参考になりそうな人を探すが、そもそもエナジーメイルを使っている時点で俺とは前提が違いすぎる。
はたから見るとよく分かるが、本当に全員動きが速い。一歩目の加速の時点で、目で追うのがやっとな速度で動いている。
『
「いや、弱気になるな俺」
頬をパンと張って、気合を入れる。
いつまたレオールのような輩が襲ってくるか分からない。
何が来ても、情報を引き出せるくらい強くならなければならないのだ。
少しでもいいから何か手本にできる人はいないか?
そう思い周囲を見ていく中で、明らかに動きが違う生徒を見かけた。
他の皆は、とにかく加速、停止、旋回を連続で繰り返して、タッチの隙を作ろうとするのだが、その中にいて一人だけ、
「って、王人か」
そこにいたのは剣崎王人だった。
俺は王人の後ろ姿を見つめた。
何を隠そう王人は現在タッチ数トップ。更に生き残った時間に関しては、名前が
生き残った時間はタッチされた回数、つまり失格になった回数で割り、平均時間を出している。
王人は未だに一度もタッチされていない。文字通りの全戦全勝なのだ。
「‥‥」
今までも何度か王人の試合は見てきたが、正直、何が起きているのか分からないまま終わってしまった。
相手が飛びかかったかと思えば、笛の音が鳴り響き、相手は退場している。
今回は相手が結構なやり手らしく、試合が長引いていた。
それでも王人の動きは変わらない。
小柄な身体で自分から攻めるわけでもなく、相手を待つ。
そして相手の攻撃がぶつかる寸前に、何故か王人はその外側にいるのだ。
別に速く動いているようには見えないのに、風に揺れる木の葉のように攻撃を避ける。
それを繰り返し、気付いた時には王人の手が相手の肩に触れていた。
決着か。
試合を終えた王人が悠々とコートを出た。
他の人とは違う。力を使っているようにも、速く動いているわけでもない。
俺でもできないか、あれ。
「こう‥‥こうか‥‥?」
王人の動きを思い出しながら、身体を動かすイメージをする。しかしいくら考えても、今までの負けるイメージを拭うには至らない。
うーん、何かを
「次の試合を始めます。試合をする者はそれぞれのコートに入ってください」
それが何か分からないまま、鬼灯先生の声が響いた。
よし、今度こそ一人くらいはタッチしてみようか。
◇ ◇ ◇
そんな俺の決意は、試合が始まって一分も経たずに砕かれようとしていた。
「‥‥はぁ‥‥はあ‥‥」
「おいおい、そんなもんじゃないだろ。なあ」
俺の前でそういきり立つのは、短い髪を逆立てた男子生徒だった。
名前は確か‥‥
隣のクラスだから、この試合に入るまでは話したこともない。
しかしこいつは試合が始まった時から俺に敵意むき出しで、まずは俺以外の全員をタッチして脱落させた。
理由は明白だろう。
「ほら、かかってこいよ。ほら!」
武藤が踏み込み、手を振ってくる。これが当たったら終わりだ。
俺は手をかいくぐりながら武藤に向けて手を伸ばした。
「おぉっと」
ゴッ‼ と体当たりを食らって吹き飛ばされた。
「ぉぐっ‼」
ただの体当たりじゃない。
あっちはエナジーメイルを発動している状態だ。バイクにでも
いってぇ。
ぐらつく頭を膝に力を込めてなんとか支えながら、立ち上がる。
そんな俺を武藤はニヤニヤと眺めていた。
「‥‥お前、攻撃は禁止だろ」
「ああ、ごめんごめん! よけようとしたらぶつかっちまったよ! 大丈夫か?」
笑いを噛み殺しながら、武藤はでかい声でそう言った。
そして
「でもさぁ、真堂君はあの剣崎を倒したんだろう。この程度じゃ痛くもかゆくもないんじゃないの?」
‥‥ああ、なるほど。
そういう理由か。
まだこの学園に来て日は浅いが、剣崎の異様なカリスマには気付いていた。
あいつは多分中学時代、最強の代名詞みたいな存在だったんだろう。ほぼ運だったとはいえ、そんな男にぽっと出の俺が勝ったのが許せないってわけだ。
思い出すのは、中学時代の日々。
どこにだって、こういう連中はいるってことか。
市民の守護者たる
それは腹立たしいようで、妙に納得してしまう事実だ。
「だせぇ男だな」
「は? 今何か言ったかー?」
「別に、なんも言ってねーよ」
こういう連中に馬鹿にされるのは頭にくる。
それ以上に、やり返す手段もない自分の弱さに、腹が立つ。
それでも、うつむかない。弱音を吐いたり、先生に助けを求めたりなんてまっぴらごめんだ。
お前がその気なら、とことんまで付き合ってやるよクソ野郎。
「ははははは!」
俺はその後動けなくなるまで武藤に地面を転がされ、最後にはタッチされて失格となった。
皮肉にも長く伸びた生存時間が、スクリーンに刻まれた。
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