第19話 やっぱり不適合者

 無理だな。


 『魔法戦闘マギアーツ基礎』の授業が始まって早二週間、俺は攻略の糸口を見つけることができないでいた。


 それどころか、授業を受ければ受ける程、無理だなという感想しか出てこない。


 勢いよく啖呵切ったはいいけど、気合でどうこうなるものじゃないぞ、これは。


「さて、それでは準備運動の時間も終わりです。チームに分かれて始めましょう」


 鬼灯先生の言葉で、俺たちは指定されたチームに移動する。


 今から始まる活動は、非常に単純。


 『鬼ごっこ』である。


 ただし鬼は一人ではない。全ての人間が鬼であり、同時に逃げる人間なのである。


 自分以外の全てが敵、タッチされた時点で退場扱いとなり、最後には勝者一人だけが残るサバイバルマッチ。


 細かいルールはなく、指定されたコートの中で、相手の胴体に触れることができれば、タッチした判定になる。


 守りや攻めに使うため、腕と足は判定外。危険という理由で首から上も判定外だ。


 小学生でもできそうなシンプルなゲームだが、これが想像以上に効く・・


 鬼灯先生もはじめに言っていた。


「いいですか、このゲームで必要なのは、加速、停止、旋回の切り替えです。これらを一瞬の判断でいかに素早く切り替えられるかが、勝敗に直結します。ちなみに、逃げ回るだけでは評価につながりませんので、あしからず」


 そう、このゲームは余計なルールがない分、純粋な身体能力と、何より『エナジーメイル』の練度がもろに出る。


 俺はこの『鬼ごっこ』で、絶賛全敗中だった。鬼灯先生はわざわざ備えつけのスクリーンにタッチした人数と、生き残った時間を全生徒ランキング形式で表示するのだが、俺は毎回最下位。


 見事過ぎていっそ清々しい。タッチ数ゼロ。生き残った時間もぶっちぎりのドンケツ。


 それもそのはず。


 やってみて理解したが、エナジーメイルの差が大きすぎる。周りは全員バイクに乗っているのに、こっちは三輪車を必死で回しているようなものだ。


 馬力が違い過ぎる。


「さて、それでは始めます。用意――」


 コートにいるのは、俺を含め四人。せいぜいバスケットコートの半分程度の面積に、大型二輪が三台と幼児用二輪一台だ。交通事故不可避だろ、これ。


 ピーッ! という合図と共に、俺以外の三人が駆けだした。


 狙いはもちろん、俺。


「っ‼」


 全力で横っ飛びに回避する。


 凄まじい音を立てて、三本の腕が通過するのを感じる。


 生存時間が最下位な理由がこれ。誰をタッチしようが、ランキングには反映される。そしてそこに羊が迷い込んでいるとなれば、狙わない手はない。


 ふざけるなよ。全員、人の心をあの試験で落としてきてるだろ。


 胴体にさえ触られなければタッチ判定にはならない。俺はできるだけ身体の前に腕を構えて胴体を隠し、足を使って逃げる。


 直線的な動きでは、絶対に追いつかれる。


 エナジーメイルを使わない俺の有利点といえば、小回りが効きやすいってだけだ。


 だから細かく曲がり、狙いをずらす。


 しかしそれで逃げられるのも、初めの間だけだった。鬼灯先生の言葉通り、みんな急停止、旋回にも慣れてくる。


 そうなれば、小回りの利なんてない。ものの数秒で、俺はガードをこじ開けられ、タッチされてしまった。


「真堂、アウト」


 笛と先生の言葉が聞こえ、俺はコートから出た。あの人、いくつものコートを同時に見ているのに、まったく見逃すことがない。


 どういう目をしているんだ。


 にしても、やっぱり厳しい。


 少なくとも今のやり方じゃ、絶対に先生に認めさせることなんてできない。


 さて、どうするか。


 参考になりそうな人を探すが、そもそもエナジーメイルを使っている時点で俺とは前提が違いすぎる。


 はたから見るとよく分かるが、本当に全員動きが速い。一歩目の加速の時点で、目で追うのがやっとな速度で動いている。


 『火焔アライブ』が使えれば話は変わってくるんだけど、鬼灯先生にあれだけの啖呵たんかを切った手前、今更別の魔法マギを使わせてくださいとは言えない。


「いや、弱気になるな俺」


 頬をパンと張って、気合を入れる。


 いつまたレオールのような輩が襲ってくるか分からない。


 何が来ても、情報を引き出せるくらい強くならなければならないのだ。


 少しでもいいから何か手本にできる人はいないか?


 そう思い周囲を見ていく中で、明らかに動きが違う生徒を見かけた。


 他の皆は、とにかく加速、停止、旋回を連続で繰り返して、タッチの隙を作ろうとするのだが、その中にいて一人だけ、悠然ゆうぜんと構える少年がいた。


「って、王人か」


 そこにいたのは剣崎王人だった。


 俺は王人の後ろ姿を見つめた。


 何を隠そう王人は現在タッチ数トップ。更に生き残った時間に関しては、名前が載っていない・・・・・・


 生き残った時間はタッチされた回数、つまり失格になった回数で割り、平均時間を出している。


 王人は未だに一度もタッチされていない。文字通りの全戦全勝なのだ。


「‥‥」


 今までも何度か王人の試合は見てきたが、正直、何が起きているのか分からないまま終わってしまった。


 相手が飛びかかったかと思えば、笛の音が鳴り響き、相手は退場している。


 今回は相手が結構なやり手らしく、試合が長引いていた。


 それでも王人の動きは変わらない。


 小柄な身体で自分から攻めるわけでもなく、相手を待つ。


 そして相手の攻撃がぶつかる寸前に、何故か王人はその外側にいるのだ。


 別に速く動いているようには見えないのに、風に揺れる木の葉のように攻撃を避ける。


 それを繰り返し、気付いた時には王人の手が相手の肩に触れていた。


 決着か。


 試合を終えた王人が悠々とコートを出た。


 他の人とは違う。力を使っているようにも、速く動いているわけでもない。


 俺でもできないか、あれ。


「こう‥‥こうか‥‥?」


 王人の動きを思い出しながら、身体を動かすイメージをする。しかしいくら考えても、今までの負けるイメージを拭うには至らない。


 うーん、何かをつかめそうなんだけどな。


「次の試合を始めます。試合をする者はそれぞれのコートに入ってください」


 それが何か分からないまま、鬼灯先生の声が響いた。


 よし、今度こそ一人くらいはタッチしてみようか。




    ◇   ◇   ◇




 そんな俺の決意は、試合が始まって一分も経たずに砕かれようとしていた。


「‥‥はぁ‥‥はあ‥‥」


「おいおい、そんなもんじゃないだろ。なあ」


 俺の前でそういきり立つのは、短い髪を逆立てた男子生徒だった。


 名前は確か‥‥武藤むとうだった気がする。


 隣のクラスだから、この試合に入るまでは話したこともない。


 しかしこいつは試合が始まった時から俺に敵意むき出しで、まずは俺以外の全員をタッチして脱落させた。


 理由は明白だろう。


「ほら、かかってこいよ。ほら!」


 武藤が踏み込み、手を振ってくる。これが当たったら終わりだ。


 俺は手をかいくぐりながら武藤に向けて手を伸ばした。


「おぉっと」


 ゴッ‼ と体当たりを食らって吹き飛ばされた。


「ぉぐっ‼」


 ただの体当たりじゃない。


 あっちはエナジーメイルを発動している状態だ。バイクにでもかれたかのような衝撃を受け、何度も地面を転がる。


 いってぇ。


 ぐらつく頭を膝に力を込めてなんとか支えながら、立ち上がる。


 そんな俺を武藤はニヤニヤと眺めていた。


「‥‥お前、攻撃は禁止だろ」


「ああ、ごめんごめん! よけようとしたらぶつかっちまったよ! 大丈夫か?」


 笑いを噛み殺しながら、武藤はでかい声でそう言った。


 そして大仰おおぎょうに頭を下げると、俺にだけ聞こえるように言った。


「でもさぁ、真堂君はあの剣崎を倒したんだろう。この程度じゃ痛くもかゆくもないんじゃないの?」


 ‥‥ああ、なるほど。


 そういう理由か。


 まだこの学園に来て日は浅いが、剣崎の異様なカリスマには気付いていた。


 あいつは多分中学時代、最強の代名詞みたいな存在だったんだろう。ほぼ運だったとはいえ、そんな男にぽっと出の俺が勝ったのが許せないってわけだ。


 思い出すのは、中学時代の日々。


 どこにだって、こういう連中はいるってことか。


 市民の守護者たる守衛魔法師ガードこころざすこの学園にさえも。


 それは腹立たしいようで、妙に納得してしまう事実だ。


「だせぇ男だな」


「は? 今何か言ったかー?」


「別に、なんも言ってねーよ」


 こういう連中に馬鹿にされるのは頭にくる。


 それ以上に、やり返す手段もない自分の弱さに、腹が立つ。


 それでも、うつむかない。弱音を吐いたり、先生に助けを求めたりなんてまっぴらごめんだ。


 お前がその気なら、とことんまで付き合ってやるよクソ野郎。


「ははははは!」


 俺はその後動けなくなるまで武藤に地面を転がされ、最後にはタッチされて失格となった。


 皮肉にも長く伸びた生存時間が、スクリーンに刻まれた。

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