◆ 四月

◆ 四月


 今日は良い天気だ。雲一つない青空とはまさにこのことというくらい、良い天気だ。屋外で「映える」写真を撮るには良い天気だ。適度な暑さに伴って冷たい飲み物やアイスを売るには良い天気だ。光合成によって植物は酸素を放出し、ソーラーパネルは発電を否応なしに促進される、とても良い天気だ。だからおそらく晴れを良い天気と言うのだろう。そのことに関して特に異論はない。

 良い天気で言うと、先日私は明治神宮の外苑の方に足を運んだ。数年前に新しく完成した国立競技場を観に行きたかったからだ。感想はと言うと、とにかく大きかった。競技場の周りを一周するのに十分近くかかった。特に催し物がない日でも見学ツアーが開催されているため、中を見ようと思えば見られたのだが、そこまで執着する気はなかった。周りの雰囲気をたしなんで、あとは千駄ヶ谷の有名なラーメン屋に行った。お昼時で混んではいたが、回転率が高いためさほど待たずに入店することができた。その後は無理に長居せず、そそくさと家に帰った。

 それにしても、神宮外苑は面白い場所だった。私も初めて訪れた場所ではなかったのだが、行ったことがあるのは以前の国立競技場くらいで、野球場だとかラグビー場だとかには足を運んだことがなかった。しかもどうやらその周辺にも、様々なスポーツ施設があるらしい。直接私が確認できたものだとテニスコートと打ちっぱなしがあったが、その他にもアイススケート場やバッティングセンターがあったらしく、極めつけは絵画館という施設の周辺にフリースペースのような場所があり、そこではスケートボードに乗る若者たちが盛んに技を見せ合っていて、平日の昼間にもかかわらずなかなか盛況であった。何人かは失敗して派手に転んでいたのであまり長くは見ていられなかったが、私が今住んでいる小平という町ではこういう光景はあまり見られないため、新鮮で面白かった。今度また外苑エリアに来る機会があれば、もう少しゆっくり見て回ろうと思う。一度神宮球場で野球の試合を見てみたいと思う反面、そういう日は周辺も混んでいそうだから、悩みどころではあるのだが。


 というわけでこれから私は、定期的にこんな感じで日記をつけることにした。理由はなんとなく、その日や週に起きたことや感じたことを文章として書き残してみたくなったからだ。私の人生は正直に言って、他人に誇れるようなものではない。平日の昼間にスケートボードに乗っている若者たちを見て、「こいつらは普段何をやっているんだろう」という気持ちが全くなかったわけではない。

 しかし、それは私も同じなのだ。一応一人で暮らしていけるだけの収入を得る仕事は最低限しているが、最低限を積み重ねていった結果が今の人生なのであって、環境を言い訳にするつもりはないし、今の境遇に絶望するつもりもない。なるべくしてなった、それが私の生き様のように最近は思えてきたのだ。

 だからこそこうやって、起きたことや感じたことを文字にしてみて、言葉にしてみて、平凡で何の意外性もない私の人生だって、文字や言葉を重ねれば一つの物語になるかどうか、試してみたくなったのだ。初めて書いた明治神宮外苑小旅行譚は、ただの明治神宮外苑紹介になっただけだったが、こういうのだって積み重ねれば何かの要素になるかもしれないし、伏線か何かに使えるかもしれない。

 というわけでこんな感じで色々と書いてみると、最初は読み返すのをなんとなく躊躇ちゅうちょするような気恥ずかしさもあったが、どうせ他には誰も読まないと思うと次第に何もかも書いてみたくなるのは不思議なものだ。そのうち性癖だとか変なことまで書くようになるかもしれないので、誰にも読ませないという誓いはたとえ悪魔にそそのかされても守るようにしよう。多少なりとも保ってきた世間体さえ微塵みじんに打ち砕かれたら、山奥の秘境のような場所で隠居せざるを得なくなる。それはそれで面白い物語は作れそうではあるが。


 そういえば最近、大家から妙な話を聞いた。先ほども若干触れた通り、今私は東京の小平という町のアパートに住んでいるのだが、どうやら私の住んでいる部屋の前の住人が、行方不明になっているというのだ。ある日の明け方に部屋を後にして以来、すっかり姿をくらませてしまったらしい。それがいつの話だったかなどの詳細ははぐらかされたので分からずじまいだったが、そんな部屋に住んでいると思うと、ちょっと気味が悪い。なぜ大家が今になってその話をしてきたのかも理解し難い。

 ちなみにその行方不明となった住人の名は、虎藤とらふじ虎太郎こたろうというらしい。初めてその名を聞いたときは、名前の中に虎が二つもあるなんて面白いなと思っただけだったが、そんな変わった名前を持っている者が行方不明という変わった境遇に陥るなんて、不謹慎ながら羨ましいとも思った。

 そういえば虎藤虎太郎という男は、私がつい先日訪れた明治神宮外苑のエリアが好きだったらしい。大家と話している最中、この前神宮外苑に行ってきたと言ったら前の住人も神宮外苑が好きだったという話になって、その住人、すなわち虎藤虎太郎は今現在行方不明になっている話を聞いた次第だ。言った後に大家は「しまった」といった顔をしていたので、本当は隠したかった事柄だったのだろう。なにせ不動産会社がどのように扱っているかはわからないが、前居住者が行方不明というのは、少なくとも事故物件の一歩手前だろう。その行方不明者が急に部屋に帰ってきたなどとなったら、幽霊どころの騒ぎではない。仮にその人物が若い女性であったら、そのまま一緒に暮らすだなんて韓流ドラマでありそうなラブロマンスが生まれるのも悪くはないが、虎藤虎太郎なんていうどこからどう聞いても男々しい男の中の男の名前を聞いたら、一緒に暮らすなどという状況は、想像するだけで気色の悪さを通り越してカオスな展開になる。

 とりあえずその事実を隠していたであろう大家には色々言いたいことはあるが、退屈だった日常に一風変わった風が吹くというのも悪い気はしない。その気になれば訴訟などをチラつかせて少々懐が温まる方法もあるのかもしれないが、今のところは静観する方向で行こうと思う。もし虎藤虎太郎とかいう男が実際に現れたら、聞いてみたい話もそれなりにある。というか、虎藤虎太郎が実際にはどんな男なのか、普通に見てみたい。


 とりあえず今回はこれくらいで締めようと思う。次回はもう少し物語要素を厚めにしようと思うが、そのためにはまず現実の世の中を色々見ておかなくてはならないのかもしれない。近所でもいいから、おすすめの飲食店か何かを大家に訊いてみようか。


 それでは、また会う日まで。

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