第8話 アイネ・キュッヒェンシャーベ
(……)
(…………)
(………………あ……?)
うっすらと意識が戻ってくる。
(あれ……? 俺、さっきまでビュンビュンに3D機動を……なんで、寝てんだ……?)
のそのそとビーストがこちらに向かって歩いてくる。
5秒か、10秒か。そんなに長い間落ちていたわけではなさそうだが、すぐに立ち上がらないとマズい。
が、体がピクリとも動かない。
(やばい……やばい、やばい、やばい……!!)
頭でどう命令しても指一本動かない。
やがて、ビーストが眼前に立ち――右前足でバシッと彼をはたいた。
足の裏は柔らかい肉で盛り上がっているようで、はたかれたこと自体には痛みはない。
が、容赦ない衝撃で受け身もとれないままゴロゴロと体は回転し、覚めたばかりの意識が再び混濁する。
(な、なにしやがる、こいつ……!)
間髪入れず、左の一撃。今度は右側に転がされる。と思ったら、また右。
(がっ! ぐわっ! いっ、いったい、なにがっ……!)
ビーストは、ザクベルを弄んでいた。
そして彼の手足を引きちぎろうと、その腕に牙を突き立てようとした――そのとき。
「はぁぁぁぁぁぁああッ!!」
ノーマークだった少女が、猛然と物陰から飛び出した。
(バカ……! こんなバカでかいビースト相手に、無策で飛び出してきて何が――)
勢いのまま、ビーストの顔めがけて突進する少女。
その一撃は――効いた。
「ミ゛ャッ!!」
声をあげてひるむ怪物。
飛びずさって後退したところに、さらに突進。鼻先に体当たりをブチ当てる。
予想外の反撃に、後ろ向きに転がり慌てて両足でバタバタと顔をぬぐう。
猛然と自ら死地に突っ込む少女の後ろ姿に、少年はツヴァイの面影を見た。
(あぁ……そうか……)
ポーズだけで兵長になったつもりでいた自分とは違う。
そうだ。重要なことはチョロチョロと飛び回ることではないのだ。
自ら敵に向かっていく勇気。死地に飛び込む胆力。
(あれが……自らの運命を切り開く力……なのか……)
ひっくり返っていたビーストはそう間をおかずにくるりと立ち上がったが、すっかり気勢をそがれ正面に立ちふさがる少女がジリ、と一歩前に出るたびにビクッと後退し、やがてすごすごと退散していった。
危険が去ったことを確認すると、少女はザクベルのもとへ戻ってきて手を差し伸べる。
「ありがとう、あなたが怪物の気を引いてくれたから隙ができた。おかげで二人とも助かった……体は大丈夫?」
「……」
その手を取りかけるが、プライドが邪魔をし躊躇する。
「……ザクベル?」
「……いや……」
(なにを嫉妬してるんだ、俺は……)
別にヒーローにあこがれていたわけではない。この白塔で、ただ仲間と楽しく平和に生きていければそれで満足だった。
しかし……だがしかし……
(ジョージを……ヤツを倒すためには、兵長やこの子のような力が、俺にもほしい……!!)
「……」
複雑な表情を見せる少年に、少女は手を差し伸べたまま辛抱強く反応を待つ。
やがて彼は邪念を振り払うかのように、ブンブンと左右に首を振った。
「……お前……名は?」
「私? 私は……」
少年も手を差し出し、二人の手が交じり合う。
「――アイネ」
「アイネ・キュッヒェンシャーベ」
殺戮の巨人 MAO @Lovely-Lili-tan
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