第7話 運命の出会い

 はじめての探査から、日が明けて――翌日。


 まだ明るい日中に、ザクベルはシン・プラミンを出て白塔内部のキチンエリアに立っていた。


 巨人に見つからないよう、基本的には地下に潜んでいる彼らだがシン・プラミンでは特に厳しい規則等はなく、外出は自由。そこで何かあっても自己責任という空気感だ。


(ちょっと喉乾いたし、昨日水を飲んだシン湖でまた一杯飲むか……)


 ついでに、3D機動も練習しておきたい。


 壁を登って崖の上の平地に立つ。少し歩くと大きくくぼんだ銀色の窪地が見えてきた。


 その底には円形、四角形、大小さまざまな形状の物体が乱雑に積み重なっており、そのそれぞれに大量の水が溜まっている。


(うひょ~、今日も飲み放題だ!)


 するすると銀色の窪地を下りていき、その後反対に積まれた物体をよじ登っていく。


 ――突如、湖の中からザパッと一人の少女が出現した。


 しっとりと濡れた艶やかな黒髪、水をはじいてキラキラと煌めく一糸まとわぬ裸体。


「わ……わわっ!」


 慌てて反対側を向いたザクベルは、バランスを崩して銀の地面へとスコーンと落下した。


「いっ……ててて……」


 上から少女の顔がにゅっと伸びる。


「……大丈夫?」


「だい……じょうぶ……だけど……な、何してんだ、こんなとこで……」


「何って、水浴びだけど……」


 特に慌てる様子もなく、モゾモゾと服を着ると、少女はのっそりと少年に手を差し伸ばした。


(なんとも、トロそうな女だな……)


 その手を取って再度登り、少女の隣に座る。


「お前、シン・プラミンじゃ見ない顔だな」


「シン・プラミン……? あぁ……私の家族は別の場所で住んでたから……」


「ふーん? 俺もまだ来て1日だけど、あそこ結構居心地いいのになんでわざわざ別の場所に?」


「大きな拠点は、巨人にも目をつけられやすいから……」


「あっ……なるほど。そういう考え方もあるか」


「あなたは、探査兵団に入ったの?」


「ん? まぁ、入った……のかな? 昨日体験で探査についていったばっかりだけど」


「兵団で、なにかしたいことでもあるの?」


「……」


 あらためて問われると……はてなマークが浮かぶ。


 自分はいったい何がしたいのだろうか。そもそも白塔へ来た理由は、理想郷ユートピア探しのためだ。


 巨人でも食べきれない大量の食糧があるのなら。ミマルキーのような怪物が立ち入れない堅牢さがあるのなら。そこにたくさん仲間がいて、楽しい生活が待っているのなら。


 そこが彼のたどり着くべき場所――ではあったのだが。


(無限の食糧はある。怪物もほとんどいない。仲間もいる。文句はねェ。ほとんどねェ。しかし……しかし……!)


 ただ一点の懸念。それは突如豹変した巨人の態度。


(あの心優しかったはずの女型が、なぜ突然牙をむいてきたのか……)


 考えられる理由は、2つ。


 1つは、もう一体の巨人――ジョージ。


 女型はもしや、あの男型に操られているとか……何らかの支配下にあって逆らえない状況にいるのか。


 もう1つの可能性は――兵長。


 あのとき、兵長はジョージを飛び越えて執拗にアズを攻撃していた。兵長がなぜ女型を狙うのかはわからないが、彼女からすればそのせいでメケ人を敵視するようになってしまったのかもしれない。


(ばかな……だったら、間接的とはいえ、兵長がローラの仇ってことに……)


 そんなことは考えたくない。彼は命の恩人なのだ。


 自然、少年は2つの可能性のうちの1つを無理やり頭の中から追放し、もう1つの可能性――それのみに目を向ける。


(ジョージだ……やつこそが元凶にちがいない……! やつさえ……やつさえいなければ……!!)


「……?」


「あっ……」


 少女の視線を感じてふと我に返る。


「ご、ごめん。ははは、別に、そんな深刻には考えてねーよ。テキトーだよ、テキトー!」


「……」


 少女には、彼の復讐に燃えるギラついた目はとてもテキトーには見えなかった。


 が、そのことは触れずにおく。


「そう……ところで、あなたの名は?」


「俺か? 俺はザクベル。おま――」


 ――ズン。


 大地が、揺れた。


(巨人!?)


 毛が逆立ち、反射的に立ち上がる。


 ゴゴゴゴゴと上からのぞき込んできたのは――


「巨人じゃ……ない……!?」


 ミマルキーにも似た毛むくじゃらの怪物。が、違う。桁が違う。はるかにでかい。


「で……でけェ……!!!!」


 その大きさは、ミマルキーの10倍か、20倍か。巨人ほどではないが、とにかく桁外れの大きさの怪物だった。


「び……ビースト……!!」


「ビースト……!? 知ってるのか、お前……!?」


「えぇ……巨人の手先……気まぐれで働いたり働かなかったりだけど……メケ人を捕らえては嬲り殺しにして主人に報告しにいったり、いかなかったり……」


 無遠慮に顔を近づけ、匂いを嗅ぎに来るビースト。


「くっ……」


「動かないで、ザクベル。ビーストは巨人と違って、いきなり発狂はしないわ。襲われるかもしれないけど、襲われないかも……」


「そ、そうはいったって……」


 フンフンと鼻息が顔にかかる。


 さらに、手を伸ばしてチョンチョンと触ろうとしてくる。すると――


「うわっ、よせっ、こんなところで――」


 いわんこっちゃない。ガシャーン、と、積み上げられた物体が崩れ、湖の水が溢れ出した。


「うわっぷ! やべェ! 上に上がるぞ!」


 慌てて窪地を脱出する二人。その背を、鋭い眼光が追っていた。


(み、見てる……めっちゃ見てる……!!)


「おいお前! 俺がヤツを引き付ける! お前はその隙になんとかして逃げろ!」


「え……引き付けるって……」


 瞬間。ザクベルは崖から跳躍し、マントを広げて大滑空を見せた。


「おらぁああああッ!! 見やがれ怪物ッ!! 俺はこっちだーーーッ!!」


「フシャーーーッ!!」


 狙い通り、ビーストはザクベルの後を追って崖から跳躍する。


「へっ、捕まるかよ!」


 着地。すぐさまダッシュ。ジグザグに走り、バシン、バシンと地面を叩くビーストの足元を潜り抜ける。


 壁を登り、再び滑空――


(すげェ、すげェ――! 俺、今まるで兵長さんみてェじゃん――!!)


 あの日見た、ツヴァイの超機動。目に焼き付いたその動きをほとんどそのままトレースできているような感覚。


(いける――今の俺なら、コイツを翻弄してうまく脱出を――)


 ――が。


 ビーストは、巨人とは違うことが2つあった。


 一瞬ののち、凄まじい衝撃とともに少年の目の前が真っ暗になり、何も見えず、何も聞こえなくなった。

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