第6話 第96回探査

 深夜の暗闇の中。


 巨人が寝静まったころが、メケ人の主な活動時間となる。


 ヤツらの気配がなくなったのを確認し、探査兵団はゾロゾロと円柱と天井の隙間から出て、白塔の内部へと降り立った。


 先頭に立つのは団長の『スカラファジオ』。

 その傍らに兵長のツヴァイが立つ。

 そして、ザクベルはツヴァイに首根っこを掴まれて同じく前に立たされていた。


 まずはスカラファジオが全員に向かって探査方針を告げる。


「――というわけで、本日のルートはウォール・キチンを超え、ウォール・リビンへ。リビンエリアを探索ののち、キチンエリアへ戻ってシン湖で水分を補給し、グレートトライアングルで食料を補給。その後帰還とする」


「ハッ!」


 団長の次は、兵長が前に進み出る。


「次は俺から話がある。一部の者には紹介済みだが、今日は新入りを同行させる。ホラ、挨拶しろ」


「あっ、はい」


 乱暴に突き出されて、ザクベルはおずおずと前に出た。


(ひぇ~。こんな活力に満ちた若い連中がたくさんいる場所、はじめてだ。緊張する~)


「ザ、ザクベルです。外の世界から今日やってきました」


 ザワザワと一瞬騒がしくなるが、兵長の一喝ですぐに静かになる。


「えー……それでいきなり巨人に遭遇して襲われたんですが、ツヴァイさんに助けられて、こうして今ここにいることができてます。自分も何かお役に立てればと思います。よろしくお願いしゃす!」


 パチパチパチ、と拍手が起こった。


(ふぅ、よかった……迎え入れてもらえたみたいだ)


「それでは第96回探査……出発!」


 号令とともに、探査兵団は出発した。


 兵長はまたザクベルの首根っこをつかみ、ポイッとジラレイの方に投げやる。


「そいつに基礎を教えといてやれ」


「ハッ!」


「基礎……?」


「まずはこれを渡しておく」


 ジラレイは手に持っていたマントを広げ、スッポリとザクベルの首に通して着せた。


「これは?」


「探査兵団のマントだ。"3D機動"に欠かせないアイテムだから、くれぐれも手放すな」


「3D機動」


 白塔に来てから、知らない単語が次々に飛び出してくる。


「そういえば……兵長さんが俺を救ってくれた時も、そのマントを使って宙を飛び交っていたな」


「そう。あれほど超人的な動きができる人は兵長の他にいないが、素人でもやらないよりはやったほうがマシだ」


 いわく、地上や壁を駆けまわるだけでは巨人の魔の手から逃げ切るのは難しい。


 その面の動きに"滑空"という新たな軸を加えることによってやつらは一気に我々の動きを捉えることができなくなるのだという。


「やってみな」


「え……隊列から外れていいの?」


「大丈夫大丈夫。まだ第三警戒態勢だから」


「よくわからんけど、それじゃ……」


 隊列から少し外れ、スルスルと壁を登る。


「よし、そこからジャンプだ、ベル!」


「おっしゃ!」


 勢いよくジャンプ。


「そこでマントを広げる!」


「よっと!」


「そうそう、スジがいい!」


 言われた通りマントを広げると、シャーッと空を滑りものすごい距離を移動することができた。


「おほーっ! きーんもちいいー!」


 ザザザ、と遠く離れた地面に着地するザクベル。


 かけよってきたジラレイは感嘆の声をあげた。


「ほぉ~……やるなベル。初めてでここまで飛んだ奴は初めて見たかも」


「フン。こんくらい屁でもねェよ」


 自慢じゃないが、ジャンプ力やダッシュ力、壁登りの速さなど身体能力には自信がある。外の世界ではこれくらいできないとあっという間にミマルキーのエサだ。


「要領は改めて説明するまでもないな。あとは、空中での方向転換や敵の攻撃を潜り抜けて背後に回るコツだったり高等テクニックもたくさんあるが……ま、そのへんはおいおいだな」


「おいガキども、離れすぎだ! とっとと隊列に戻れ!」


「いけね! 戻ろうぜベル」


 兵長の喝が飛んで、二人は慌てて隊列に戻った。



 *****



 ゾロゾロと集団が進んでいくと、やがて食料の匂いや水気に満ちたエリアから離れ、だんだん匂いも水気もない味気ないエリアへと変わってきた。


「レイ、ここは?」


「団長が言ってたろ。ここがリビンエリアだ」


「もと居た場所がかなりいい場所だったと思うけど……わざわざそこを離れてこんな荒野に来て、何を探してるんだ?」


「第二、第三の居住地の開拓のためさ」


「必要なの?」


「そりゃな。人が増えすぎるとシン・プラミンだけじゃ手狭になってくるし……それに……」


「それに?」


「俺たちの生活は繁栄と滅びの繰り返しだ。今はシン・プラミンが栄えているが……いつ滅びるかわかったもんじゃない。来年か、数か月後か……もしかしたら明日ってことも……」


「お、おどかすなよ」


「おどし? ふっ……」


 ジラレイはふと悲し気な遠い目をした。


 なんとなく、それ以上は聞けずに無言になるザクベル。一団も無言のまま、しばし壁沿いに粛々と前進を行っていると――やがて、奇妙な状況が眼前に現れた。


 赤ん坊が――一人で這っている。


「あ? おい、レイ……なんだアレ? どうしてあんなところに赤ん坊が……」


「あぁ……”回収”だな。迷い子の回収も我々探査兵団の重要な任務の一つだ」


「なんだよ、迷い子って」


「ほら、見てみな」


 コの字型に一部分が突き出た形となっている壁が目の前にそびえ立つ。


 壁の根本は盛り上がり、周囲をくまなく覆っているが、角の部分の盛り上がりは後から取ってつけられたように少し浮いていた。


 のぞき込んでみると――


「あぁ? なんだコレ……? 若干の隙間が……まさかこの子、この隙間を通ってこっから出てきたのか?」


「たぶんな」


「この隙間……どこにつながってるんだ?」


「この盛り上がりは壁と地面の隙間を埋めるように周囲に張り巡らされているんだが、中に入ることさえできればおそらくその壁と地面の隙間から地面の下に潜り込むことができる。たぶんこの近くの地面の下に、誰かの家族がいるんじゃないか。後で送り届けてやらねーとな」


「へぇ~……でも、どうやって? 大人じゃ入れないだろ、この狭さ」


「なに言ってんだ、シン・プラミンから行けるだろ。地面の下はすべてつながってるんだから」


「あー、なるほど!」


 状況がよくわからなかったザクベルだが、ここまで聞いてようやく合点がいった。


 ようするに、探査兵団が何をやろうとしているかというと、地表と地下を紐づけようとしているのだ。


 地下は安全だ。巨人と出くわすことがない。一方で、食料や水場もまた、ない。だからどうしても地表に出てくる必要はある。


 だが、地表に出られるポイントは限られているため、地下のどこを拠点とすれば地表の良いスポットへのアクセスを得られるかがまだ明らかになっていないのだろう。


 リビンエリアをぐるっと回ってみたが、めぼしい発見はないまま探索は終了し、キチンエリアへと引き返すこととなった。


 ちょくちょく壁を登って3D機動の練習をしながら一団についていくザクベルは、滑空中にふと壁の遥か上部に巨大な長方形の物体が浮いていることに気づいた。


(なんだアレは……天空城……?)


「おいクソガキ! タラタラしてねェーでちゃんとついてこい! 置いてくぞ!」


 気になる……が、新入りの自分が気づく程度のこと、探査兵団はとっくに気づいているだろうし……


「あっ、はぁーい」


 少年はいったん天空城のことは忘れ、タタッと隊列へと戻った。

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