第5話 駆逐してやる

 天から大地が降ってくる。


 まさに、そんな表現がぴったりの状況だった。


 男型の巨人が振り下ろした巨大な丸い平面が頭上に迫る。


(あぁ……終わった、俺……)


 そのときだった。


 凄まじいスピードで物陰から飛び出してきた男が一人。


 男はザクベルを抱えると、ズザザザザと地面を滑りながらすんでのところで一撃を回避した。


 バァァァァアンと衝撃が鳴り響く。


「あ……あぁ……ローラ……」


 あとには、ペチャンコになったローラの死体だけが残っていた。


 グキッ、と、後ろを振り向く彼の首がひねられる。


「馬鹿野郎! 死にてェのかクソガキが! 後ろを見ている暇があったら前を向け!」


「あ……あんたは……?」


「俺か……? 俺は探査兵団兵長――ツヴァイ」


「探査兵団……」


 地下でオッサンが言っていたやつだ。


「いいかクソガキ。生きたければ、振り向くな。生きたければ、足を止めるな。生きたければ、戦え――!!」


「た……戦う……? あんな、バケモノみたいな巨人と……?」


 ツヴァイは物陰までザクベルを送り届けると、すぐにまた飛び出した。


(無謀だ! 潰されるぞ!)


 男型の巨人がパネローラの残滓がこびりついたままの武器をさらに二発、三発とツヴァイに向かって振り下ろす。


 彼はあざ笑うかのような動きで左右にそれを躱し、壁面を伝って男型を飛び越えると、身にまとったマントをはためかせながら滑空し後方で隠れていた女型めがけて飛び掛かった。


「!?!? ギャッ……ギャアアアアアアアアッ!!」


 絶叫する女型。


 ブウウウウンと横なぎに振り払われる腕を潜り抜けその脇の下から背中を駆けまわる。


 たまらず女型は地面に倒れ込み、ゴロゴロと転がる。


 潰される前にツヴァイは機敏に背中から離れ、地面に降り立つと素早く壁を駆け上がり再び滑空。今度は女型の頭めがけて飛び掛かった。


「ギェッ……ギィィィェエェェエエエエッ!!!!」


 のたうちまわる女型。


 とうとう、女型はドシンドシンと階段を駆け上がり別のフロアへと消えていった。


(つ……強ぇぇ……!!)


 その様子に恐れをなしたか、男型もツヴァイと正対しながらもジリジリとあとずさると、やがて彼女のあとを追って去っていき――


 広間には静寂が戻った。


 何事もなかったかのようにスタスタと戻ってくるツヴァイ。


「あ……ありがとう……たす――」


「のんきに談笑してる暇はねェ。ヤツらは兵器を手にすぐに戻ってくる」


「兵器……?」


「"毒霧"だ。アレを持ち出されたらさすがの俺でもどうにもならねェ。戻ってくる前にさっさと消えるぞ」


「毒霧って、まさかさっきローラがやられた……」


「時間がねェと言ったはずだ。さっさと行くぞ」


 ガシッと肩を掴まれる。


「あっ、ま、待ってくれ! ローラが……ローラの遺体をせめて回収させてくれ!」


「だめだ、そんな時間はねェ!」


「でも――!」


 グズる彼の顔が、ボカッ、と殴打された。


「……!」


「いいかクソガキ。死んだ奴は置いていく。ついてこれねェ奴は置いていく。ここで生きていくためのルールだ。二度は言わねェ」


 ツヴァイは、それ以上は言わずスタスタと歩いていく。


 後ろ髪をひかれる想いもありながらも、やがて少年もその後を追って歩き始めた。



 *****



「結局戻るんだ……地下にいたオッサン、ここが白塔への入口だって言ってたのに」


 ザクベルは、元来た道を戻っていた。


「あ? 入口なんて無数にあるさ。別にここから入っても問題ねェが……今は巨人どもが臨戦態勢だ。白塔の内部をウロチョロするよりかは、こうやって裏を移動した方が安全だ」


「他にも入口があるんスか」


「いくらでも」


 スルスルと壁を登っていくツヴァイ。少年は素直にその後をついていく。


「ねぇ、これからどこに向かうんです?」


「俺たち探査兵団の拠点――"シン・プラミン"だ」



 *****



 しばらく壁を登り、やがて平地にたどり着くと、先ほどと似たような円柱がそびえたっている場所が見えてきた。


 その根元に――いる。


「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ……おぉ……いるいる! 人がたくさん、こんなところに!!」


「ふん」


「ツヴァイさん、あれが探査兵団とかいうやつなんスか?」


「ま、全員がそういうわけじゃねェがな。一般人も、探査兵団もひっくるめてあれが俺たちの拠点シン・プラミンだ」


 こちらの様子に気づいた者たちが規律よく敬礼する。


「兵長! よくぞご無事で!」


「おう。今回の独査結果は後程報告をあげると団長に伝えといてくれ。そうそう、ついでに一匹ガキを拾ってきた。ジラレイ! このガキにココのこと、巨人のこと、いろいろ教えてやっといてくれ」


「ハッ!」


 ジラレイと呼ばれたガッシリした体格の男が駆け寄ってきた。


「ジラレイだ、よろしく。キミは?」


「あ、俺はザクベルっす。よろしく……」


「ははっ、敬語はいいよ。見たところ年も近そうだしな。俺のことはレイとでも呼んでくれ。キミのことは何て呼べばいい?」


「……幼馴染は、ベルって呼ぶ……いや……呼んだ」


「……そうか」


「なぁ……アイツらいったいなんなんだ……? 外の世界で見た女型はもっと穏やかでイイやつだったはずなのに……もしかして、白塔には巨人を狂わせる何かでもあるっていうのか……?」


「巨人と遭遇したのか!? よく無事だったな……」


 驚愕するジラレイ。意外な反応だった。


「俺は生まれたときから白塔の中にいたから、逆に外の世界ってのは知らないけど……巨人ってのは遭遇しちまったらおしまい、と口を酸っぱくして教えられたもんだ」


「そう……なのか……」


「この白塔の中にいる巨人は2体。男型は"ジョージ・マッケンジー"。女型は"アズ・マッコイ"と呼ばれている」


「ジョージに、アズ……」


 脳裏にこびりついた、あの光景。


 無残にペシャンコになった幼馴染の死体。


 ふつふつと、怒りが沸き上がってくる。


「ジョージ……ジョージッ……!!」



 *****



 ――暗闇の中、青白い顔でブツブツと何かをつぶやき続ける者がいた。


 女型の巨人・アズ。


 ツヴァイに攻撃された背中や頭をときたま思い出したように激しくかきむしりながら、彼女は巨大な円柱状の物体を手に持ち、グッ、グッ、と指に力を込めていた。


「クチ、ク……」


「クチ、クシ……テヤル……イッピ、キノコラズ……!!」

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