第4話 おともだちに……
オッサンの案内で、壁を登り、天井を這っていく。
「ひぃ~、怖いよ~」
「大丈夫かローラ?」
「だ、大丈夫ぅ……だけどぉ……どこまで行くのぉ~?」
「踏ん張りな、嬢ちゃん! もうちょっとだ!」
メケ人の身体能力をもってすれば、わずかな凹凸さえあればそこを掴み、足を引っかけ、壁でも天井でも三次元的に移動することは難しいことではない。
ザクベル自身も先日それで難を逃れたが、ミマルキーのような怪物から逃げおおせるためには必須のスキルだ。
ときどきアシタカもどきとすれ違うが無視して進む。
「ひっ、ひぃぃ~。もどきがいるよぉ~。怖いよぉ~!」
「大丈夫だ、死にゃしねぇよ!」
アシタカもメケ人と同様、天井を這う能力を持っている。もどきだからよかったものの、こんなところで本物と遭遇したら一巻の終わりだ。気丈にパネローラを励ますザクベルだが、彼もまた本能的な危険信号で体はいくばくかこわばっていた。
「ったく、うぜェなこのニセモノ野郎。蹴っ飛ばしてやろうか」
と、毒を吐いて紛らわす。
やがて、うっすらと一条の光が差し込んでいる場所が見えてきた。
「おっ、見なボウズども! あそこだぜ」
「……おぉ……!」
そこは、巨大な丸い円柱が地下からそびえたち、天まで伸びている場所だった。
円柱は天井を貫いてさらに天高くそびえたっているが、その天井と円柱の境目にわずかに隙間があり、そこから出入りできそうだ。
「よっし、それじゃ俺が案内できるのはここまでだ」
「あんがとなオッサン、マジで助かったぜ」
「なぁ、ボウズたち……今からでも遅くねェ。引き返すなら、これが最後のチャンスだぜ」
「ハッ。何度も言わせんなよ。俺たちは行く。
「……そうかい。それじゃあ、これ以上は言わねェ。幸運を祈る」
オッサンが拳を突き出してくるので、それに応じる。
――これが、オッサンとの今生の分かれとなった。
*****
「ねぇ……どんな感じ? 大丈夫そう? ベル」
「あぁ……特に異常はねェ。ついてこい」
隙間から警戒しながら顔を出すが、そこには生物の気配はなく、静かなものだった。
続けて登ってきたパネローラが感嘆の声を出す。
「あら……あらあらあら」
「あ? どした?」
「なんだかいい雰囲気……私、ここ好きかも……」
言われてみれば、ビュービューと風が吹きかう地下と違い、ここはしっとりと水気がある。乾いてカサカサになった肌がぷるぷると弾力を取り戻すかのようだ。
「あ、見てベル。あそこから光が」
見上げると、天井に近い部分の壁の左右両端にそれぞれちょうど出入りできそうな穴が開いており、そこから光が差し込んでいた。
「よし、あそこから出るか」
「ふふっ、なんだかワクワクしてきたわね!」
ついさきほどまで泣き言を言っていたパネローラも、好きな環境で急にテンションが爆上がりな様子。現金なものだ。
隙間から顔を出すと――
「おぉ……!」
狭い空間から一転。
そこには、ひときわ大きな空間が広がっていた。
一応警戒して周囲を見渡すが、アシタカもミマルキーもいない。大丈夫そうだ。
ちょいちょいと手招きし、少女にもついてくるよう促す。
二人はぞろぞろと並んで、大きな広間へと降り立った。
「わぁ~……」
目を輝かせながら周囲を見渡す少女。
「一応警戒を忘れるなよ。こっちだ」
ザクベルはササッと柱の物陰へと移動する。が、少女はその場に立ち止まりキョロキョロするばかりでなかなかついてこない。
「……おい、ローラ!」
そのときだった。
ガラガラガラ、と、巨大な扉が開き――その奥から女型の巨人が姿を現した。
(あっ……あの巨人は、いつもの――)
一瞬硬直したザクベルだが、やや安心し力が抜ける。
いつも見て見ぬふりをしてくれるこの巨人なら、まぁ大丈夫だろう。
「あっ! ベル、あなたが言ってたいい巨人って、これよね?」
「あぁ、そうだが……おいローラ!」
少女は、かねてから口にしていた夢をさっそく実行に移そうとした。
「あの……巨人さん! 私、パネローラといいます! ふふっ……よかったら、お友達になってほしいな!」
(あのバカ……距離の詰め方がおかしいだろ。まぁ、あの女型ならだいじょう――)
一歩一歩、巨人のもとへと歩みを進める少女の姿をやがて視認した女型の巨人。
すると――みるみる、その顔色が変わっていった。
ぶるぶると青ざめ、激しく後ずさりながらドシンと壁に背を付ける。
(……!? なんだ……? 様子が……)
「おい……おいローラ! 何かがおかしい! 戻れ!」
「え……?」
――その瞬間。
「ギィィヤアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」
咆哮。
空気が震え、聞いたこともないような衝撃に少女はビクッと硬直する。
次の瞬間、女型はその背後――腰のあたりにある巨大な建物のような場所から、ガシッとこん棒のような武器を取り出した。
(なんだ、アレは……?)
「ローラ! 早く戻れ! はや――」
言い終わらぬうちに、少女の全身に白い液体がぶちまけられた。
「え――なに、こ――」
――ドクン。
「がっ!」
「ローラ……ローラ、どうした!? 何をされた!?」
「あ……あがぁぁぁぁあああッ!! 息が……息ができないッ!!」
のたうち回る少女。
「ローーーーーラッ!!!」
柱の陰から飛び出しかけると、頭を出した彼に向かってさらに白い液体が噴射される。
「うぉっ!」
慌てて頭を引っ込めるザクベル。
女型の巨人は、ギャーギャーと発狂しながらさらに柱に向かって二発、三発と液体を噴射するとやがて踵を返し、叫びながらドスンドスンと広間を出ていった。
「ジョーーーージ! ジョオオオオオオジッ!!」
と、叫んでいるように聞こえる。
(……行ったか?)
巨人の気配が去ったのを確認すると、少年は急ぎ少女のもとへと駆け寄った。
「ローラ……ローラ……しっかりしろ!」
――反応がない。
うつろな瞳で、よだれをたらしながら手足をビクビクとさせるばかりだ。
(なんで……どうしてこんなことに……?)
悲しみに暮れるザクベルだったが、どうやらそんなヒマも与えてもらえないらしい。
再びドスンドスンとけたたましい足音が鳴り響くと、先ほどの女型の巨人――ではなく、さらに大きな男型の巨人が現れた。
「●☆※■△×○? ――アズ」
「××□◆○★×△!! ジョージ!!」
男型の後ろからこちらを指さし何かを叫ぶ女型。
やがて男型がズシン、ズシンと近づいて来――
大きく手を振り上げ、そして、手に持った巨大な円形の武器を二人に向けて振り下ろした。
(あぁ……死んだわ、俺)
息絶えた少女の傍らで呆然と佇むザクベル。彼は、死を覚悟した。
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