第3話 灯台下暗し

 翌朝。


 日が昇るころ、ザクベルとパネローラの二人は白塔を登り切り、そして下って反対側の地表に降り立っていた。


「もうクタクタ……動けないよぉ~」


「バカ、こんなとこで突っ立ってたらいつミマルキーに見つかるか。さっさと移動するぞ」


(……しかし、意外に大きくなかったな。一晩で登り切れるとは、拍子抜けだ)


 いや、そんなことより、深刻なのは結局中に入る手立てがなかったということだ。


(戻るしかないのか……あの集落に……)


 そう考えると、どんよりと気分が沈んでしまう。


 トボトボと帰路につき、白塔の外周に沿って歩いていると――ふと、風の流れに気づいた。


「……ん? 止まれ、ローラ!」


「えっ?」


(この風は……上か?)


 見上げると、雨除けにちょうどよさそうなでっぱりがある。風はその奥から来ていそうだ。


 壁を登り確かめてみると、雨除けの奥には無数の穴が開いており、そこから塔の地下へと潜り込めそうだった。


「なんだ、これは……白塔の根元に、こんな洞窟が……?」


「ね、ねぇちょっと……まさか、入るなんて言わないわよね?」


「あ? 入るに決まってんだろ」


「えぇ~っ! や、やめようよ。なんか怖いよ……!」


「バッカ、ここまで来て何言ってんだ! ウダウダ言ってねーでオラ!」


 グズる少女の背中を押し、彼らは暗闇の中へと歩を進めていった。



 *****



 洞窟の中は――さまざまな怪物たちの巣窟だった。


「ヒッ! ベル、あそこにいるの、まさか……!」


「……なんだ、もどきじゃねぇか。大丈夫だ、無視して進むぞ」


 パネローラが一瞬驚愕し、恐怖に震えた相手。それは――八本足の魔獣。


 ミマルキー以上の脅威にして、出会ったがおしまい。一晩で集落が全滅させられるという究極の殺戮者――"アシタカ"。


 が、そばにいた"それ"はアシタカではなかった。それよりもはるかに小さな、類似したもの。彼らはそれを"アシタカもどき"と呼んでいた。


 "もどき"はメケ人よりも小さいため大人には襲い掛かってこないが、赤ん坊を捕食する害獣であるため注意が必要だ。もっとも、今この場では関係ないことではあるが。


 他にも"社畜"や"装甲車"といった怪物などもチラホラいるが、まぁこの程度のやつらなら無視しても問題ない。


 構わず洞窟の奥へと歩みを進めていくと、先客の存在に気づいた。


「あ! おいローラ! あそこ見ろ、あそこ! メケ人がいるぞ!」


「あ……ホントだ!」


 不安そうにしていたパネローラの表情がぱぁっと明るくなる。


「おーい! おーーーい!! そこのオッサーン!!」


「……お?」


 近づいていくと、そこには"オッサン"だけではなく、その家族と思しき女性と子供たちがいた。


 ワーワーと声をあげながら群がってくる子供たち。


「わー! 知らない人だ―!」


「ねーねー、おにーちゃんどこからきたのー?」


「おねーちゃん髪キレーイ!」


 あっという間に取り囲まれてもみくちゃにされる。


「ちょっ、おまえら……」


(ウッゼーなクソ!)


 とは、血気盛んな多感な少年でもさすがにそこまでは言わない。


 よじ登られて頭をぐわんぐわんされたり、されるがままになっているとようやくブラブラとオッサンがやってきた。


「ハッハッハ。こらこらお前たち、お兄ちゃんたち困ってるだろ」


「ハーイ!」


「わりぃなボウズ、ウチのチビたちが」


「別に、いーっすよ。んなことより、オッサンここに住んでるんスか?」


「おう、なかなか快適だぜ。洞窟の入口、見たろ。俺たちは問題なく通れる程度の大きさがありつつ、アシタカやミマルキーなんかのデカブツは入れねぇようになっている」


「あぁ……確かに、そんな感じだったか」


「でもおじさま、アシタカもどきがチラホラいましたけど、お子さんたちは大丈夫なんですか?」


「大丈夫でもねェけど……絶対に安全な場所なんてそれこそどこにもねェしな」


 メケ人は多産多死な種族だ。


 たくさん殺されるから、その分たくさん産むことで種を存続させている。


(このオッサンの子供たちも……最初はもっとたくさんいたんだろうか……)


 そんなことをふと考えてしまうが、詮無き事だ。


「そういうお前らはどっから来た? もしここに住みたいってんなら歓迎するぜ」


 オッサンがスッと手を伸ばしてくる。が、その手を取ることはない。


「オッサン。この洞窟は……"白塔"の内部につながってるのか?」


「!!」


 みるみるオッサンの顔色が変わっていく。


「お前ら……まさか……入る気じゃねぇだろうな?」


「そのまさかだろ。逆にオッサン、アンタはここで満足なのか? 確かにここにはアシタカもミマルキーもいないかもしれねェ。が、目が眩むほどのお宝もねェ」


「それに、なんだかここ、風通しがよすぎるというか……水気が全くないのも気になるわ。やだ、お肌が渇いちゃう」


 いつもはザクベルのブレーキ役になりがちなパネローラも珍しく同調した。


「……贅沢いうねェ」


 ふぅ、と肩をすくめるオッサン。


「悪いことは言わねェ、やめときな。"探査兵団"の連中がずいぶん前から塔の内部に居住区を増やすことを目論んで活動しているみたいだが、進んでは後退して……増えては減っての繰り返しだ」


「探査兵団?」


「そういう連中がいるんだよ」


「中に何があるってんだ? 巨人が出入りしてるのは知ってるが……でもヤツらはそんな狂暴な存在じゃねェハズだろ。もしかして中にはまだ見ぬ怪物でも……?」


「さぁな。俺は見たことねェし……ともかく忠告はしたぞ。それでも行くってんなら、入口まで案内はしてやる」


「!! マジかオッサン!! 塔の中への入口……知ってるんだな!?」


「あぁ……まぁ、な……。が、しつこいようだがマジでどうなってもしらねェぞ」


 一気に見えてきた光明。ここで退くほどチキンではない。


 コクリと頷くザクベル。パネローラの方を見ると、少女も同意し、頷いた。

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