第8話
宴の途中で席を立つ。
華やかな席は苦手だ。
「シャーロット」
家に帰ろうと廊下を歩いていると、後ろから呼び止められた。
振り向くとヘンリーがいた。
「どうした?酒が口に合わんのか?」
ヘンリーは苦笑いを浮かべ、近づいてくる。
「ぃや、美味すぎて飲みすぎた。酔いを覚ましに出ようとしたら、あんたが出てくのが見えたんでな」
「そうか……ヘンリー、少し時間をもらっても良いだろうか?」
私はヘンリーを散歩に誘った。
「ぁ、あぁ、」
ヘンリーは驚いたようだったが、私の隣を歩き出した。
私は城の中庭にヘンリーを連れ出した。
月が明るい夜だった。
噴水横の東屋に着くまで、私は黙っていた。
話す事を整理したかったからだ。
酔いが回っているのか、いつもはうるさい程良く話すヘンリーも黙ったままだった。
東屋の中で私はヘンリーに向き直った。
ヘンリーも私を見る。
「ヘンリー……私はお前に話さねばならん事があるのだ」
「シャーロット、そんな改まって……一体何だって言うんだ?」
ヘンリーは困ったような笑みを浮かべる。
「俺はその……泥棒だし、世界中を飛び回ってるし……だから、その………何て言うか…」
「は?何を言っている?お前が泥棒である事など百も承知だ」
「ぁ、ぃや、そうだけどな」
尚も何か言おうとするヘンリーの前に手をかざす。
「しばらく黙っていてもらいたい。私が、話したいのだ」
私が手を下ろすと、ヘンリーは頷いた。
私はヘンリーの目をまっすぐに見た。
「ヘンリー……此度は世話になった。アンジーが幸せになれるのはお前のおかげだ」
ありがとう、と私は頭を下げた。
「捕えたモンスターを私から盗んだ禁薬で傀儡とし、それをキャシーに変身させて入れ替えるとは、なかなか上手い事を考えたものだ」
「ぃや、あれはあんたが作った薬とドラゴンを騙す程上出来な変身魔法のおかげ。俺は思い付きを言ったまでだ」
ヘンリーは頭を振った。
「その思い付きが素晴らしいのだ。今日のアンジーは本当に美しく、幸せそうだった」
この先を言うか少し悩む。
が、言わねば後悔しそうだ。
「私は……私は泥棒が嫌いだ。他人の物を盗む、という行為は絶対に許せん。が、お前の事はどうしても嫌いになれんのだ。どうだろう?このままこの国に留まり、泥棒を辞める事は出来ないか?」
「え?」
「お前ならダンの後継として十分に通用する。私から国王に話しても良い」
ヘンリーは私の真意を確かめるが如く、私の目を覗き込んだ。
しばらくして息を吐く。
「ありがとな、シャーロット。でも俺、泥棒は辞めない。だから引き止められたら困る」
「……そうか。恩人を困らせてはいかんな」
私はムリに笑顔を作った。
姫の国への二人旅はとても楽しかった。
私はヘンリーに問われるままに、ぃや、問われなくとも様々な事を話した。
ヘンリーに話を聞いてもらうと不思議に気持ちが落ち着いた。
その事に気付いて以来、彼は私に必要な人間だ、と思った。
が、自分の気持ちを押しつける事は出来ない。
「今言った事は忘れてくれ」
「だけどな、シャーロット」
ヘンリーがいつもの表情に戻った。
「偶然だが、俺が泥棒の世界一になるのに、どうしても盗んでおかなければならないモノがこの国にある。それを盗むまではここにいる」
「本当か?そんな偶然が?」
「あぁ、本当だ」
「それは何だ?」
それが私の知っているモノならば、盗まれぬようにせねば。
「さぁて、それは秘密だ」
「それでは隠す事も出来んではないか」
「隠す、ねぇ………シャーロット、俺はそれが何かを絶対教えない。だから盗まれたくなければ俺を見張っているしかないな」
「見張る?」
「そう。悪さをしないように。今までアンジーを見守ってたように、な」
「………つまりお前はアンジーの代わりをする、というのか?」
「俺となら結婚も出来るぞ?」
アンジーはウィンクした。
「それは願い下げだ。が、お前を朝から晩まで見張る事にしよう」
「そうか。なぁ、シャーロット。早速だが、俺、何処に住めばいい?あんたが見張り易いとこって何処だ?」
「そう……では、私の家に来るがいい」
「マジで?俺、男だぞ?」
「お前が私の望む以外の事をするとは思えん」
ヘンリーは絶望的な顔をした。
「が、私が何を望むのか。それはお前の腕次第ではないのか?」
「ぉ?おぉ、そうだな。それもそうだ。じゃ早速、俺達の家に行こうか」
ヘンリーは私の肩に手を置いた。
調子に乗るな、とは言ったが、その手を払い除けはしなかった。
とても温かい手だった。
2012/03/08
世界一無力な私 @Soumen50
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