第5話


「そう言うなよ。それにドラゴンの巣に着くまでまだ時間はある。何かとんでもない事が起きて全部上手くいくかもしれないだろ?」


「夢のような事を」


「シャーロット、知らないのか?夢ってのは叶える為にあるんだぜ。因みに俺の小さい頃からの夢は、世界一の大泥棒になる事だ」



まだまだ先の話だ、とヘンリーは言った。


ダンが言った通り、まだ自分が世界一だとは思っていないらしい。


ヘンリーは私をその腕の中から解放すると、私に問いかけた。



「シャーロットは?シャーロットの夢はやっぱり世界一の魔法使いか?でもあんたはもう、それを叶えたも同然だ。他にないのか?」


「私?私は………」



言い淀む。


これは誰にも言った事がない。



「何だよ?俺のを聞いたんだからあんたのも教えてくれよ」



お前が勝手に言ったのだろうが、と言いたかったが、私を見る目は期待に輝いている。



「誰かに言ったら、呪い殺す」


「分かってる。誰にも言わない。何だ?」


「………アンジーをめとる事」


「はぁ?アンジーって………それ、今でも?」


「今でも、と言っていいと思う」



世界中で誰よりも大切な存在。


その存在と結婚したい、と思うのは間違っていない、と思う。


ヘンリーの目が気の毒な者を見る目に変わった。



「知ってるか?女同士の結婚は世界でもごく一部でしか認められてないぞ」


「知っている。仕方ないではないか。幼い頃からずっと傍で守っていたのだ。女同士は結婚出来ん、と知った時は夜通し泣いたものだった」



そして、それを認めたくなかった私は愚かな事をした。


禁じられていた魔法薬を作り、それをアンジーに飲ませようとしたのだ。


まぁ、すぐにお師様に見つかり、こっぴどく怒られ魔法薬は取り上げられたのだが。



「それ知ったの、いくつの時だ?」


「12になった年。アンジーに初めて男が出来た時だ」



アンジーから男と付き合う事にした、と言われた時、私はわが耳を疑った。



「なぜだ?私がいるではないか」


「でも、シャーロットも私も女の子でしょう。女の子同士は結婚出来ないし、私は結婚したいの。ハリーは………」



その後、アンジーが何を言ったのか、全く覚えていない。



「私は幼い頃より魔法使いとしての才能に恵まれ、よって、魔法の修行しかしてこなかった。勿論、一般常識の類は勉強していた。が、そのような事、それまで誰も教えてくれなかったのだ」


「まぁ、何となく知っていく類の知識ではあるかもな。それに子どもの頃は男も女も余り意識しないし。でも、成長すれば男を好きになるのが普通じゃないか?」


「お前の理論に従うならば、私は普通ではなかったのだろう。勿論、今では本気でアンジーと結婚したい、などと思ってはおらん。が、変わらず大切な存在なのだ」



私はポケットから魔法薬の瓶を出した。



「これは昔、私が作ったものだ。禁薬でな。作ってすぐにお師様に取り上げられたのだが、それが何故かこの村の店に売っていた」



アンジーに飲ませそこなった魔法薬。


この薬が、あの頃の私の気持ちを全て現している。



「禁薬?どんなすごい薬なんだ?」



「強力な媚薬、だ。この薬を飲ませた相手を、自由に操る事が出来る」



何をしても、どんな事になってもアンジーを自分の手元に置いておきたかった。



「すげぇ………」



ヘンリーは薬瓶に手を伸ばした。



「触るな。お前は禁薬が“禁薬”と言われる所以を知っているか?」


「理由は知らんが使うのを禁じられてる薬の事だろ?」



まぁ、その程度の認識しかないのが普通だろう。



「禁薬とは、元々モンスター用の薬の事だ」


「モンスター?あいつら用の薬があるのか?」


「勿論、ある。モンスター遣い、という者が存在するではないか。彼らの使役するモンスターに使う薬だ。ほとんどは怪我や病気の治療薬。この薬もモンスター遣いが欲してお師様がお作りになった薬だが、人への転用が2件報告され、すぐに禁薬となった。モンスター用の薬だから人には効果が高い。治療用の禁薬を用いれば瀕死の状態でも命を取り留める程だ。が、何事も程々がいいのだ。強力な薬効は強力な副作用をもたらす」


「副作用?」


「そうだ。禁薬に指定された治療薬は服用後、死んだ方がましだと思うような痛みが半年ほど続く。結果、耐えきれず自ら命を落とす者が続出。長引く痛みによって、気持ちが折れてしまうのだ」



ヘンリーが苦笑いを浮かべる。


意味のない事を、という心の声が聞こえてきそうだ。



「それで、それは?」


「この薬は、廃人を作る」



通常媚薬というものは、相手の心のタガをほんの少し緩くするものだ。


飲まされた人間は開放的な気分になり、理性やモラルの縛りが曖昧になり、恋に落ちやすくなる。


数時間、あるいは数日で薬の効果は切れ、その後泣くか笑うかは賭けに近い。


彼(彼女)が我に返った後も恋が続行している事もあれば、その瞬間にゾウリムシのような扱いを受ける事もある。


が、この薬の効果が切れる事はない。


命ある限り、彼(彼女)は自分の思うように行動する。



「知っての通り媚薬を使い続けると効果が薄れる。本心では望んでない事を強制され心が壊れる前に抵抗するからだ。だが、これは最初から心を無くす。無くすから壊れる事はない。抵抗も出来ん。が、出来上がるのは自らの意思を持たぬ人形なのだ」



今では、あの時お師様に見つかって良かった、と心の底から思う。


アンジーに飲ませていたら、アンジーにもアンジーの母にも申し訳が出来なかった事だろう。


死ぬまで謝り倒してもなお、許してもらえるような事ではないのだから。



「怖いな」


「だから禁薬。100年前から作る事も使う事も禁じられている。この瓶には封印がしてあるので私かお師様でないと開けることはできん。お師様はもうお亡くなりになっているので、私が処分するしかない」



すでにお師様が処分なさったものだとばかり思っていた。


お亡くなりになる少し前の事だったから、処分し忘れたのかもしれない。



「処分するのか?もったいない。何かの役に立つかもしれないだろ?モンスターには使えるんだろうし」


「これは私の愚かさの象徴だ。持っているだけで気分が悪い」



私は薬瓶をポケットに入れた。



「陣を描いて効果を失くさねばならん」


「そうか………なぁ、そろそろ宿に戻らないか?」



ヘンリーは立ち上がった。


私に手を差し出す。


私はその手に捕まって、立ち上がった。


杖を振って、マントに付いた藁くずや麦粒を払った。


ついでにヘンリーのマントに付いたのも落としてやる。



「ありがとな」


「ぃや」


「夕飯、なんだろうな」


「腹が膨れれば何でもいい」



ヘンリーは呆れたように息を吐いたが、気にならなかった。


色々と話した所為か、驚くほどすっきりしていた。


私の涙を見たのがヘンリーで良かった、と思った。


宿に着き、食堂で夕食をさくっと食べる。


アンジーとウィリアムが降りてくる頃には食べ終えた。



「アンジー、私は魔法薬の準備をせねばならんので出る。先に休んでくれ」


「暖炉があったから部屋ですれば?」


「ぃや。うるさいだろうし、夜中過ぎまでかかる。お前は早く休んだ方がいい」


「分かった」


「鍵はかけていていい。勝手に入る」


「はぁい」


「シャーロットは鍵のかかった部屋に入れるのか?」


「必要とあれば」



ヘンリーの言葉に最低限の言葉で返す。



「俺と泥棒やらないか?」


「断る」



私は1人食堂を出る。


ダンとジョンはまだ外で飲んでいるのだろう。


呪いたくなる程、呑気なものだ。


店主に許可をもらい、部屋から取ってきた荷物を持って宿の裏庭に出た。


小さな鍋を火にかけ、今日買った瓶の魔法薬を注ぎ込む。


薬草や材料を切り、あるいは磨り潰して鍋に入れ、呪文を唱えながらかき混ぜる。


そうやっていくつかの魔法薬を作り終えた。


最後に消炭を使って陣を描き、ポケットの中に手を突っ込んだが、そこにあるはずの小瓶はなかった。


慌てて他のポケットも探したがない。


アレには呪文避けが付いている。


呼び寄せる事は出来ない。


どうすべきか考え、最後に見たのが村はずれの納屋だった事を思い出す。


恐らくあそこに落として来たのだろう。


どうせ誰も使う事は出来んのだ。


明日、行けばいい。


私は片付けて、部屋に戻った。

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