第4話


「それじゃあんたは王子に失恋した訳じゃないのか?アンジーの為に泣いたって?」


「当たり前だ。何故私があんなボンクラに失恋せねばならんのだ?」



私はヘンリーに私が泣いた理由を話した。


ヘンリーは聞かなくてもいいと言ったが、その胸を借りた者として理由を話す事は礼儀のような気がした。



「だが、アンジーは違う。あの子は王子の事を本気で好きなのだ」



何処がいいのか分からない。


ほんの少し顔カタチが整っているだけだ。


“王子”というネームバリューがなければ、取り立てて良い所も悪い所もない。


ダンのように腕っ節が強い訳でなく、ジョンのように賢くもない。


ヘンリーのように特技もなければ、勿論、魔法も使えない。


アンジーは歌って踊れるが、ウィリアムは………


“王子”でなくなった瞬間に死んでしまうだろう。


つまり、取り柄のない、普通の人間だ。


ぃや、普通の人間よりも生きる能力が劣っている、と言っても良い。


ウィリアムは“王子”を辞めてしまえば、夕食のパンを手に入れる術さえも持たないのだ。



「ヘンリーはアンジーの役目を知っているか?」


「役目?俺達を鼓舞して、癒してくれんだろう?」


「それは表向き。本当は交換用の人質だ」


「マジで?」


「そう。マジで」



私は人払い魔法をかけた納屋の片隅でため息を吐いた。


この様子では、詳しい事は何も知らないようだ。


ヘンリーは国の人間ではない。


だから誰も彼に本当の事を話さなかったのだろう。


可哀想に。


何も知らずに旅に付き合わされてた、という事か。


まぁ、彼が知る必要もない事ではあるのかもしれないが。


私は少し迷ったが、話す事にした。


そうでなければ、私の涙の理由も半端なモノとなってしまいそうだ。


私がアンジーの事を何故不憫に思うのか、きちんと知ってもらいたい。



「アンジーはあの通り素晴らしい美貌の持ち主だ。加えて裸同然の恰好で歌を歌い、舞を舞う。ドラゴンもきっと気に入るだろう」


「だろうな。ドラゴンじゃなくたって大抵の男は虜になっちまう」



ヘンリーの言葉に私は頷いた。



「この旅の目的はドラゴンに攫われた王子の許嫁、つまりお姫様を奪還する事だが、知っての通りドラゴンは手強い。どんな生物よりずる賢くケチで有名だ。その皮膚は固い鱗でおおわれ、どんな剣も魔法も通じるものではない」


「それをどうにかする為に俺達は集められたんじゃないのか?ダンやあんただってその道じゃ超一流だろうが」


「違う。ドラゴンの巣に着くまでもモンスターがいるであろう?やつらと戦う為に私やダンがいるのだ。ジョンはドラゴンとの交渉役。姫とアンジーを交換して欲しい、と言う役だ。王子は………飾り、だな」



ヘンリーは納得したように何度も頷いた。



「確かに王子さんはモンスターと戦う時も“指揮”するばかりで前に立ってないな」


「立てる訳がない。王子は剣が苦手でな。弓も槍も一通り出来るようだが、モンスターが相手では微妙だろう」


「そうなのか………」



フレッドは苦笑いだ。



「因みにお前は、ドラゴンとの交渉が決裂した時にアンジーと姫をこっそり入れ替える、という大変重要な役割を担っている」


「ぇ?初めて聞いたぞ」


「だろうな。モンスターと戦っているのを見て、良く働く御仁だ、と感心していた」


「教えてくれてたら、高みの見物を決め込んでたのに」


「だが、お前の働きのおかげで私もダンもずいぶん助かっているのだ。ありがとう」



私が頭を下げると、フレッドは頭を振った。



「ぃや、いいさ。ちょっとおかしい、とは思ってたんだ。俺に何かを盗んで来いって言った試しがない。必要な金貨はあんたが城から魔法で取り寄せてるだろ。何の為に呼ばれたんだって不思議に思ってたとこだ」


「国王から全て聞いているものだと……多分ジョンやダンもそう思っていたのだろう」



私の言葉に、ヘンリーは肩を竦めた。



「ま、それもどうでもいい。それよりその話、いいのか?」


「何が?」


「何がって………アンジーは親友なんだろ?彼女が好きな人と別れてドラゴンの餌食になるって許せるのか?」


「許せる訳がない。だが、そうするよう決まっているのだ」


「王子だってアンジーの事、嫌いじゃないんだろ?だからアンジーと睦み合ってる。顔も見た事のない姫さんと好きな女をわざわざ交換しなくても……」


「言っただろう?王子は“王子”でなくなったら生きては行けんのだ。アンジーと駆け落ちしてもすぐに音を上げる事は目に見えているし、それが分からん程愚かではない。更に姫をドラゴンの元から救い出さねば、姫の国と争いになるやもしれん。王子もアンジーもそれを知っているのだ」



だから短い逢瀬を重ねる。


野宿の時はさすがにムリだが、納屋を借りた時アンジーは抜け出す。


村人も気を使ってか、ウィリアムは母屋に泊る事が多い。


アンジーはウィリアムの元に忍んで行くのだ。



「私だって、あの二人がこのまま上手くいけばいい、と思っている。が、姫は必ず助け出さねばならんし、王子は“王子”であることを辞められん」


「俺が姫さんを盗み出すってのは?」


「お前はバカか?ドラゴンから金貨一枚でも盗んでみろ。ヤツはそれを奪った者を地の果てまで追いかけなぶり殺し、盗られたもの以上の金貨を奪って巣に戻る。しかも、辺り一面を焼け野原にする、というおまけ付きだ」



ドラゴンの所為で昔はいくつかの国が滅んだ。



「もしお前がそれを実行したなら、我が国と姫の国、どちらの国の民も生きてはおられまいよ」


「どうにもならないのか?」


「どうにもならん。八方塞なのだ」



私だって散々考えた。


アンジーのお守は嫌だ、と幼い頃から思っていたが、このような形で終わるのはもっと嫌だった。


あの子には幸せになってもらいたい。


誰かに守ってもらわねば生きていけない程バカだから。


自分の気持ちに素直で、誰にでも愛情深い。


だからこそ、その存在は誰よりも愛しく、ウィリアムも出会ってすぐに惚れたのだろう。


本当は分かっている。


ウィリアムは自分で稼いでパンを買う事は出来ないが、誰よりも優れた“王子”なのだ。


愛する女と国の平和を天秤にかける素振りも見せず、旅を続ける。


ウィリアムが旅路を急ぐのは、姫を助ける為でなく民を守るため。


“王子”である事は、身を切るよりも辛い選択を彼自身に強いている。



「あの二人は呪われている、と言ってもいいのかもしれん。私は“運命”という言葉を使うのは好きではない。“神”も信じておらん。が、あの二人は“運命の神”に見放されている、としか思えん。それが不憫でな」



賢者どもが寄り集まって知恵を出しても、いい考えなど出て来ないだろう。


私に出来る事は、二人を安全にドラゴンの元に連れて行き、姫を助け出す事。


旅の間は二人の邪魔をしないようにすること。


ただそれだけだ。



「私は国王付きの魔法使いだし、誰に言われずとも国一番の魔法使いを自負している。だが、私は無力なのだ」



幼き頃より一番近くにいて私を好いてくれた親友をドラゴンに差し出す為に、私は旅を続けている。



「アンジーの母は私に、アンジーの事を頼むと言った。シャーロットがいれば安心だと。だが実際は逆なのだ。アンジーがいたから今の私がある。魔法の師に怒られた時も、もう修行を辞めたいと泣いた時もアンジーがいてくれた。アンジーは私の恩人だ。なのに、私は………」



言葉が続かなかった。


ヘンリーが私を抱きしめたからだ。



「もういい、シャーロット。あんまり自分を責めんな」



ヘンリーは私の頭を撫でた。



「ずっと辛かったな。これからも辛いよな。でもこれからは我慢するな。辛かったら俺が聞いてやる。俺が全部引き受ける」


「……余計な御世話だ」



私はヘンリーの胸の中で呟いた。


ヘンリーは笑った。

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