第3話
宿に着いて時間を見る。
まだアンジーは休んでいるかもしれない。
ノックして戸を開けてもらおうと考えていたが、魔法を使う事にした。
杖を出し、鍵開け呪文を唱える。
カチリ、と音がして鍵は開いた。
杖をポケットに入れながら、泥棒の様だ、と思い、あんなに嫌っている者と変わりないとは、と苦笑する。
アンジーを起こさぬように小さく戸を開ける。
中は薄暗い。
やはり寝ていたようだ。
荷物を取ってから別の場所でやるしかないな、と、戸を大きく開けようとした時、声が聞こえた。
「んっ………そこ……もっとぉ…ぁ……」
それはアンジーの声。
「…っは…………アンジー…」
そしてウィリアムの声。
私は開けた時と同じようにそっと戸を閉めた。
杖を出し、今度は鍵かけ呪文を唱える。
鍵がかかった音を確かめて、急いでその場を離れた。
宿を出て、深くフードをかぶり歩く。
我ながら上出来だ。
騒ぎたてて情事の邪魔をする事もなく、何事もなかったようにこうして歩いている。
私は自分で自分を褒めながら歩いた。
これ以上の反応を出来る人間がいるなど想像も出来ない。
この後私がすべきは、彼らの情事が終わるまでこうして歩き続ける事だ。
惜しむらくは、魔法薬の用意が出来ない事。
部屋に荷物を置いて出かけなければ良かった。
荷物に呪文避けなどしなければ良かった。
そうすれば荷物を呼び寄せ、どこかで買った物と既にある物を使って出来たのだ。
私は自分のバカさ加減に嫌気がさして、息を吐いた。
このままではいけない。
私は立ち止まり、数回深呼吸した。
大丈夫。
これくらいで私は動揺しない。
魔法薬は夜やればいい。
とにかく今は歩くのだ。
この足元に見える道が無くなるまで。
が、数歩も行かないうちに、急に現われた何かに当たった。
ぃや、急に現われた誰かに腕を掴まれた、の方が正しい。
「シャーロット、あんたこんな所で何してるんだ?」
「………ヘンリーか。お前こそ何を?」
私は俯いたまま短く返事した。
「俺は、村を探検してた。あんたは?」
「………歩いていた」
それだけ言って、また歩き出そうとした。
が、腕を掴まれたままだ。
「ヘンリー、腕を放せ」
「ぃやだ。あんた、様子が変だ。何かあっただろ?」
「何もない」
「んな訳ない。あんたが人の顔見て話さないってだけで十分ヘンだ。どうしたんだ、シャーロット?」
「何もないと言っているだろう!放せっ!!」
私は腕にあるヘンリーの手を叩いた。
「そこをどけっ!私は歩かねばならんのだ。私の前から消え失せろっ!」
「ダメだ。このままだと村を出てしまう。村を出たらモンスターどもの餌食だ。一人で対抗できるなんて思ってないだろ?」
ヘンリーは腕を掴む手に力を込めた。
「うるさいっ!ごちゃごちゃ言わず、私の好きにさせろっ!!」
「何があったんだ、シャーロット?あんたらしくない」
私は歩き続けなければ。
そうしないと、頭の中でさっき聞いた声が蘇る。
「頼む………そこをどいてくれ……………歩かねば……」
声が震えそうになるのを何とか気力でカバーする。
私の気力がもつうちに早く解放してくれ。
しばらくしてヘンリーは腕を解放した。
「……夕食には戻る」
私はヘンリーの横をすり抜けようとした。
が、次の瞬間、私の目の前にヘンリーの顔があった。
「………っ!覗き込むとはっ!」
私は顔を逸らした。
「あんた、泣いてたのか………」
ヘンリーの声に、私はイラっとした。
「そうだ!私が泣くのはそんなに意外か?私が泣いては悪いというのか?私だって………私にだって泣きたい時は……ある」
私はヘンリーを睨みつけた。
「可笑しければ笑え。いつもの威勢はどうした、と嘲ればいい。ただし、他の人間に言ったら呪い殺す」
最初から分かっていた事で泣くなんて、愚かだ、と自分でも思う。
だが、この涙を自分で止める事など出来ない。
涙が止まるまで歩き続けるのが精一杯だ。
「俺………悪かった」
ヘンリーはまたどこか痛めたような顔をした。
「なぜ謝る?すでに誰かに言いふらしたとは思えんが」
「俺、あんたがまた俺に突っかかってるだけだと思って………だから少し意固地になってた」
ヘンリーは私を抱きしめた。
「なっ!」
「いいから、泣けよ。俺が隠してやるから。他の誰もあんたの泣き顔見れない様にしてやるからさ」
「離れろ!この変態がっ!」
私は腕の中から出ようともがいた。
が、ヘンリーはその腕に力を込める。
「泣けよ。何があったか知らないが、誰だって泣きたい時はある。あんたはそれが今なんだろ?ムリすんなよ」
“ムリすんな”
その一言で、もがく事を止めた。
旅が始まってからずっと私の中にあったつっかえ棒が、からん、と乾いた音を立てて倒れた。
私はヘンリーの胸にすがりつき、声を上げて泣いた。
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