第2話
時間はちょうど昼食時で、思ったより店は混んでいた。
カウンターに向かい、金を出しながら注文し、空席を探す。
「ぉい、シャーロット!」
名を呼ばれ見回すと、店の奥まったテーブルにダンとジョンが座っていた。
そのテーブルに行くと、ダンが、一人か?と尋ねてくる。
「そうだ。アンジーは宿で休んでいる」
「ぃや、アンジーじゃなくてヘンリーは?」
「知らん。声をかけられたが、すぐに立ち去った」
私の答えにダンはジョンを見た。
ジョンは肩を竦める。
「なんだ?」
私の問いに、二人は頭を振る。
「ぃや、一緒に来ると思ってたんでな。お前も飲むか?」
ダンは酒の入ったゴブレットを私に見せた。
「止めておく。宿に戻ってやる事がある」
私は運ばれてきた皿の肉にナイフを入れた。
先にテーブルにいた二人の前に食事の為の皿はなく、酒の肴がいくつか並んでいる。
ジョンが一口酒を飲んでから口を開いた。
「お主は何時でもどこでも真面目よのう」
「ん?それはなにか?褒めているのか?」
私はジョンを見た。
ジョンは白く長いひげを触りながら、ほっほっほ、と笑った。
「お主が褒められていると思うなら、そうなんじゃろう」
「
ジョンは答えず、またゴブレットを傾ける。
賢者とは“賢き者”と書く。
が、ジョンに会ってからというもの、私の中で賢者とは話す事を
世の中の全てを分かっていても、教えてくれねばその知識は意味をなさない。
教えを請う者のレベルに合わせてくれねば、与えられた知識の活用も出来ない。
はっきりと答えを言え、という言葉を肉と一緒に飲みこむ。
意地悪な爺さんに付き合ってやる事はない。
さっさと食べて宿に戻らねば。
私はただひたすらナイフとフォークを動かし、皿の上を片付けた。
「シャーロット、そんなに詰め込んだら味も何も分からんだろう?」
ダンが呆れたような声を出す。
「腹が満たされれば、それでいい」
「おいおい、久しぶりの飯屋の飯だぞ。蛙や蛇の素焼き食ったのと同じ反応か?」
「あれはあれで美味いがのう」
ジョンののんびりした声にダンが顔をしかめる。
「爺さんには聞いてない。俺はシャーロットにもっと食事を楽しめって言いたいんだ」
私は頭を振った。
「飢える事は辛い。だからここの食事もダンが捕って焼いた蛇も同じだ」
私は最後の一切れになった肉を口に入れた。
「そうか………お前、いくつだ?」
「女性に年を聞くのは失礼な事だ、と親に習わなかったのか?」
私は口を空っぽにして、ダンを睨んだ。
「親は何も言わなかったが、剣の師が似たような事を言ってたな」
「なんと?」
「年を聞いて目くじら立てる若い女は男を知らん、と」
ダンはニヤッと笑った。
私はカチン、となった。
確かに私は男と付き合った事はない。
“手のひら”以外に肌を合わせた事もない。
それも5つか6つの頃が最後だと思う。
でもそれと年齢に何の関係があるというのだ?
「確か、シャーロットはアンジーと同じ年だったよなぁ?」
「そうだが?」
それが何か?!
「だったら19か………」
こいつ、知っていたな?!
「アンジーに聞いたのか?」
「あぁ。アンジーは屈託なく教えてくれたぜ。シャーロット、旅が酷なら俺からウィルに言ってやる。楽しめ、とは言わんが、息を抜く事は必要だ」
「余計な御世話だ。王子に何か言ってみろ?私が腕によりをかけて、お前に呪いをかけてやる」
ダンは肩を聳やかした。
「おぉ、怖。国一番の魔法使いに逆らえる人間なんて何処にもいやしない。そんな事、表を転げまわってる子犬だって分かってる事だ」
「だったらその口を閉じていろ。偉大なる戦士の価値は口先ではなく腕にあるのだからな」
ダンは驚いたように目を丸くした。
「俺の事を“偉大なる戦士”だなんて、なんか悪いもん食ったんじゃないか?」
「違う。お前を黙らせるのに、その口を針と糸で縫うより簡単だからだ」
「その調子でヘンリーにも何か言うたな?」
ジョンが突然、私達の会話に入ってきた。
私はジョンをまじまじと見る。
「おおよそ、ヘンリーに“世界一の大泥棒”とでも言うたんじゃろう。ヘンリーが戻って来ん訳じゃ」
ジョンはダンに話す。
ダンは、なるほどなぁ、と頷いた。
私だけが意味が分からない。
「ジョン、私は確かにヘンリーにそう言ったが、それの何処が悪いというのだ?」
「お前の本心じゃないからだ。お前は泥棒を嫌っている。盗みは悪だ、と考えてるだろ?」
「その通り。間違っているとは思わんので、考えを改める事もない」
「分かってる。ただお前、ヘンリーにいつも言ってるだろ?心のこもってない言葉はムシズが走るって」
私はジョンに聞いたのに、ダンが答える。
が、この際どちらが答えるかは問題ではない。
ダンの言った事が余りにも的を射ていたからだ。
確かに言っている。
さっきも言った。
だが待て。
ヘンリーは“可愛い”だの“きれいだ”だのと、いつも本心でない言葉を私に向けている。
それなら“お互い様”ではないだろうか?
「俺は自分で“偉大だ”と思ってるから、お前が心の中では“くそ剣士”って思いながら俺に“偉大だ”って言っても特に何も思わんが、ヘンリーはそうじゃない」
「だが実際の所、ヘンリーは“盗む”技術を買われてパーティーに加わった。違わないだろう?」
息子に極甘な国王は旅の計画を聞き、“世界一”と称される泥棒を欲した。
その白羽の矢が当たったのがヘンリー。
国王は多額の報酬で彼を呼び寄せ、パーティーに加えた。
「確かにあいつの腕はすごい。まだ若いのに数多くのお宝を次々盗み出したんだからな。でもヘンリーは一番欲しいものを盗めない。だから“世界一”って言葉を嫌ってる」
「そうだったのか」
それであんなに傷ついた顔したのだ。
私はヘンリーの反応に合点がいった。
そして気付く。
「ダンはヘンリーの事に詳しいな。何時の間に仲良くなったのだ?」
あの男は自身の事をあまり話さない。
いつも適当で、皆とは一定の距離を保っているように見えた。
だからこそ、先程の表情に驚いた。
「ぁ?そうでもないぞ。あいつは本心を隠せないクチだ。見てれば分かる」
「そういうものなのか」
「あぁ、そういうもんだ。俺はお前達より少しばかり長く生きてるからな。良く言うだろ?亀の甲より年の功って。だから“賢者”ってのは爺さんなんだ」
な、とダンはジョンに同意を求めた。
ジョンは何も言わず、ゴブレットを傾ける。
ダンはそれを見て肩を竦めたが、何も言う事はなかった。
きっとこういうのを何度も経験しているのだろう。
話は終わったようだった。
「そろそろ戻る。魔法薬を用意しなければならない」
私は水を飲み、立ち上がった。
「シャーロット」
「何だ?」
「お前も本心を隠せないクチだ。素を出した方が楽に生きれるぞ」
「余計な御世話だ」
私は荷物を持って、店を出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます