世界一無力な私

@Soumen50

第1話


久しぶりの大きな村に、私はほっとした。


村、しかも宿のある村なんて本当に久しぶりだ。


基本はいつモンスターに襲われるやしれない場所での野宿。


宿のない村では、農家の納屋や家畜小屋の隅を借りるのが精々。


ベッドでゆっくり眠れるなんて、夢のようだ。


が、その前にやらねばならない事がある。



「王子、宿に落ち着いたら買い物に行っても良いだろうか?そろそろ魔法薬の材料を補充したい」



私はリーダーであるウィリアムに聞いた。



「そうだな……いいだろう。他のみんなも必要なモノがあれば揃えるといい。この村は店も多いようだから」



ウィリアムの言葉に、私達は頷いた。


広場にある宿に向かいながら、それぞれが必要なモノを頭に浮かべる。


宿に着くと私はマントを脱いだ。


ここで何日くらい過ごすのだろう?


ウィリアムが先を急いでいる事は分かっているが、しばらくゆっくりしたい。


ウィリアムは部屋があるかどうか主人に尋ね、部屋を取った。



「シャーロット、お前はアンジーと同じ部屋。ダンはヘンリー、ジョンは私と同室だ」



ウィリアムは私とダンに鍵を渡すと、階段を上った。


マントと荷物を持って付いて行く。



「今からは自由に過ごす事にしよう。夕食は宿で出してもらう事にした」



ウィリアムの言葉に頷き、私は割り当てられた部屋の戸を開けた。



「ねぇ、シャーロットは買い物に行くんでしょう?」



部屋に入ってすぐ、アンジーが窓側のベッドに飛び込んだ。


私は手前のベッドに荷物を置いて、アンジーを見た。



「そう。アンジーは?」


「私はゆっくりしてる。必要なモノなんてないから」



だよな、という言葉は呑み込んだ。


アンジーは歌姫だ。


パーティの為に歌い、舞う。


身に付けているのは、申し訳程度のものだけ。


裸同然、と言っていいと思う。


豊満な胸と引きしまった腰、きゅっと上がったお尻など、女の私が見ても涎が垂れそうな体を惜しげもなく人目に晒している。


体が資本の彼女に必要なのは、十分な休養だ。



「行ってくる。鍵は置いて行く。私が出たら鍵をかけるように」


「はぁい」



私はマントを着ると、アンジーの行ってらっしゃいを聞きながら部屋を出た。


背中で、かちり、と鍵のかかる音を確認してから階段に向かう。


アンジーはおバカさんだ。


歌って舞う事しか出来ない。


それは勿論、戦いの場で私達の士気を高める役を担っているし、憩いの時をくれもする。


が、その他の事は何も知らないし、何も出来ない。


それは幼い頃から全く変わっておらず、アンジーが旅のメンバーに決まった時には、子どもの頃からの付き合いだからよろしくね、と彼女の母に頼まれた。


私は頷くしかなかった。


私はアンジーのお守役。


だが、物心ついた時からふり当てられた役目をこなすのも後少し。


この旅は、やがて、終わるのだ。


私はため息を隠すようにフードをかぶり、材料を売っている店を探した。







村は大きいだけあって、店の数も材料の種類も豊富だった。


私は店を回り、必要なものを次々買った。


常備しておきたい魔法薬は治療系、回復系、強化系といった所だ。


特に強力な魔法薬は調合が面倒だし時間もかかるので買う事にしていた。


自分で作れば安く上がるが、旅の空で簡単に出来るものでもない。


私は吟味した魔法薬をいくつか買い求める。


思っていたような強い魔法薬ではないが、部屋に戻って他の材料や魔力を足してやれば十分に使えるものだ。


最初の店に戻って“ピクシーの羽根”や“ドラゴンの鱗”を買う必要があるな、と店を出ようとした時、それが目にとまった。



「これは………」



見覚えのある薬瓶。


蓋もコルクでなくクリスタル。


私はそれを手に取った。


蓋には封印されている事を現す魔法の印。


間違いなくあの薬だ。



「お客様、それを見つけるとはお目が高い!」



店主が素早く私の隣に立つ。



「こちらの魔法薬は大変腕の良い魔法使いによって作られたもので………」


「知っている。いくらだ?」



店主は揉み手をせんばかりだ。


恐らくこの薬を持て余していたのだろう。


どうやって手に入れたのか分からないが、普通の人間が使える薬ではない。


私とて本当なら買い求めたくはない。


が、私は店主の言い値でそれを買い取り、他の魔法薬と混ざらない様にマントのポケットに入れた。


一刻も早くポケットの魔法薬を処分したい。


が、まだ買うモノが残っている。


私はじりじりする心を押さえながら必要な物を買い揃えた。


宿に戻ろう、と道を急いでいると、後ろから声をかけられる。



「シャーロット、今、暇か?」



私はくるりと振り向き、呑気そうな声の持ち主を睨んだ。



「こんなに急いで歩いている、というのに、お前には私が暇そうに見えるのか、ヘンリー?」



ヘンリーは笑顔で私に近づいて、私の肩に手を置いた。



「シャーロット、そんなに怒るなよ。可愛い顔が台無しだから」


「気安く触るな!そんな心のこもっていない言葉はムシズが走るから止めろ、といつも言っているだろうが」



私はヘンリーの手を払いのけ、踵を返した。



「そんなツレナイ事言うなよ。俺があんたの事好きだってのは、パーティのみんなが知ってる話だ」


「私は知らん!大体、お前はアンジーに熱を上げていたでのはないか?いつも仲良さそうに話して……彼女を口説いたその舌の根が乾かぬうちに他の女に……って、人の話を聞けっ!」



ヘンリーは花屋の娘に手を振ってウィンクした。



「聞いてるさ。あの子が俺を見てたから挨拶しただけ、だろ」


「お前の挨拶はウィンクか?どんだけタラシなんだ、お前は?」


「俺はタラシじゃない。俺ほど一途な人間はそういない、と自負しているくらいだ」



ヘンリーは歩きながら胸を張った。


バカか。


調子の良さと整った顔は認めているが、一途だなんて、自分で言ってよく恥ずかしくならないものだ。



「お前の仕事は泥棒だからな。口八丁手八丁で世の中を渡って行くには、そのくらいのスキルがあってしかるべきなのだろう。女の機嫌を取るのも仕事の一つという訳か」



私は皮肉をこめてヘンリーを褒めた。


もっと胸を張って、後ろにひっくり返ればいい。



「シャーロット、俺の事そんな風に思ってたんだ?」


「え?」



その沈んだ声に、私は足を止めた。



「シャーロット、俺が嘘吐きだって思ってたんだな」



ヘンリーはどこか痛めたような顔をする。


私は自分の言葉がそれ程ヘンリーを傷付けると思っていなかったので、慌てた。



「ぁっと、その、さっきの言葉の意味は、だな。その……ヘンリー、お前が世界一の泥棒だ、という意味だ」



私は頭を働かせながら、ヘンリーの前に立った。



「ウィリアム王子には、お前のような立派な泥棒のサポートが必要だ。なにしろあの方のなさろうとしているのは、とても難しい事なのだから」



泥棒に“立派”と付けるのは間違っているが、この際仕方ない。


私はヘンリーの顔を見上げた。


これで機嫌も良くなっただろう?


が、意に反して、ヘンリーの顔は曇ったままだった。



「あんた、俺より嘘吐くの上手いな」


「え?」


「それ、あんたの本心じゃねぇだろ?魔法使いは魔法以外にも得意な事があるらしい」



ヘンリーはそう残して、踵を返すと来た道を戻っていった。



「………なんだ、あれは?」



人の事を呼び止め嘘を吐いたうえ、勝手に傷ついた顔をしたまま去ってしまった。


全く意味が分からない。


大体、あの男と話すといつもイライラする。


ぃや、見ているだけでも、だ。


ヘンリーの背中に向かって心の中で悪態を吐いていたら、腹が鳴った。


どこかで軽く食べて宿に帰るか。


私は息を吐き、『飯&酒』と看板にある店に入った。

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