第50話:帝国に忍び寄る脅威 ※三人称視点※


※三人称視点※


「ガリオン、まだ赤竜は見つからんのか?」


 カイスエント帝国皇帝エルダリオ・サウラスは、呼びつけたガリオン・エリアザードの前で顔をしかめる。


 皇帝直轄領の村を襲撃した赤竜の討伐に向かった3人の竜騎士が、殺されたのは1ヶ月ほど前。


 2人の息子の訃報を聞いたとき。ガリオンはこう言った。


「この役立たずどもが……まるで役に立たぬではないか!」


 オルランドとスレインは惨殺されて。同行した竜騎士トールは、消し炭と化した姿を発見された。彼らが向かった皇帝直轄領の村も全滅。


 エルダリオ皇帝の命で、ガリオンは新たな竜騎士を皇帝直轄領に派遣したが。息子たちを殺し、村を壊滅させた赤竜を、いまだに発見できていない。


「エルダリオ陛下。これだけ捜索しても見つからぬということは、赤竜はヴァルダーク帝国に逃げ帰ったものと思われます」


「確かにその可能性はあるが……ガリオン、貴様は自分の息子を殺された相手を、おめおめと逃がして悔しくないのか?」


「無論、悔しくは思っております。ですがヴァルダーク帝国まで、赤竜の討伐に向かう訳にはいかぬでしょう」


 赤竜に襲われた村が全滅して、目撃者すらいない。

 この状況でヴァルダーク帝国まで赤竜の討伐に向かえば、カイスエント帝国の方から侵攻したことになる。


 仮に目撃者が生き残っていたとしても、自分たちがやったのではないと言われてしまえば終わり。結局のところ、赤竜はカイスエント帝国内で捕らえるか、討伐する必要があるのだ。


「忌々しいヴァルダーク帝国の赤竜めが……ガリオン、解った。このまま赤竜の捜索を続けてくれ」


「はい。承知しました」


 エルダリオ皇帝の部屋を退室するなり。ガリオンは苦虫を噛んだような顔をする。


(このまま捜索を続けろだと? 成竜クラスの竜騎士を5人も無駄に遊ばせることになるではないか! オルランド、スレイン……貴様らは死んだ後まで、私の足を引っ張りおって!)


 オルランドやスレインではなく、最初から成竜クラスの竜騎士3人を派遣していれば、赤竜を討てた筈だとガリオンは思っている。

 しかし力の劣る息子たちを派遣したせいで、赤竜を取り逃がしたと言える筈もなく。


 エルダリオ皇帝に、3人の竜騎士を殺した相手なのだから。さらなる戦力が必要だろうと言われて。ガリオンは成竜クラスの竜騎士5人を派遣せざる負えなくなったのだ。 


 辺境に面するエリアザード辺境伯領には、魔物が出現することが多く。領内で動かせる竜騎士の数が減っている間。魔物による被害を、ある程度は覚悟する必要があるだろう。


(それでも我が辺境伯領の村が襲われたことを、皇帝に伝えなかったのは正解だったな)


 皇帝直轄領の村が襲われる前。エリアザード辺境伯領の村が、2度に渡って赤竜に襲われている。ガリオンは村など何の価値もないと、放置したのだが。

 ガリオンが放置したから、皇帝直轄領の村が赤竜に襲われたのではないかと。責を問われないように、辺境伯領の村が襲われたことは内密にしている。


(他の貴族の領地も、赤竜に襲撃されてるのではないか? 自分の領内に赤竜が現れても、討伐できねば恥を晒すことになる。多少の被害を受けたところで、公言などできぬだろう)


 ガリオンの予測は当たっていた。皇帝直轄領で3人の竜騎士を殺したヴァルダーク帝国12将軍の1人マルクス・ブラッディーフレアは、今もカイスエント帝国内に潜伏して活動を続けている。


 マルクスの目的はカイスエント帝国の戦力を測ること。村を襲うことで、竜騎士を誘き出して。竜騎士と戦うことで戦力を測る。

 1度戦かっただけでは、戦力を見誤る可能性があると。マルクスはカイスエント帝国各地で、襲撃を繰り返している。


 すでに10人以上の竜騎士が、マルクスによって殺された。しかし、これもガリオンの予想通りだが。配下の竜騎士を殺された貴族たちは、恥を晒すことを恐れて隠している。


 辺境伯という侯爵に次ぐ爵位のガリオンは、帝都にも邸宅を所持している。

 邸宅に戻ったガリオンを、エリアザード辺境伯領の竜騎士団長イアン・コーネリアスが迎える。


「ガリオン閣下。皇帝陛下との話は如何でしたか?」


「エルダリオ皇帝は、赤竜の捜索を続けろとのことだ。これで、またしばらく竜騎士を無駄に遊ばせることになる」


 ガリオンは忌々しそうに言うが。


「私が申し上げた大規模な討伐部隊を組むべきだという話は、皇帝陛下にされていないのですか?」


 イアンはガリオンと違い、今回の赤竜の襲撃を重く見ている。


 殺された3人の遺体を検分して、只者の仕業ではないと見抜いており。エルダリオ皇帝に大規模な赤竜討伐部隊を組むこと進言するべきだと、ガリオンに申し出たのだ。


 イアンのコーネリアス家は、3代に渡ってエリアザード辺境伯家の竜騎士団長を勤めており。イアン自身、辺境伯領において右に出る者はいない実力者だ。だからガリオンもイアンを無視することはできない。


 しかしエルダリオ皇帝に、皇帝直轄領の村を襲った赤竜の討伐を命じられたとき。ガリオンは騎士団長のイアンを通さずに、自ら討伐隊のメンバーを選んだ。イアンに言えば、オルランドとスレインを向かわせることに、反対すると解っていたからだ。


 そんなガリオンの性格をイアンも解っているから。こうして帝都に同行して、皇帝に謁見するときに一緒に同席するつもりだった。しかしガリオンは直前になって、イアンの同席を渋り。結局、イアンの提言を無視した。


「他の貴族の領地も、ヴァルダーク帝国の赤竜に襲撃された可能性が高いことは、ガリオン閣下ならばお気づきでしょう? これはエリアザード辺境伯領だけの問題ではありません。カイスエント帝国全土に警鐘を鳴らすべきです!」


 しかしイアンの言葉は、ガリオンに響いていない。


「何を大袈裟なことを……皇帝直轄領の村1つが襲われただけで。他はカイスエント帝国のどこにも・・・・、赤竜による被害は出ていない・・・・・・・・


 勿論、竜騎士団長のイアンは、エリアザード辺境伯領の村が、2度渡って赤竜に襲われたことは知っている。しかし内密にしているガリオンは、それをなかったことにしているのだ――初めから、いなかったことにしたグレイオンのように。


「ガリオン閣下……もう1度、考え直されては……」


「だから貴様は何を言っておる? 考えるまでもない。私の臣下である貴様は、カイスエント帝国全体ではなく。エリアザード辺境伯領のことだけ・・を、考えるべきであろう」


 いくら実力があり、重用されていようと。臣下であるイアンは、主のガリオンに逆らうことはできない。


「閣下がそこまで仰るのでしたら……私に言うべきことは、ございません」


 カイスエント帝国の未来に、暗雲が立ち込めることに気づきながら。イアンは忸怩じくじたる思いで、言葉を飲み込んだ。

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