第44話:交渉
『おい! こいつは、どういうことだ?』
店員が呼んだのか。如何にも用心棒って感じの犬の獣人は、酒場にやって来ると。ボコボコにされた連中が床一面に転がる惨状に、大声を上げる。
犬の獣人は俺たちを睨んで、即座に剣を抜く。
「勘違いするなよ。俺たちは被害者だからな。先に手を出したのがどっちか、店員に訊けば直ぐに解るだろう。なあ、カウンターの裏にいるおまえも、見ていたよな?」
カウンターに隠れていたバーテンダーが、跳ねるように立ち上がると。慌てて、うんうんと頷く。
「俺は『ザクスバウルの毒蛇』の奴を紹介してくれって言っただけだ。俺が金を持っていると解ったら、こいつらが奪おうとしたから。反撃したんだけど。誰も殺してないから、問題ないだろう?」
取りあえず、全員生きていることは確認した。とても動ける状態じゃないけど。
「おまえたちは『ザクスバウルの毒蛇』に何の用だ?」
犬の獣人は剣に手を掛けたまま、警戒している。まあ、当然だろうな。
「スプリタス商会の件で、話があると言えば解るか?」
犬の獣人の表情が厳しくなる。知っているって顔だな。
「別に俺たちは『ザクスバウルの毒蛇』と敵対しようってつもりはない。誤解がないように、話をつけに来たんだ」
犬の獣人は黙って話を聞いている。こっちの出方を窺っているな。
「スプリタス商会の隊商が、盗賊に襲われているところを。俺たちは、たまたま居合わせたから助けた。
その後、スプリタス商会に護衛として雇われて。次に襲って来た覆面の奴らも撃退した。
そのときに捕まえたザック・バーデンって奴から、
犬の獣人は、ザック・バーデンの名前を出したときに反応したけど。俺の真意を掴みかねているって感じだな。
「話は解ったが。おまえたちが言うことを、鵜呑みにできる筈がないだろう。それに俺の一存で決められる話じゃない。
俺は『ザクスバウルの毒蛇』に所属するギラン・マーカスだ。明日の同じ時間に、もう一度この店に来てくれるか?」
「ああ、解った。それで構わないよ。じゃあ、今日のところは引き上げるか」
俺たちが店を出ると。予想していたけど、尾行している奴がいる。
ここは奴らのナワバリだから。どうせ、直ぐにバレるだろうけど。このタイミングで、宿を知られるのは面倒だな。
「なあ、グレイ。これは明らかに敵対行為だろう」
ライラがニヤリと笑う。当然、尾行されていることには気づいているな。
「見せしめの意味もあるが。私とグレイの夜の営みを、邪魔する輩は万死に値する」
「ライラ、解ったよ。おまえに任せる」
ライラは姿を消すと。5分ほどで、戻って来る。
「ライラさん……あまり聞きたくないけど。何をして来たの?」
クリフの質問に、ライラは。
「クリフ。本当に知りたいのか?」
「……いや、ごめんなさい。失言でした」
まあ、路地裏に新しい死体が増えただけの話だろう。ここは犯罪都市ガルブレナだ。大したことじゃない。
※ ※ ※ ※
翌朝。ドアをノックする音で目が覚める。
ドアを開けると、レベッカがいた。
「ねえ、グレイ。私は昨日は頑張って、1人も殺さなかったんだから。今日は、たくさん鍛練に付き合って」
俺は魔力が感知できるから。レベッカが部屋の外にいることには、当然気づいていた。
だけど昨日は
ベッドには全裸のライラが眠っているけど。レベッカはお構いなしだ。
「レベッカ。貴様という奴は……まあ、良い。私とグレイの邪魔をするつもりはないようだからな」
目を覚ましたライラが、文句を言うと思ったけど。普通にレベッカの行動を受け入れている。
レベッカは戦うことしか考えていない奴だし。俺は正直、子供としか思っていない。ライラも、それが解っているんだろう。
宿屋の食堂で、ライラと一緒に朝飯を食べた後。待ちわびていたレベッカの鍛練に付き合う。
『ザクスバウルの毒蛇』のギランとの約束で、店に行くのは夜だから。暇をしていた『野獣の剣』の他のメンバーや、クリフの鍛練にも付き合った。
「なあ、グレイ。たまには私の鍛練にも付き合ってくれないか」
ライラに誘われて。犯罪都市ガルブレナを抜け出して、荒野に向かう。
人気のない場所まで移動すると。
「グレイには負けたままだが……私はこのままで、終わらせるつもりはない!」
ライラは金属の鞭に魔力を込めると。全身から魔力を迸らせる。
ライラはフェンリルと獣人の混じりモノだ。だから普通の獣人を圧倒する力を持っている。
だけど俺と戦って、完膚なきまでに敗北して。ライラはもっと強くなろうとしている。昼間によく姿を消すのは、1人で鍛練しているからだろう。
「確かに。ライラの魔力量は増えているし。魔力操作の精度も上がっているな」
立ち合いをしながら、ライラの能力を分析する。迷宮都市トレドで戦ったときよりも、ライラは確実に強くなっている。
ライラが全力で叩き込んで来る攻撃を、俺は
「だが……それでもグレイには全く届かないということか」
「おまえが仕えるフェンリルのシャルロワよりも、俺は強いからな」
別に自慢するつもりはないけど。これが事実だからな。
「ああ、そうだったな。グレイは私がどうこうできる相手ではないと解っているが……」
ライラは俺に抱きつくと。唇を重ねて、舌を絡ませる。
「私はグレイに何度も挑み続ける。昼も夜もな……」
夕方になって。俺とライラが宿屋に戻ると。
「随分、遅かった。ライラとずっと鍛練していたの? ライラだけズルい」
レベッカは不満そうに言うけど。他の奴は誰も、この話題に触れなかった。
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