第38話:襲撃
あれから1ヶ月半ほど。俺たちは犯罪都市ガルブレナへ向かう旅を続けた。
何度も魔物に遭遇したけど。街道沿いに出現する魔物は、そんなに強くないし。このメンバーなら何の問題もなく、魔物を殲滅した。
途中で、いくつかの街や村に寄って。宿に泊まるときは、俺とライラは同じ部屋で過ごした。翌朝、レベッカとシーダにジト目で見られたけど。ライラが一緒にいることに『野獣の剣』のメンバーたちも、すっかり慣れたようだな。
ライラが一緒に来た目的は、フェンリルのシャルロワ・エスカトレーゼに、俺の監視を命じられたからだろう。
だけどライラは何か動きを見せることもなく。野営のときは俺と一緒に見張りをして。寝るときは俺の隣で眠る。
まあ、ライラは良い女だからな。一緒に過ごせるなら、俺に不満はないけど。
「おい、グレイ。このままライラ・オルカスと一緒に、犯罪都市ガルブレナまで行くつもりなのか?」
馬車で移動中。ギースが不満そうに言う。俺たちは馬車で移動しているけど。ライラは今でも、騎竜に乗って移動している。
「ライラがそうしたいなら、俺は構わないと思っているよ。何か問題あるか?」
「戦力としては申し分ねえが。俺は今でも、あいつが信用できねえ。いきなり寝首を掻かれるとは思っちゃいねえが。所詮は憲兵で、フェンリルの手先だろう?」
ゴーダリア王国はフェンリルの国で、獣人たちはフェンリルの保護下にある。
だけどグランブレイド帝国の竜人と違って、フェンリルは獣人を兵士として使っている。だから獣人たちは、フェンリルに守られているという意識が低い。
どちらかと言うと、権力者と支配される側という感覚で。特に『野獣の剣』のメンバーたちのように、自分の身は自分で守るという連中は、支配者であるフェンリルに不満を懐いている。
憲兵隊はフェンリルに忠誠を誓う直属の部隊だから。獣人たちはフェンリルに対する悪感情を、憲兵にも抱いている。
ガゼルとシーダの反応を見ても、ライラを完全に使用した訳じゃないみたいだな。
「俺もライラが憲兵を辞めたとは思っていないけど。ライラが監視しているのは俺だからな。おまえたちが気にする必要はないだろう」
「僕にはライラさんが悪い人には見えないよ。初めて見たときは、信じられなかったけど。何て言うか……グレイに対しては、一途で健気な人だよね」
自分で言ったのに恥ずかしいのか。クリフが顔を赤くする。
「ああ。ライラは良い女だからな」
「出たぜ! グレイ、おまえは本当に恥ずかしげもなく惚気やがる!」
ギースは文句を言うけど。俺は本当のことを言っただけで、別に惚気ているつもりはない。
「私は絶対に狐女より強くなる。そうしないと、グレイが私と戦ってくれないから」
「俺だって、いつまでもライラに後れを取るつもりはねえぜ。なあ、グレイ。どうせ暇だろう? そろそろ鍛錬を始めようぜ!」
俺はクリフとレベッカだけじゃなくて。『野獣の剣』の他のメンバーの鍛錬にも付き合うことになった。
移動中は暇だってのもあるけど。クリフとレベッカが鍛錬で腕を上げて行くのを見て。ギースも、うかうかしていられないと思ったんだろう。
ガゼルとシーダも初めは身体が鈍るからと、自主練をしていたけど。どうせやるなら実戦形式の方が良いと、一緒に鍛錬をするようになった。
ちなみに俺は適当なタイミングで抜け出して。魔物相手に戦ったり、1人で鍛練をしている。
街道から離れた場所に行かないと、それなりに強い魔物はいないけど。俺の移動速度なら、余裕で馬車に追いつけるからな。
ライラも移動中に姿を消すのは、俺と同じようなことをしているからだろう。
俺たちが今日の鍛錬を終えて。街道を進んでいると。
「これって……血の匂い!」
レベッカは呟くと、いきなり馬車から飛び出して行く。
俺は魔力が感知できるから。街道の先で何か起きていることに、気づいていたけど。他人の争いごとに、いちいち首を突っ込もうとは思わないからな。
「おい、レベッカ。勝手に仕掛けるなよ……て言っても、無駄か」
「レベッカの奴、仕方ねえな。まだ金になるか解らねえだろう」
他の『野獣の剣』のメンバーたちも、仕方ないという感じで馬車を降りて。レベッカを追い掛ける。馬車で移動するよりも、自分で動いた方が速いからだ。
「ねえ、グレイ……」
「そうだな、クリフ。俺たちも行くか。ライラは、どうする?」
「グレイが行くなら、私も一緒に行くとしよう」
街道を進んで行くと。視界に戦闘シーンが浮かび上がる。
隊商を襲う盗賊たち。盗賊の数は50人ほど。全員獣人で、剣や弓で武装している。隊商の方は完全に押されていて。すでに何人も死人が出ている。
だけど先行するレベッカが乱入したことで、一気に形勢が変わる。レベッカは盗賊たちの間を駆け抜けながら、手当たり次第に仕留めて行く。
「な、何だ、てめえは? こっちは、この人数だ。死にたくねえなら――」
脅し文句を言っている間に、盗賊が肉塊に変わる。レベッカはA級ハンターだ。只の盗賊が俺たちの相手になる筈がないだろう。
俺たちも戦線に加わったことで。50人の盗賊が全滅するまでに、5分と掛からなかった。
「貴方たちのおかげで、助かりました。ありがとうございます」
護衛を連れた商人風の男が礼を言うけど。こいつらは俺たちを警戒している。
盗賊を倒したからって、味方とは限らないし。盗賊たちを簡単に殲滅したせいで、余計に警戒しているんだろう。
「警戒する気持ちは解るが、安心してくれ。俺たちはA級ハンターパーティー『野獣の剣』だ。たまたま通り掛かったから、助けただけで。貴方たちに危害を加えるつもりはない」
ガゼルがハンターのプレートを見せながら説明すると。商人も納得したようで、安堵の息を漏らす。こういうときに、ガゼルは頼りになるな。
「貴方たちは何をやっているんですか。命の恩人に対して失礼でしょう」
このタイミングで。商人たちの馬車から、ウサギの獣人の少女が出てくる。
年齢は10代半ば。白い髪と赤い瞳。頭からウサギの耳が生えている。
「ラナお嬢様! まだ馬車の中に隠れていて下さいと申し上げた筈です!」
「アンドリュー、貴方は心配が過ぎます。主である私が姿を隠したままで、どうするのですか」
ラナと呼ばれた少女は窘めるように言うと。スカートの端を摘まむと、優雅な動きで頭を下げる。
「申し遅れました。私はラナ・スプリタスと申します。この度は、危ないところを助けて頂きまして。本当にありがとうございます」
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