第32話:最後の夜
「犯罪都市ガルブレナってのはな。ゴーダリア王国に反旗を翻したフェンリルが、王都を追われて逃げ込んだ都市だ。
逃げ込んだフェンリルは相当な実力者で、元々ガルブレナを支配していたフェンリルを殺して、自分が支配者になった。
王国もガルブレナには下手に手出しできなくて。無法地帯と化したガルブレナに、犯罪者たちが集まって、ダンジョン以上の魔窟と呼ばれるようになったって話だ」
ガゼルの説明に、クリフがゴクリと唾を飲み込む。
「ガルブレナじゃ、いつ暴力沙汰に巻き込まれるか解ったもんじゃねえ。ゴーダリア王国の法律なんざ、一切通用しないと思った方が良いぜ」
口よりも手が先に出るギースが、ここまで言うんだから、本当にヤバい街なんだろう。
だけど刺激を求める俺にとっては、犯罪都市ガルブレナは都合が良い。
無法地帯のガルブレナなら多少のことをしても、ゴーダレリア王国を敵に回すことはなさそうだからな。
「グレイがガルブレナに行きたい理由が解った気がするよ」
クリフは犯罪都市の詳しい話を聞いても冷静だ。
「何だよ、クリフ。グレイを止める気はないみたいだな。犯罪都市ガルブレナは、噂だけの街じゃねえ。本当にヤバい場所なんだぜ!」
「それはギースさんの話で、良く解りましたけど。まあ、グレイがやることですからね。ガルブレナのヤバさについては、僕は心配なんてしていませんよ」
クリフが諦めた顔をしているように見えるのは、俺の気のせいか?
「つまりクリフは、グレイなら犯罪都市ガルブレナに行っても、
まあ、俺としては
「レベッカを止めても無駄なのは解っている。『野獣の剣』がガルブレナに向かうのは決まりだな」
ガゼルとシーダも腹を括った感じだ。こいつらが自分で決めたことだから。今さら俺が止めるような話じゃないだろう。
「ところで、犯罪都市ガルブレナまで、どのくらい距離があるんだ?」
「何だよ、グレイ。そんなことも知らねえで、話を進めていたかの?」
ギースが呆れた顔をするけど。俺1人なら、適当に移動すれば済む話だし。ギースには言われたくないな。
「犯罪都市ガルブレナは、ゴーダリア王国の東の端にあるから。馬車で移動して、約2ヶ月ってところだぜ」
結構距離があるんだな。俺が1人で移動すれば、ゴーダリア王国を横切るのに大した時間は掛からない。だけど別に急ぐ訳じゃないし、旅を楽しむとするか。
「さすがにそれだけ時間が掛かると、移動中に必要な物を買い揃える必要があるか。明日はそれぞれ必要な物を買って。明後日の朝に迷宮都市トレドを出発するってことで構わないな?」
誰も異存はなく。そんな感じで俺たちが話を進めていると、昼間と同じ気配が近づいて来る。
「まだ俺に用があるのか? おまえたちとの話はついた筈だろう」
振り向くと、そこにいたのは憲兵隊の指揮官。狐の獣人のライラだ。
だけど、いつもと格好が違って、白いブラウスとタイトな黒いスカート。帽子も被っていない。
レベッカたち『野獣の剣』のメンバーは、警戒心全開でライラを見る。クリフはいつもと違うライラの様子を訝しんでいる。
「ああ。それは解っているが……グレイ。その……ちょっと顔を貸してくれ……」
どこか自信がなさそうなライラの態度は、昼間とは全然違う。何かあったのか?
「少しくらいなら、別に構わないよ。みんな、悪いけど。少し出て来る」
他の奴に聞かせて良い話という感じじゃないから、俺は店を出てライラについて行く。
ライラには散々絡まれた訳だし、付き合う義理なんてないけど。これまでとは全然違う態度が、少し気になったからだ。
※ ※ ※ ※
俺のせいで憲兵をクビになったとか? だけど絡んで来たのは、こいつの方だからな。
俺が悪いとしたら、螺旋迷宮を崩壊させたことくらいだ。
いや、俺が螺旋迷宮を破壊しなかったら、ライラがここまで俺に絡むことはなかっただろう。もしかして、全部俺のせいか?
そんなことを考えながらライラについて行くと、如何にも高級そうな酒場に連れて行かれる。
会員制の店の中は、個室に分かれていて。VIPルームという感じの豪華な調度品が並ぶ部屋に、俺とライラは2人で入る。
無人のバーカウンターに、高級酒のボトルが並べられている。勝手に飲んで良いってことらしい。テーブルには軽食が用意されているし、まさに密談するための場所だな。
「グレイ。何か飲むか?」
「ああ。適当に頼むよ」
ライラが俺と自分の酒をグラスに注いで、向かい合わせの席に座る。
「それで。俺に何の話だよ?」
「グレイ。貴様は……この街を出て行くのか?」
俺たちの話を聞いていたのか。
「ああ。そのつもりだけど?」
だけどライラに何か関係あるのか? 俺はライラの主人であるフェンリルのシャルロワの脅威になる存在だから。むしろ出て行って欲しいと思っているだろう。
シャルロワは俺のことを
「グレイ、貴様は……勝ち逃げするつもりか?」
「何だよ、それ? さっきも言ったけど。もう話はついたんだから、勝ち逃げも何もないだろう」
「いや、シャルロワ閣下のことは関係ない……これは私個人の問題だ。グレイ、貴様は……私を完膚なきまでに叩きのめしておいて、このまま逃げるのか?」
ライラには一方的に攻撃された憶えしかないけど。まあ、言いたいことは解らなくもない。
フェンリルとの混じりモノで。これまで敵なしだったライラが、俺には攻撃が一切通用しなかった。主であるシャルロワの前でも、ライラは何もできなかったんだからな。
「そう言われても、俺はもう迷宮都市トレドに用はない。他にやることもないから、ここにいても退屈なんだよ。それにシャルロワの部下のおまえとしても、俺がいない方が安心だろう?」
「そんなことはない!」
ライラは突然立ち上がって、俺の襟首を掴む。
「私のプライドを……何もかも奪っておいて、グレイ、貴様は……どうして、いなくなるのだ? ならば……私のこの気持ちを、どうしてくれる?」
ライラは俺を椅子に押して、強引に唇を重ねる。
「シャルロワ閣下以外に……私を完膚なきまで叩きのめしたのは……グレイ、貴様が初めてだ。こんな気持ちを懐いた私は、自分でもどうかしていると思う。だが……気持ちを抑えられないんだ!」
ライラは泣いていた。自分でもどうしたら良いのか、良く解らないんだろう。
俺はライラの頬を撫でて、優しく抱きしめる。
一瞬だけ、ライラは怯えるように身体を震わせる。たけど直ぐに思いきり、抱きついて来た。
「ライラ。俺に残ると言う選択肢はないよ。明日にはこの街を出て行く。それでも今、おまえが可愛いと思うこの気持ちは本物だ」
「こんな私が可愛いだと? グレイ、貴様もどうかしている……」
「そんなことはないだろう? ライラ、おまえは健気で一途な良い女だ」
身体の位置を変えて、今度は俺がライラを押し倒す形になる。
「ライラ。明日出て行く癖に、身勝手なことは解ってる。だけど俺はおまえが欲しい」
「グレイ……今は、貴様という存在を感じさせてくれ……」
俺とライラは獣のように互いを貪り合う。
何が正解なのか、良く解らないけど。俺とライラは朝まで一緒に過ごした。
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