第40話:移動と野営


 俺たちはラナたちスプリタス商会の連中を、次の街まで護衛することになった。


 ラナが盗品の取引をしたガルブレナの犯罪組織が、商品を奪い返すために襲って来るのは確実みたいだけど。その前に物理的な問題がある。


 スプリタス商会の馬車は、騎竜を全て失ったから。『野獣の剣』の馬車だけでは、荷物を運び切れないし。馬車は捨てて行くしかない。


 まあ、運べるだけ運んで欲しいという依頼だし。問題の盗品はラナが自分で運ぶみたいだから。放置しても構わないんだけど。


「ガゼルたちの馬車に乗せられない荷物と、馬車の買取価格の半分を報酬として払うなら。俺が運んでも良いけど?」


 別に金が欲しい訳じゃないけど。只で運んでやる義理はないし。稼げるときに稼いでおくべきだろう。


「あの……どういうことでしょうか?」


 ラナが何を言い出すのかという顔をする。


「口で説明するより、実際に見せた方が早いな」


 俺はスプリタス商会の馬車に近づくと。馬車ごと『収納庫ストレージ』に入れる。


「え……マジックバッグですか? それにしても馬車を丸ごとなんて……」


 これにはガゼルたち『野獣の剣』のメンバーも驚いている。

 俺は料理するときに、材料や調理器具を『収納庫ストレージ』から出しているけど。ガゼルたちもマジックバッグを使っていると思っていたらしく。さすがに馬車が丸ごと入るとは思わなかったんだろう。


「さっきの条件で構わないなら、他の3台も運ぶけど。このまま放置すれば、荷物は確実になくなるだろうな」


 馬車の方はスプリタス商会の紋章が入っているけど。紋章削ってしまえば、いくらでもし言訳できるし。単純邪魔だからと壊したり、燃やされる可能性もある。


「解りました。報酬は買取価格の半分で構いません。ですが本当に……」


 ラナが言い終わる前に、残り3台の馬車を『収納庫ストレージ』に入れる。皆が再び唖然とするけど、今さら驚かれてもな。


「本当に馬車4台が入るなんて……グレイさんと言いましたね。貴方はいったい何者なんですか?」


 ラナたちが俺を見る目が明らかに変わる。


 ラナたちの護衛を引き受けるかどうかは、俺が決めた形だけど。A級ハンターパーティー『野獣の剣』は有名だから。俺のことは『野獣の剣』の添え物くらいに考えていたんだろう。


「俺は只のF級ハンターだよ」


 俺は等級を現わすハンターのプレートを見せる。


「解りました……貴方たちが隠し事をしないという約束ではありませんし。ハンターの方のことを詮索するのは、マナー違反ですね」


 魔物を倒すことで報酬を得るハンターは、実力が全ての世界で。それなりの事情を抱えている奴も多いからな。


 俺も生きていることがエリアザード家の連中に知られたら、面倒なことになる。

 まあ、エリアザード家の連中は魔法を見下しているし。『収納庫ストレージ』から俺の存在に辿り着くとは思わないけど。


 荷物の問題はこれで解決したけど。スプリタス商会の連中は歩くことになったから。移動するのに時間が掛かる。

 

 一応、俺たちの雇い主になるラナは、『野獣の剣』の馬車に乗って貰うことにした。

 雇い主だから、歩かせる訳にはいかないってことじゃなくて。単純に、その方が守りやすいからだ。


 護衛を引き受けた俺たちは、回復役ヒーラーのシーダを残して。馬車を降りて歩く。何かあったときに、直ぐに対処するためだ。


 再び襲撃される可能性が高いから、ラナたちは早く移動したいみたいだけど。盗賊に襲撃されたこともあって、ラナたちが疲れているのは明白だから。その日は早めに野営をすることにした。


 生き残ったスプリタス商会の連中は21人。そのうち護衛は半分だ。

 人数は多いけど襲撃される可能性が高いから。夜の見張りは3交代ですることになる。


 俺たちはいつものように最初は俺とライラ。次はクリフとレベッカとシーダ。最後はガゼルとギースが見張りをする。スプリタス商会の護衛も3つのグループに分かれて、俺たち一緒に組むことになる。


「ねえ、グレイ。今日の夕ご飯もグレイが作ってくれるんだよね?」


 野営の準備を始めると。直ぐにレベッカがやって来る。

 今日の昼飯も俺とクリフが用意したけど、昼飯は盗賊と戦う前で。スプリタス商会の連中と一緒に行動するようになって。夕飯がどうなるか気になるんだろう。


「ああ。おまえたちの分は俺とクリフが用意するよ。スプリタス商会の連中は、向こうで勝手に用意するだろう」


 護衛として雇われた俺たちが、食事を用意してやる義理はないし。スプリタス商会にだって、料理を作る奴くらいいるだろう。


「グレイさん。貴方たちの分の食事も、こちらで用意できますが」


 料理を始めた俺のところに、ラナがやって来る。

 雇い主として、俺たちの分の食事を用意するつもりだったんだろうけど。俺とクリフがすでに料理を始めているし。『野獣の剣』の連中も、俺たちの周りに集まっているから。どうしたものかと考えたんだろう。


「俺たちは自分で用意するから、必要ないよ」


「そう。グレイのご飯の方が美味しいから」


「そうですか……確かに良い香りですね」


 ラナが鼻をスンスンさせて。興味津々という顔で、俺たちが作る料理の鍋を見ている。まあ、ハーブとスパイスを利かせているから。確かに香りが良いだろう。


「これは私たちのご飯。だから、あげない!」


 レベッカが両手を広げて、ラナの前に立ち塞がる。

 いや、そんなことをしなくても。ラナだって、メシをたかるつもりはないだろう。


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