第34話:見張り


「ということで。ライラと一緒に行動しようと思うんだけど。おまえたちも、それで構わないか?」


「ゲッ! 憲兵隊のライラ・オルカスと一緒に行動するだって?」


 虎の獣人ギースがそう言うと、ライラがギースを睨む。


「私とて貴様たちと行動などしたくないが。グレイがどうしてもと言うからな」


 そこまで頼んだ覚えはないけど。


「それに私は憲兵隊をクビになった。だから今の私は只のライラ・オルカスだ」


 ライラが憲兵隊をクビになったって? あからさまに怪しいけど。

 こいつは主のシャルロワに忠誠を誓っている感じだったから。本当にクビになったら、もっと反応が違うだろう。


「狐女が憲兵隊をクビになったかは、どうでも良い。だけど邪魔なのは確か。喧嘩を売るなら相手になる」


 レベッカがライラを睨む。あからさまに尾行されていたことに、レベッカは苛立っていたからな。


「喧嘩を売ったつもりはないが……小娘が生意気な口を利くなら、相手になるぞ」


 ライラとレベッカが睨み合う。実力で言えば、ライラの方が明らかに格上だ。だけどレベッカも引くつもりはないみたいだな。


「なあ、レベッカ。このままライラに後をついて来られるなら、一緒に行動した方がマシだろう」


「グレイ、何度も同じことを言わせるな。私は後をついて来たのではない。たまたま向かう方向が同じだっただけで……」


「どう考えても嘘。だったら私たちはここで泊まるから先に行けば?」


「私はグレイに誘われたんだ。貴様にとやかく言われる筋合いはない」


 なんか面倒臭いことになって来たな。


「2人とも。これ以上喧嘩をするなら、俺はクリフと2人でメシを食うからな」


 俺はそう言って、みんなから離れた場所でクリフと料理を始める。


「ねえ、グレイ。放っておいて良いの?」


 クリフが心配そうに、レベッカとライラを見ている。


「別に問題ないだろう。さすがに殺し試合を始めたら止めるよ」


「あの2人だと、冗談じゃ済まなそうだけど」


 レベッカたち『野獣の剣』のメンバーは料理をする能力がゼロで。今回の旅も、俺がこいつらのメシの面倒を見ている。

 準備が進んで、料理の匂いが辺りに伝わると。


「むう……グレイのご飯が食べられないなら、喧嘩は止める。グレイ、ごめんなさい」


 レベッカはライラの存在なんて忘れたように、こっちにやって来る。まるで尻尾を振る姿が見えるようだ。


「ほう……グレイが作った料理か? それは興味深いな……私も突然合流したというのに、口が過ぎたようだ。済まなかったな。許してくれるとありがたい」


 ライラがこんな殊勝なことを言うとは思っていなかったらしく。ガゼル、ギース、シーダの3人が驚いている。


「まあ……旅は道連れって言うし。ライラさん、こっちもギースとレベッカが失礼なことを言ったんだから。お互い様ってことにしよう」


 ガゼルが話を纏める。やっぱり『野獣の剣』のメンバーの中では、ガゼルが一番真面まともだな。

 それから俺たちは7人で一緒に夕飯を食べる。


「グレイ……ガゼルも言っていたが。おまえが作る料理は本当に美味いな!」


 どうやらライラも俺が作るメシを気に入ったようだ。

 ジャスティアの城塞にいるときに、シェリルから料理を教えて貰ったけど。料理が美味いのは俺の腕と言うよりも、素材が違うからだ。


 俺の『収納庫ストレージ』には、高級食材になる魔物の肉が大量に入っていて。別に金に困っている訳じゃないから、俺はその肉を料理に使っている。


「この肉は……確かに食材が違うようだが、それだけじゃないな。グレイ、おまえの腕なら料理人としてメシが食えるんじゃないか?」


 ライラの言葉にガゼルたちも頷く。


「そんな風におだてても、何も出ないぞ?」


「グレイはそう言うけど。僕じゃ、絶対に君と同じ味は出せないよ」


 クリフが呆れた顔をする。だけど俺は基本的には、レシピ通りの材料と手順で料理を作って。こうしたら美味くなるだろうと、少しだけアレンジしているだけだからな。


 ライラが加わって7人になったけど。奇数だから、結局俺たちは3交代で、夜の見張りをすることになった。


 最初の見張りは俺とライラ。昨日までは俺とクリフが一緒だった。

 ガゼルたちは言わなかったし、俺も訊かなかったけど。理由は明白だ。


 『蹴獣の剣』のメンバーたちは、まだライラを信用していない。

 だからライラと2人で見張りをしたくないし。早い時間なら、ライラが何か仕掛けても反応できる。それに俺が一緒なら、ライラをどうにかできると思っているんだろう。


 そんな訳で。俺とライラが最初の見張りをしていると。


「なあ、グレイ。その……少し話をしても構わないか?」


 ライラが殊勝な感じで言う。


「話をするくらい、構わないに決まっているだろう」


「そうだな……グレイは私のことを信用したのか?」


「いや、正直に言うと。俺はおまえが憲兵隊を辞めたとは思っていない。だけど、そこは重要じゃないんだ。おまえかどうかは別にして、シャルロワなら誰かに俺を監視させるだろう」


 俺はシャルロワと一度しか会っていないけど。エリアザード辺境伯領で、支配する奴の陰湿さを散々見て来たから。何となく想像がつく。


 シャルロワがライラみたいな性格だったら。俺と戦ったときに、最後まで抗おうとしただろう。

 だけどシャルロワは金で解決するという俺の提案をアッサリと飲んだ。つまり損得勘定で動く奴ってことだ。


 そんな奴が金蔓かねづるになる俺を、このまま放置する筈がないだろう。


「それに、ライラ。俺はおまえが追い掛けて来たことが、素直に嬉しいんだよ。おまえみたいな良い女と、また一緒にいられるからな」


 俺は真っ直ぐライラを見つめる。艶やかな白い髪。琥珀色の瞳。普段は凛々しい感じだけど。本当のライラは可愛い奴だからな。


「グレイ。私も……もう二度とグレイと会えないと思って。激しく求め合ったことが忘れられない……」


 ライラの琥珀色の瞳に俺が映る。このまま吸い込まれそうだけど。


「とりあえず。今は見張りが優先だからな」


「グレイと私なら。何者が来ようと殲滅できると思うが……今は・・仕方ないか」


 ライラが意味深なことを言った理由を俺が知ったのは、見張りを終えた直後で。


「なあ、グレイ……隣は空いているか?」


 馬車に戻って眠ろうとすると。ライラがついて来て、こんなことを言う。


「ああ。別に空いているけど」


「そうか……ならば、場所を貸して貰うぞ」


 いや。馬車の中では『野獣の剣』のメンバーたちも眠っているから。そういうこと・・・・・・をするつもりはないけど。

 俺はライラを優しく抱きしめる。添い寝するだけなら、問題ないだろう。


「グ、グレイ……!」


 ライラが真っ赤になる。だけどこうなる・・・・ことは解っていた筈だし。


「ライラ。おやすみ」


 小鳥が啄むような優しいキスをして。俺はライラを抱き締めながら、眠りに落ちた。

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