第35話:鍛錬


「むう……これって、どういう状況?」


 馬車の中で目が覚めると、目の前にレベッカの顔。そして俺の腕の中では、ライラがスヤスヤと寝息を立てている。


「う……グレイ、おはよう。昨日はその……グレイの腕の中だから、安心して眠れたぞ。これほど快適に目覚めるのは、あの日・・・以来だな」


 ライラは甘えるように俺の胸に顔を埋める――周りで見ているクリフと『野獣の剣』のメンバーたちが、まるで存在しないかのように。


「ほう……グレイが作る朝飯も美味いな」


 俺たち7人は出発する前に、一緒に朝食を食べる。

 トーストと、卵とベーコンを焼いた簡単なモノだけど。卵とベーコンは高級食材になる魔物のモノだからな。


 レベッカとシーダがジト目で。ギースが呆れた顔をしているのは、ライラと俺が肩を寄せ合って座っているからだろう。クリフとガゼルは苦笑しているけど。


 別にイチャイチャしているつもりはない。これくらいの距離感は、俺にとっては普通だ。ジャスティアの城塞にいたとき。俺とシェリルも、同じようなモノだったからな。


 朝飯を食べ終えたら。俺たちは出発する。

 俺とクリフと『野獣の剣』の4人は馬車で。ライラは騎竜に乗っている。


「グレイの手が早いのは解っていたが……まさか、あのライラ・オルカスが、メスの顔をするとは思わなかったぜ」


「いや、メスの顔って。ギース、さすがにその言い方はないだろう」


 ガゼルが窘めるように言うけど。


「そうか? 俺は全然そう思わねえ。むしろ、俺は言葉を選んでいるつもりだぜ」


 言葉を選ばなかったら、何て言うつもりだったんだよ? まあ、大体想像がつくけど。


「グレイは狐女に構い過ぎ……そんな暇があるなら、私と戦うべき」


 レベッカは相変わらずだ。暇があれば、俺に戦ってくれとせがむ。


「レベッカが、もっと強くなったらな。俺は弱い者いじめをする趣味はないんだよ」


「むう……グレイはホント、意地悪だね。だったら鍛錬に付き合って。私はグレイみたいに強くなりたい」


「まあ。それくらいは構わないけど」


 移動中はやることがなくて、暇だからな。


「グレイ、レベッカ・・・・。僕も一緒に鍛錬して構わないかな?」


「うん。クリフなら相手として不足はない」

 

 レベッカが勝手に返事をする。まあ、どうせ相手をするなら、1人でも2人でも大して変わらない。

 クリフは『野獣の剣』のメンバーたちに、実力を認められて。敬語もさん付けも要らないと、呼び捨てにするようになった。


 俺たちは馬車から飛び降りて、鍛錬を始める。馬車を止める必要はない。俺たちは歩いた方が、馬車で移動するよりも速いから。馬車の速度に合わせて移動しながら、レベッカとクリフの鍛錬に付き合う。


「クリフ、レベッカ。好きなタイミングで仕掛けて来いよ」


 クリフとレベッカは、普段使っている武器をそのまま使う。俺はダミーとして持っている剣を、鞘に入れたままだ。


「グレイに一撃でも入れて見せる!」


 レベッカは加速すると、不規則な動きで隙を突こうとする。だけど俺にとってレベッカの動きは遅過ぎるし。ジャスティアと比べたら、技術も全然足りないからな。


 俺は容赦なく、レベッカを身体ごと弾き飛ばす。レベッカは地面に転がるけど、直ぐに立ち上がって。再び仕掛けて来る。


 そんなレベッカをシーダが微笑ましそうに見ている。

 レベッカは戦うことしか考えていない奴だけど。俺も子供の頃はそうだった――訳じゃない。


 俺が幼馴染みのイリアと、初めてそういう・・・・関係になったのは13歳の頃だからな。


「なんか……グレイが私を見る目が優しい?」


「いや。レベッカの気のせいだろう」


 純粋な子供を見る目で、レベッカを見ていただなんて。さすがに言えないからな。


「僕にはグレイが何を考えているのか。何となく解る気がするけど」


 クリフは俺が子供の頃から一緒にいるから。こいつに隠し事はできそうにないな。


「クリフ、見る・・ことも鍛錬には重要だけど。レベッカに遠慮していないで。おまえも、そろそろ仕掛けて来いよ」


 クリフは周りを良く見ていて。他人の動きから学習できる奴だ。今もレベッカの動きを、しっかりと観察している。


「クリフ。私のことは気にしなくて良い。勝手に合わせるから」


「うん、そうさせて貰うよ。僕も少しは役に立ちたいからね」


 レベッカがクリフに合わせると言っているけど。レベッカは自分が思うままに勝手に動くから、合わせるのはクリフの方だ。


 俺がレベッカを弾き飛ばす瞬間を狙って、クリフが仕掛けて来る。悪くないタイミングだけど、そこは背後から狙うところだろう。俺は容赦なくクリフに一撃を入れる。


「くはっ……グ、グレイ、もう少し手加減してよ……」


「これ以上手加減したら、鍛錬にならないだろう。心配するなよ。動けなくなったら、俺が魔法で回復させてやるから」


 俺は大抵の魔法が使えるからな。回復魔法も当然使える。


「それって……動けなくなるまで、痛めつけるってことだよね?」


「当然だろう。ダメージを負わない生ぬるい鍛錬じゃ、強くなれないからな」


 クリフは青い顔をするけど。それでも鍛錬は続けるみたいだな。

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