第21話:螺旋迷宮 ※前半三人称視点※


※三人称視点※


「魔力を隠していましたが……あの強さ、普通の人間ではあり得ません。

 そして奴の相手をした3人の獣人ですが。多数の骨折があるなど全員重症ながら、命に別状はありません。これが故意にしたことだとすると……相当な使い手と思われます」


 黒い軍服姿の狐の獣人ライラ・オルカスは、主の前に跪いて報告する。

 ライラはコーダリア王国軍憲兵隊の士官であり。その強さはS級ハンターに匹敵する。


「普通の人間ではないとすると……混じりモノ・・・・・ということか? だが人間との混じりモノがいる国と言えば限られる。それらの国の何れかが諜報員として、混じりモノを送り込んできたということか?」


 豪華な長椅子の上。片肘をついて寝そべっているのは、ゴーダリア王国を支配するフェンリルの1人。

 三角耳と銀色の髪。碧色みどりいろの瞳。9本ある髪と同じ色の尻尾。迷宮都市トレドの太守シャルロワ・エスカトレーゼ伯爵だ。


 フェンリルも竜人と同じように人の姿になれるが。フェンリルと竜人には大きな違いがある。

 竜人は元が人の姿で、竜の姿になることで強大な力を得る。

 しかしフェンリルは本来の姿がフェンリルであり。獣人に恐怖を与えないために、獣人の姿に化けているだけの話だ。


「さすがに諜報員と断定するのは、情報が少な過ぎますので時期尚早かと。ですが監視は続けるべきと進言致します」


「良かろう……ライラ、祖奴そやつのことは貴様に任せる。必要ならば兵を好きに使え」


「シャルロワ閣下、ありがとうございます」


「何、私は貴様のことを買っているのだ。獣人としては・・・・・・、貴様ほど頭が切れて力を持つ者は、そうはおるまい」


 シャルロワは別に嫌味を言っている訳ではなく。フェンリルと獣人の間には、絶対的な力の差が存在する。

 シャルロワがその気になれば、迷宮都市トレドなど一瞬で瓦礫の山と化すだろう。


 ライラは獣人としては特殊な存在・・・・・だが。そんなライラでも、シャルロワの怒りを買えば羽虫のように叩き潰される。


 ライラもそれが解っているから。自分の能力の全てを使って、シャルロワに忠義を尽くすことこそ、自分の存在意義だと考えている。


※ ※ ※ ※


 翌日。俺は『螺旋らせん迷宮』に向かった。


「彼はソロでダンジョンを攻略するって言っただろう。なんで、ついて来るんだよ?」


 俺の後ろにいるのは、クリフとA級ハンターパーティー『野獣の剣』の4人だ。


「グレイ。君は何を言っているの? 私たちは4人で『螺旋迷宮』を攻略する。たまたまグレイと同じタイミングで潜るだ」


 狼の獣人レベッカが白々しいことを言う。鹿の獣人ガゼルが苦笑しているし。


「それにクリフも一緒だから。グレイもソロで攻略する訳じゃないでしょう?」


「いや、僕は上層部で魔物を狩ろうと思って。グレイとは別行動ですよ。自分の生活費は自分で稼がないと」


 今のクリフは迷宮都市トレドに向かう途中でも使っていた剣と、革鎧を身に着けている。

 どちらもエリアザード家で使用人をしていたときに、クリフが貯めていた金で買った中古品の安物で。装備くらい、俺が金を出すと言ったけど。クリフは金にキッチリしているから、首を縦に振らなかった。


「じゃあ、俺は先に行くからな。文句を言うなよ」


 俺は一気に加速して、ダンジョンを駆け抜ける。


「おい、グレイ。ちょっと待てよ!」


 虎の獣人ギースが叫んでいるけど。いや、待たないから。


 魔物と遭遇した瞬間に殲滅しながら、俺はダンジョンを突き進む。


 『螺旋迷宮』はその名の通りに、螺旋階段をグルグルと周る感覚で階層が下へ繋がっている。


 初めて潜るダンジョンだけど。魔力が見える俺には、魔物の大よその強さが解る。この程度の魔物に時間を掛ける必要はない。


 トラップも全部無視だ。石化や麻痺などの特殊攻撃は俺に効かない。俺が纏う魔力を突破して、ダメージを与えることができないからだ。

 まあ、わざわざ魔力を纏わなくても。俺のフィジカルなら、結局ノーダメージだけど。


 テレポートトラップだけは厄介だけど。テレポートに耐えれば・・・・・・・・・・良いだけの話だからな。


 俺は『野獣の剣』のメンバーたちを完全に置き去りにして。上層部・中層部・下層部と駆け抜けて。魔物の強さ的に、この辺りが深層部だろう。


 深層部の魔物も、今の俺の敵じゃない。戦いになるのは、深淵部と呼ばれるダンジョンの最も深い階層。人外クラスの魔物がひしめく場所だけだ。


 そんなことを考えていると。唐突に行き止まりになる。


 そこはドームのような広い空間で。螺旋階段のように下りながら延々と続くダンジョンの廻廊は、ここに繋がっていた。


 隠し扉があると思って、壁と床を殴ってみたけど。破壊しただけで、奥には何もない。


 もしかして、このドームに入ったとき。出合い頭に汚い壁のシミに変えたティアマットが『螺旋迷宮』のラスボスなのか?


 5つ首の竜ティアマットは、体長25mクラスだったけど。深淵の魔物としては弱過ぎるだろう。


 深淵がないダンジョンもあるって話を、聞いたことがあるけど。つまり『螺旋迷宮』はハズレなのか?


 隠し扉を探して、壁と床を破壊し尽くしてしまったから。残っているのは天井だけだ。


 天井に下の階層への隠し扉があるとは考えにくいけど。一応試してみたら、結局ドームが崩壊しただけだった。


 なんか物凄い音がして、ダンジョンが崩壊して行く。


 まあ、深層部を破壊したところで、ダンジョン全体が崩壊するとは思わないし。

 しばらく前から他のハンターを見掛けていないから、深層部にいるのは俺だけだろう。


 それにダンジョンは放っておけば、自動的に回復するから、何の問題もない。しばらく経てば深層部も元に戻るだろう。


 正直、手持無沙汰だけど。俺は諦めて、来た道を戻ることにした。


 瓦礫を砕きながら進んで行くと。案の定、崩壊したのは深層部の10界層分くらいで。その上の階層は無事だった。


 帰り道もリポップした魔物に遭遇する度に瞬殺する。だけど来たときよりも、遭遇する魔物の数が少ない気がする。


 そして中層部まで戻ったとき。魔物と戦闘中の『野獣の剣』のメンバーたちとクリフを見つけた。


 奴らが戦っているのは、2体のエルダーリッチと4体のドラゴンゾンビ。


 エルダーリッチが放つ魔法と、ゾラゴンゾンビの酸のブレスで攻撃されて。『野獣の剣』とクリフは明らかに劣勢だった。

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