第15話:乱闘
「そのF級ハンターがガゼルより強いんだろう? 本当かどうか、俺が試してやるぜ!」
虎の獣人ギースが俺を睨みつける。なんか、面倒臭いことになったな。
「あの……すみません。グレイが何かしたんですか?」
カイラムと飲んでいたクリフが、何事かとやって来る。
「何だ、てめえも人間か? 俺はこいつに用があるんだ。てめえは引っ込んでいろ!」
ギースは睨みを利かせるけど。クリフは引き下がらない。
「もう一度訊きますが。グレイが何かしたんですか? そうじゃないなら、僕だって黙っていませんよ」
クリフは正面からギースを見据える。
クリフはこう見えて頑固なんだよ。だけどこれは俺の問題だからな。
「あんた、ギースって言ったよな? 俺はあんたと戦うつもりはないよ」
「おいおい。F級ハンターの人間じゃ、怖気づいても仕方ねえか!」
馬鹿にし切った態度。ホント、安い挑発だな。そんなモノに乗るつもりはなかったけど。
「弱い奴ほど良く吠えると言うけど。つまりギースは弱いってことだね」
狼の獣人レベッカが、ポツリと呟く。おい、余計なことを言うなって。
「何だと、レベッカ。てめえ……上等じゃねえか! 俺がこいつよりも
「ちょ、ちょっと待った! 勝手に話を進めていますけど。グレイは戦わないって、言いましたよね!」
クリフが止めようとすると。
「だから、てめえに用はねえって言っているだろうが! 黙りやがれ!」
ギースがいきなり殴り掛かる。力任せの一撃を、クリフは大きく跳び退いて躱す。
「いきなり、何をするんですか!」
周りのハンターたちが、クリフが躱したことに驚いている。
ギースはガゼルの仲間で、たぶんこいつもA級ハンターだからな。
「てめえ、避けるんじゃねえぞ!」
「おい、ギース。よせ!」
ガゼルの制止を無視して、ギースが再び殴り掛かろうとする。だけど、させる筈がないだろう。
「おまえの相手は俺だよな?」
ギースの肩を掴んで止める。
「何だ? ようやく、やる気になったか。だが気安く触るんじゃねえ!」
ギースは俺の手を振り解こうとするけど。ピクリとも動かない。
「なあ、そんなに慌てるなよ。ギース。おまえの望み通りに、俺が相手をしてやるからさ」
「……良いだろう。どっちが
俺とギースはテーブルがない広いスペースに移動する。狭いところで戦ったら、周りに迷惑だからな。
クリフが心配そうな顔をする。
「グレイ。解っていると思うけど……」
「ああ。勿論、解っているって」
クリフが心配しているのは、俺のことじゃない。
「何だよ。負けた後の相談か?」
ギースは強がっているけど。俺の手を振り解けなかった時点で、違和感を感じている。
だけど喧嘩を売った奴に、容赦するつもりはないからな。
「なあ、ギース。手加減したとか、言い訳されるのは面倒だから。最初から全力で掛かって来いよ」
「てめえ……F級ハンターが、ぬかしやがって! 良いぜ……てめえを潰してやる!」
俺の挑発に乗って、真っ直ぐに突っ込んで来る。ホント、こいつは扱い易いな。
ギースは魔力を込めた拳で、俺の顔を狙う。躱すのは簡単だけど、俺は真面に食らう。
「なあ、ギース。これで全力なのか? もっと本気を出せよ」
だけど俺は無傷だ。俺が纏う魔力がダメージを完全に防いでいる。
「てめえ……舐めているんじゃねえぞ!」
ギースは全力で魔力を込めて、殴り続ける。だけど、こんなモノは、俺には効かない。
「……ハア、ハア、ハア」
「何だよ。もう疲れたのか? だったら、今度は俺の番だな」
「お、おい! ちょ、ちょっと、待ってくれ!」
ギースが慌てて言うけど。いや、待つ筈がないだろう。
俺が軽く殴りつけると。ギースは吹き飛んで、背中から天井にめり込む。
「おい……嘘だろう? ギースが一発でやられるなんて……」
周りのハンターたちが唖然としている。ギース負けるなんて、想像もしていなかったんだろう。
「やっぱり。君はギースより、ずっと強いんだね」
狼の獣人レベッカが、目をキラキラ輝かせる。
銀色の髪と、頭にある三角の耳。レベッカは可愛らし見た目に反して、ここにいるハンターの中で一番強い。
「もしかして、私よりも強い? ねえ、君。私と戦ってよ!」
ギースをけし掛けた癖に、完全に他人事だけど。レベッカに悪意はない。あるのは俺に対する好奇心だ。こいつ、変な奴だな。
「俺は戦うつもりはないよ。おまえと戦う理由がないからな」
「むう……君って意地悪だね」
レベッカが頬を膨らませる。
「あのですね、貴方は何を言ってるんですか! 貴方のせいで、僕やグレイが喧嘩を売られたんですよ!」
クリフが割り込んで来る。こいつ、結構怒っているな。
「私のせい? 私は本当のことを言っただけ」
「たとえ本当のことでも。あんな言い方をしたから、貴方の仲間が暴走したんでしょう!」
「???」
レベッカは本当に、何も解っていないみたいだな。真面に話をしているクリフが可愛そうになるよ。
「レベッカ、それくらいにしておけ。グレイ、そして君も。ギースが済まなかった」
ガゼルが俺たちに頭を下げる。
「今回のことは全面的に俺たちが悪い。ギースには俺が良く言い聞かせるし。勿論、迷惑料を払うから。それで手打ちにしてくれないか?」
別に金が欲しい訳じゃないけど。クリフも巻き込まれた訳だし。キッチリと払わせるか。
「俺は構わないよ。クリフも、それで良いか?」
「え……僕? 僕は何もしていないから、グレイが決めてよ」
クリフはギースに殴られそうになったけど、殴られた訳じゃないし。戦ったのは俺だから、自分が迷惑料を貰うとは思っていないみたいだな。
ガゼルは迷惑料として、ゴーダリア王国の金貨10枚を払う。
ゴーダリア金貨は、カイスエント金貨ほどの価値はないけど。ゴーダリア金貨1枚で、普通に1ヶ月は生活できるから。それなりの金額だ。
「クリフ。これが、おまえの取り分だ」
金貨5枚を渡すと。
「え……グレイ、こんなに貰えないよ!」
「良いから、取っておけよ。これからは生活するだけで金が掛かるからな。クリフだって、ギースに迷惑を掛けられただろう」
金貨を強引に押しつけて、酒場のカウンターに向かう。
「グレイ。あんた、本当に強いんだね!」
「そうだぜ、グレイ。実力を隠しているなんて、おまえ……あんたも人が悪いな」
猫の獣人ミランダと、熊の獣人グスタフがやって来る。
「なんだよ、グスタフ。急に呼び方を変えて、気持ち悪いな」
ミランダは俺の腕に抱きついて、舌なめずりする。
「グレイ。私はあんたのことが、ますます気に入ったよ……今夜は寝かさないからね。覚悟しておきなよ」
「ミランダ。おまえの方こそ、覚悟ができてきるんだろうな?」
俺とクリフは今日の宿を、まだ決めていない。だけどクリフは金を持っているし。俺がいなくなっても、問題ないだろう。
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