第3話:辺境地帯
エリアザード辺境伯の城がある街の周辺には、大して強い魔物はいない。だけど街から離れれば離れるほど、魔物は強くなっていく。
馬車が向かっているのは、竜人の国カイスエント帝国の国境がある北だ。
エリアザード辺境伯領の北側には、誰も住まない辺境地帯が広がっていて。そこには人外と呼ばれる凶悪な魔物たちが生息している。
どうやら父親であるガリオンは『竜化』できない俺を、初めから存在しなかったことにしたいみたいだな。
馬車に乗っているのは俺とクリフに、騎士団の小隊長ドミニク・バルカン。他には御者席に男が一人。こいつはドミニクの部下の騎士だ。
俺たちが乗っている黒塗りの馬車は、スレイプニルという魔物の馬が引いている。
ドミニクは竜人なんだから『竜化』して空を飛んだ方が速いけど。俺を逃がさないために、馬車を使っているんだろう。
馬車の中は密室だし。辺境地帯へと向かう道には、ほとんど人通りがない。だから途中で俺を殺しても、誰にも見られることはない。だけどドミニクにその素振りはない。
俺を殺せば部下の口からガリオンに伝わって、全部自分のせいにされることを警戒しているんだろ。
エリア―ザード辺境伯領の端に着くまで、2日ほど掛かった。そろそろ国境という森の中で、馬車が止まる。
「グレイオン。おまえたちは、ここで馬車を降りろ」
「何だよ。もう芝居は止めたのか?」
「その必要がなくなったからな」
ドミニクは冷徹な目で俺を見る。俺は素直に従って馬車を降りる。クリフは戸惑っているけど。抵抗するつもりはないみたいだな。
俺たちが降りると。馬車は直ぐに向きを変えて、来た道を戻っていく。
「少しは食料を置いていくとか。それくらいしても良いだろう」
「ねえ、グレイオン。ここって、辺境地帯だよね?」
クリフが不安そうな顔をする。
「まあ、その通りだけど。ここからは歩くしかないな」
「歩くって……辺境地帯には凶悪な魔物が、たくさんいるんだよね?」
突然、木々を薙ぎ倒す物凄い轟音がすると。
「グ、グレイオン! な、何が起きているの?」
周囲の木を全部薙ぎ倒して、姿を現わしたのは、体長40m級の巨大な蛇ヨルムンガンドだ。
金属の鎧のような鱗。巨大な刃のような牙。ヨルムンガンドは馬車を一撃で砕く。
「クソ……この化物が!」
ドミニクは間一髪、馬車から脱出したけど。御者席にいた騎士はヨルムンガンドの腹の中だ。『竜化』する前に食われるとか、ちょっと間抜けだな。
ドミニクも流血しているけど、大した怪我じゃない。
「デカいだけの蛇が、竜人に勝てると思うな!」
ドミニクが『竜化』して竜の姿になる。
竜騎士の鎧は特別な魔道具で。『竜化』すると同時に鎧も巨大化して、竜の身体を覆う鎧になる。
ドミニクは200歳を超えているから、竜の姿になると体長8m超の成竜だ。成竜は竜騎士の中でも主力クラスで、大抵の魔物に敗けることはない。
『竜化』したドミニクは、いきなりドラゴンブレスを吐く。稲妻のドラゴンブレスがヨルムンガンドに直撃する。
「な、何だと……」
だけどヨルムンガンドは鱗が少し焦げたくらいで、ほとんどノーダメージだ。
目の前に迫る巨大なヨルムンガンド。
ドミニクは翼をはためかせて、上昇することで躱そうとするけど。ヨルムンガンドは一気に加速して空中に飛び上がると、ドミニクの腹に噛みつく。
「ば、馬鹿な……」
鋭い牙が鎧ごと竜の身体を貫通する。腹を食い破られたドミニクは、力任せに地面に叩きつけられた。
「ヨルムンガンドを舐めるからだよ。こいつは正真正銘の人外の化物だからな」
かつてエリアザード辺境伯は、カイスエント帝国の北の守りの要と言われて。凶悪な魔物が支配する辺境地帯に踏み入って、帝国の領土を広げて来た。
だけど300年ほど前から状況が変わった。
他の人外の種族が支配する国と戦争を始めたことで。戦力に余裕がなくなったグランブレイド帝国は、辺境地帯の開拓を止めて。エリアザード辺境伯も竜騎士たちを率いて、戦場で戦うことになった。
だから今の世代の竜人の多くは、ドミニクのように辺境地帯の魔物の本当の恐ろしさを知らない。
地面に落ちたドミニクの下に、ヨルムンガンドが向かう。勿論、ドミニクを食うためだ。辺境地帯では、弱肉強食は当然だからな。
「さてと。俺たちはどうするかな?」
ヨルムンガンドにとって、
辺境の魔物を舐めていたドミニクたちは自業自得だし。食事の邪魔をして、ヨルムンガンドの怒りを買うつもりはない。
「どうするって……グレイオン、そんな悠長に構えていて、大丈夫なの!」
クリフは慌てているけど。
「そんなに慌てるなって。あの化物の眼中に、俺たちがないなら。このまま立ち去れば済むだけの話だろう」
だけど食事を終えたヨルムンガンドは、こっちを見ている。
ヨルムンガンドが暴れたせいで、周囲の魔物たちが全部逃げ出して。まだ腹が満たされないヨルムンガンドは、俺たちを食うつもりらしい。
ヨルムンガンドは動き出す。巨体が木々を薙ぎ払いながら、物凄いスピードで迫って来る。
「グ、グレイオン! 全然、そんな感じじゃないよ!」
「クリフ。俺は大丈夫だから、おまえは全力で逃げろ」
クリフの背中を突き飛ばす。クリフは驚いて振り向くと、じっと俺の顔を見る。そして深く頷いて、全力で走り出した。
ヨルムンガンドの巨体は一瞬で距離を詰めて。すでに俺の間近にいる。
「まったく。そんなスピードで動いたら、俺なんか食べても、直ぐに腹が減るだろう」
ヨルムンガンドの突進を、俺は横に跳んで躱す。だけどヨルムンガンドは直ぐに軌道を変えて追い掛けて来る。
大口を開けたヨルムンガンドが目の前に迫る。
「おまえさ。口が生臭いんだよ」
俺は
膨大な光の奔流がヨルムンガンドを飲み込む。光が消えたとき、ヨルムンガンドの頭が消滅していた。
俺が放ったのはドラゴンブレスだ。
竜はドラゴンブレスを
だから竜人の俺は竜の姿になれなくても、ドラゴンブレスを放つことができる。
俺は生まれつき、他の竜人よりも何故か魔力が強くて。身体も頑丈だ。
それに、いずれは家を追い出されることが解っていたから。一人で生きて行くために色々と準備して来た。
実戦経験と、1人で生きるための金を得るために。最初は街の近くにあるダンジョンを攻略して。
今の俺ならヨルムンガンドくらい普通に倒せる。
頭を失ったヨルムンガンドが轟音と共に倒れる。
「グ、グレイオン……今のって……」
「クリフ。もう少し待っていろよ」
俺はヨルムンガンドの巨体を『
『
俺は一通りの魔法を憶えたけど。魔法は熟練度によって威力や効果が変わるから。『
「ば、化物が消えた……これって、どういうこと?」
「何だよ、質問ばかりだな。おまえが勝手について来たんだろう。まあ、俺が巻き込んだのは事実だから、説明くらいはしてやるけど。そういうのは後回しだ」
いちいち説明するのは面倒臭いからな。俺は魔物に警戒されないように再び魔力を隠して、歩き出す。
「クリフ。死にたくなかったら、俺の傍から離れるなよ。辺境地帯にはヨルムンガンドみたいな化物が、たくさんいるからな」
「グ、グレイオン! ちょっと、待ってよ!」
クリフが慌てて追い掛けて来る。
まあ、水なら魔法で作れるし。家を追い出されることが解っていたから、俺の『
足りなければ魔物の肉を食べれば良いし。しばらく生活するには困らないだろう。
カイスエント帝国に戻っても。エリアザード家の連中に見つかれば、また命を狙われることになって面倒だからな。
俺は辺境地帯を抜けて、他の国に行くつもりだ。
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