第2話:竜人の国


「グレイオン、おまえのような出来損ないは不要だ。今直ぐ、ここから出て行け!」


 竜人の国カイスエント帝国で、俺はエリアザード辺境伯の四男として生まれた。


 そして成人になる18歳の誕生日。父親であるガリオン・エリアザード辺境伯に、家を追い出された。


 俺たち竜人は竜の姿になることで、強大な力を発揮する種族だ。だけど俺は何故か『竜化』することができない。


 竜の姿になれない俺を、プライドの高い父親が認める筈がないから。いつか家を追い出されることは解っていた。


 荷物を纏めるために自分の部屋に戻る。俺たちはエリアザード辺境伯領にある城に住んでいるけど。俺の部屋は城の離れの奥にある物置のような場所だ。

 竜人なのに『竜化』できない俺は、ずっと冷遇されていた。


「『竜化』できないだけで、グレイオンを本当に追い出すなんて。ガリオン閣下も頭が固いわね」


 俺の部屋でベッドに座っているのは、燃えるような赤い髪と琥珀色の瞳の美少女。俺の幼馴染のイリア・コーネリアスだ。


 イリアはエリアザード辺境伯家に仕える竜騎士団長イアン・コーネリアスの一人娘で。俺と違って普通に『竜化』できるだけじゃなくて。父親のイアンの才能を受け継いで、すでに竜騎士として活躍している。


 ちなみに竜騎士と言っても、竜人の場合は竜を駆る騎士じゃなくて。竜の姿になって戦う騎士のことを竜騎士と呼ぶ。


「イリア、俺の部屋に勝手に入るなって言っているだろう。俺と一緒にいるところを見られたら、おまえまでガリオン閣下・・・・に目をつけられるぞ」


 『竜化』できない俺は、ガリオンを父親と呼ぶことを許されていない。


「あら、グレイオン。私のことを心配してくれるの? 随分と余裕じゃない」


 イリアは悪戯っぽく笑うと。自分の隣りに座れとベッドを叩く。


「まあ、家を追い出されることは予想していたからな。準備はできているよ」


 竜の姿になれない俺は、子供の頃から一人で生きる準備をして来た。


 ベッドに座ると。いきなりイリアが俺に抱きついて、ベッドに押し倒す。


「おい、イリア。どういうつもりだ?」


「竜の姿になれなくても、グレイオンが強いことを私は知っているわ。ホント、ガリオン閣下は人を見る目が無いわね」


 イリアは舌で自分の唇を舐めると、俺の口を塞ぐ。


「ねえ、グレイオン。もう会うなくなるんだから。最後にもう一度だけ……良いでしょう?」


 俺は身体を回転させてイリアの上に乗る。相手に主導権を取られるのは、好きじゃないからな。

 貪るようにイリアの口を塞いで、服を脱がせる。俺とイリアはそういう・・・・関係だ。


 1時間ほど後。イリアは生まれたままの姿で、満足そうに眠っている。


 俺は服を着ると。荷物を纏めて、イリアを残して部屋を出て行く。

 イリアは竜騎士団長の娘だし。俺と一緒にここを出て行く理由はないからな。


 荷物と言っても数枚の着替えと、今着ている服と黒革の鎧。それにベルトに下げている剣で全部だ。冷遇されて来た俺の部屋に、大したものはない。


「グレイオン。最後に、お楽しみだったみたいじゃないか」


 離れの外で俺を待っていたのは、3人の兄のうちの1人。エリアザード辺境伯の三男スレイン・エリアザードだ。


 まあ、兄弟と言ってもスレインは正妻の息子で。俺とは異母兄弟だし。『竜化』できない俺を、スレインは散々痛ぶって来たから。兄だなんて思っていないけど。


「盗み聞きするなんて、良い趣味だな。それで俺に何か用があるのか?」


「グレイオン! 何だ、その口の利き方は! おまえは弟の癖に……いや、もう家を追い出されたんだから、他人だったな」


 スレインは馬鹿にするように笑う。


「おまえが居なくなった後。イリアのことは俺が可愛がってやるぞ」


「止めておけよ。あんたじゃ、イリアは手に余るからな」


「何だと……『竜化』すらできないおまえが、生意気なこと言うな! 最後に泣きっ面を見てやろうと思ったが……興が冷めた。それに、どうせおまえは……クックックッ……」


 嫌な笑い方をしてイアンは立ち去る。まあ、イアンが考えていることなんて解っているけど。


 このタイミングで。離れの方から、栗色髪の若い男が姿をあらわす。まあ。隠れていたことには、気づいていたけど。


「グレイオン様が出て行くなら、僕も一緒に行くよ」


 こいつはクリフ・カート。20歳の人間で。俺の身の回りの世話を焼いていた唯一の使用人だ。


「俺は家を追い出されたんだから。クリフがついて来る理由がないだろう?」


「僕は使用人を止めたんだ。辞表を置いてきたら、問題ないよ」


 真摯な顔で、真っ直ぐに俺を見る。こいつは昔から真面目で人の良い奴だから。俺のことを心配しているんだろう。


「勝手について来るなら、構わないけど。もう俺はエリアザード家の竜人じゃないから。俺のことはグレイオンって、呼び捨てにしろよ」


「うん、グレイオン。これからも、よろしくね!」


 クリフが嬉しそうに笑う。何が嬉しいのか、良く解らないけど。


「ところで、クリフ。おまえは俺がどこに行くか、解っているのか?」


「え……エリアザード家を出で行くんだよね?」


「まあ、間違ってはいないけどな」


 城を出ようと正門のところまで来ると。黒塗りの馬車が止まっていて、身長2m近い鎧姿の男が立ち塞がるように俺を待っていた。


「グレイオン様を辺境伯領の外までお送りするようにと、ガリオン閣下のご命令です」


 こいつは竜騎士団の中隊長の一人、ドミニク・バルカン。見た目は20代半ばだけど、本当の年齢は200歳を超えている。


 竜人は20代前半までは、人間と同じように身体が成長する。

 それからも『竜化』したときの竜の身体は、どんどん大きくなるけど。人の姿は成長が止まって、ほとんど変化しない。


「グレイオン。これって……」


 クリフが戸惑っているけど。こうなること・・・・・・は、俺にとって想定の範囲だ。


「ドミニク。もう俺に『様』を付ける必要はないだろう。下手な芝居なんてしなくても、俺は逃げないからさ。使用人のクリフを一緒に連れて行くのは構わないよな?」


 父親であるガリオンがドミニクに本当は何を命令した・・・・・・・・・か。解っているけど、俺は素直に馬車に乗る。


「あの……お邪魔します……」


 一緒に馬車に乗ったクリフは、ドミニクに睨まれて。居たたまれない感じで、小さくなっていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る