第1話:竜になれない出来損ないの竜人だけど、何か?


 街外れの荒れ地。目の前にいるのは、2体の竜。


 鉤爪のある巨大な前足で殴られて、俺の身体は宙を舞う。


 地面に落ちた衝撃で、ボールのように身体が跳ねる。


 口の中に広がる土の味。


「グレイオン、どうした? 悔しかったら、反撃して来い!」


「オルランド兄さん。この出来損ないに、そんな度胸がある筈がないでしょう?」


 若い方の竜が、あざけるような笑みを浮かべる。この2体の竜は、俺と腹違いの2人の兄だ。


 俺は竜人の国カイスエント帝国で、エリアザード辺境伯の四男として生まれた。

 竜人は竜の姿になることで、強大な力を発揮する種族だけど。俺は何故か『竜化』することができない。


 2人の兄が『竜化』を解く。


 金色の短い髪の方が次兄のオルランド・エリアザード。茶色の長髪の方が、三兄のスレイン・エリアザードだ。


「それにしても……おまえは軟弱過ぎる。グレイオン、おまえもエリアザード家の竜人なら。『竜化』できなくても、俺たちに立ち向かって来い!」


「オルランド兄さん。こんな奴に何を言っても、時間の無駄ですよ」


 立ち去っていく兄たちの背中を眺める。これで、ようやく解放される。


「グレイオン。なんで反撃しないのよ?」


 不意の声に振り向くと、少女がいた。


 燃えるような赤い髪。琥珀色の瞳。彼女はイリア・コーネリアス。

 エリアザード辺境伯家に仕える竜騎士団長イアン・コーネリアスの一人娘で。俺と同じ14歳の幼馴染だ。


「下手に反撃したら、長引くだけだからな。俺は面倒臭いのが嫌いなんだよ」


「だけど一方的に殴られる必要はないでしょう。ほら、ちょっと見せないさいよ。怪我しているんじゃない?」


 イリアが俺に近づいて、顔を覗き込む。ちょっと、顔が近過ぎるって。


「服が汚れただけで。別に怪我なんかしていないよ」


 これは強がりじゃない。本当に俺は一切怪我をしていない。


 俺は竜の姿になれないけど。その代わりに、何故か子供の頃から身体が丈夫で。他の竜人よりも魔力が強い。


 だから少しだけ・・・・魔力を身体に纏わせれば。『竜化』した兄たちに殴られても、怪我をすることはない。


「ホント、グレイオンは頑丈よね。本当は、あいつら・・・・よりも強いんじゃない?」


 イリアが不意打ちで唇を重ねる。俺の頭を抱き抱えるようにして、舌を絡ませる。胸に当たる柔らかい感触。


 イリアは俺の2人の兄を嫌っている。俺が殴られるところを、いつも見ているからか。


「ねえ、グレイオン。もっと慰めてあげようか?」


 イリアが悪戯っぽい笑みを浮かべる。小さく舌を出して、自分の唇を舐める。


「遠慮するよ。俺はこれからダンジョンに行くから」


「またダンジョン? グレイオンは本当にモノ好きよね」


 この街の近くにダンジョンがあるけど。竜の姿で戦うにはダンジョンは狭過ぎるから、竜人がダンジョンに行くことは滅多にない。

 資源の宝庫であるダンジョンに向かうのは、竜人に使役される・・・・・人間の仕事だ。


 俺たちがいる『人外の大陸』は、竜人の他にも強大な力を持つ様々な種族が支配していて。人間や亜人などの種族は、人外の保護を受ける代わりに労働力を提供する。


「……それで、クリフ。おまえは、何がしたいんだよ?」


 俺とイリアから少し離れた場所。栗色の髪の若い男が、シャツを持って立っている。


「ご、ごめん! 覗き見するつもりじゃなかったんだ。グレイオンに、着替えを渡そうと思って……」


こいつはクリフ・カート。俺の身の回りの世話をする唯一の使用人で。16歳の人間。

クリフのことは、子供の頃から知っているから。こいつも俺の幼馴染みみたいなものだ。


 クリフからシャツを受け取って、その場で着替える。露出した肌に、イリアの視線を感じる。


「クリフ。俺のことは呼び捨てにしろって言っているだろう」


「いやいや。僕は使用人だから、グレイオン様を呼び捨てになんてできないよ」


 クリフは素直で、人の良い性格。だから俺の世話なんて、一番損な役回りをさせられているんだろう。


「じゃあ、俺はもう行くよ」


「うん。グレイオン様、気をつけて」


 イリアとクリフに見送られて、俺はダンジョンに向かう。


 竜の姿になれない俺は、人間とよく間違われるけど。人間よりも身体も魔力も強いから、ダンジョンの攻略に向いている。


 それにプライドの高い父親が『竜化』できない俺を、いつまでも家に置いておく筈がないから。俺はいずれ家を追い出される。

 だから俺は1人で生きて行くための準備をするために、ダンジョンを攻略している。


 ダンジョンは遥か昔から存在しているって話で。誰が何のために創ったのかも解らないけど。

 ダンジョンの魔物を倒すと手に入る魔石は、魔道具を動かすためのエネルギーとして使われているし。魔物の素材は魔道具を作る材料になる。


 ダンジョンに到着すると。俺は上層部・中層部・下層部を最速で駆け抜けて、深層に向かう。


 途中で遭遇した魔物は、擦れ違いざまに仕留める。今の俺にとって、下層部までの魔物は、邪魔だから仕留めるだけの価値のない獲物だ。


 深層部に辿り着くと、空気が変わる。俺以外、誰も辿り着いたことがない深層部には、凶悪な魔物たちが蠢いている。


 俺は身体と剣に魔力を纏わせて、深層部の広大な回廊を突き進む。


 ダンジョンは深層部になると、魔物が大きくなるせいか急に広くなる。


 ここなら竜の姿になっても普通に戦えるけど。人の姿で下層部まで突破して、深層部に辿り着いた竜人は俺以外にいない。


 深層部で最初に遭遇した魔物は、5つの頭を持つ巨大なヒュドラだ。金属の硬い鱗に覆われた体長15m級の巨体。

 身体の大きさは、成人した竜人以上だけど。強さの方は、俺は2人の兄以外の竜人と戦ったことがないから、良く解らない。


 ヒュドラの巨体が襲い掛かって来る。


 俺は魔力を纏わせた剣で、正面からヒュドラの首を切り飛ばす。こんな奴に力負けしていたら、『人外の大陸』じゃ、生き残れないからな。


 ヒュドラは硬くて力が強いだけじゃなくて、灼熱の炎のブレスまで吐くけど。身体に魔力を纏わせれば問題ない。


 俺は剣に纏わせた魔力を伸ばして、魔力の刃でヒュドラの巨体を真っ二つにする。


 解体するには時間が掛かるから後回しだ。俺は時空属性魔法の『収納庫ストレージ』に、ヒュドラを丸ごと放り込む。


 竜の姿で戦うことを誇りとする竜人は魔法を軽視するけど。俺は家の書庫にあった古い魔導書を全部読んで、大抵の魔法を習得している。


 魔物を倒して戦闘経験を積むこと。魔物の素材や魔石を売って金を得ること。どちらも俺が1人で生きて行くために必要なことだ。


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