第49.5話 王都貴族からみた異分子

■王都 アルステッド侯爵家王都邸宅 執務室


 王宮の内政官でもあるアルステッド候ガードナーは書類に羽ペンを走らせる手を止めて窓の外を見る。

 下々の民を見下ろせる邸宅の執務室は気分が良かった。

 日が沈み、夜の闇がだんだんと王都を包んでいく。

 カタッと小さな音が執務室内に響いた。

 怪しむことも、驚くこともなくガードナーは音の方へ向く。


「この時間まで報告がほとんどなかったのだが、これはどちらの意味でとればよいのだ?」


 40も半ばという年齢の内政官というには声に威圧感があり、その目の冷たさは残酷さを感じるほどだ。

 視線の先にいた黒いローブの男は膝をつきながら、雇い主に報告を入れる。


「朝の誘拐は失敗しました。その後、隙を伺うものの王立騎士団の警備が厚く、断念した次第です」

「君、訂正したまえ。”誘拐”ではない、我が屋敷に”招待”したいという話だったはずだ」

「も、申し訳ございません」


 後ろ暗い経験をたくさんしているであろうローブの男だったが、膝をついたまま俯き、ローブから覗く顔には冷や汗が大量に浮かんでいた。

 それはガードナーにまつわる多くの噂。

 いわく、逆らった場合は家族すら消えた。

 いわく、失敗したら反逆罪で追放。

 いわく、最強の暗部が護衛にいる、などなど……。


「第二王女殿下への”招待”を邪魔したのはどこのバカだ?」

「Aランク冒険者のジュリアン・シュテルンです。彼のパーティ【エターナルホープ】ともども王都に入っております。ローレライ公爵家のご令嬢である、アリシア嬢のエスコート役で呼ばれたという情報を得ております」


 男は懐から丸めた紙を取り出して、ガードナーに渡した。

 ガードナーはその紙を読み取り、読み終わると火魔法で燃やす。


「没落まであと少しのアイゼン伯爵家のせがれか……忌々しい。親子そろって、どこまでいっても我の邪魔をしてくる」


 ギリィと歯ぎしりをしたガードナーは苛立たしそうにした後、表情を戻した。


「ならば、やることは一つだ。ジュリアンの息の根を止めろ。王立騎士団を敵に回すのは後々問題になるが、たかが冒険者程度ならばやりようはあるだろう?」

「しかし、Aランク冒険者となると……」

「我が欲しいのは否定ではない。わかるな? 余り我をいらだたせないほうがいいぞ。平和に生きたいのであれば……な?」

「は、はいっ!」


 ローブの男がガードナーの鋭い目におびえたように答えた。

 そんな男の前に金貨の入った袋が投げられる。


「夜襲を仕掛ければいくらAランク冒険者といえども痛手を与えられるだろう。金を好きに使って対処しろ」

「かしこまりました」


 執務室にガードナー一人だけになり、ガードナーは窓辺に立ちながら最近気に入っているワインを入れる。

 ワインは高価なもので、下々の民では飲めないものだ。

 だから、ワインを飲めるというだけで上流階級であるという自尊心を埋められる。


「しかし、足りんな。我にはもっと力がいる。権力だ、王族と深く繋がり宰相くらいには上がらねばな。それが最低でも我にふさわしい地位というものだ」


 香りを楽しんだあと、ワインを一口飲む。

 血の様な赤いワインはガードナーの心をも満たす芳醇な味がした。

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