第46話 貴族とは……

■港湾エリア 波止場


 レティシア王女が馬車に乗って移動していくのを見送った俺がその場を離れようとしたが、それをフリードリヒと衛兵の一部が取り囲んで止める。

 王女の目が離れた時に動いたところを見ると、が俺にあるっぽい。

 

「まずは姫様を助けていただいたこと感謝する」

「あ、ああ……」


 警戒していたところに謝罪が先に来たので、肩透かしを食らった気分だ。


「姫様は今、微妙な立場におられる。余計なことへ気をかけさせるわけにはいかないのだ」


 だが、俺を少し見下ろすような背丈のフリードリヒから漂ってくるのは敵意である。

 俺自身は貴族ともめ事をするつもりはないんだがな……。


「ローレライ公爵令嬢のエスコートをすると言っていたが、貴様が噂に聞くジュリアンか。平凡な男だな」


 ふんと鼻を鳴らしたフリードリヒはレティの前の時とは違い、俺に対して遠慮なく感情をあらわにしてきた。

 その方が俺としてもやりやすい。

 アリシアのことや、アイゼン家のことも考えると喧嘩を買う訳にはいかないが、事情を聴くにはちょうどいい。


「そりゃ、平民として10年生きてきたものでね。貴族様とは違うんですよ」

「元貴族として、誇りを持とうと思わないのか? まぁ、貴様の実家であるアイゼン家はもう終わりが近いだろうから、子が子なら親も親といったところか……。王族の遠縁である火魔法の家系だというのに情けないものだ」


 やれやれと肩をすくめるフリードリヒの態度に俺はギリリと歯ぎしりをしながら耐える。

 フリードリヒをぶん殴れたらこの気持ちが晴れるだろうが、それは情けない家系ということを認めたことになるのだ。


「ご忠告ありがとうございます。父も、母も立派な方ですから、苦難をはねのけて再び家を盛り立てていくことでしょう」

「ふっ、そうなればいいな……ともかくだ、貴様のようなものが姫様にかかわるなどするな。姫様は強い火魔術の力を持っているので皇太女となられるのも近いお方なのだ。生きている世界が違うのだよ」

「今日は偶然出会っただけのこと。以後、そうならないよう気を付けさせていただきます」


 歯ぎしりだけでなく、拳を強く握り爪が皮膚に食い込んであとを残す。

 俺が言葉上は丁寧に対応したことで、つまらないと感じたフリードリヒは衛兵と共にその場から離れていった。


「クソったれが……貴族だからって、何が偉いんだよ……」


 平民として前世では生まれ育ち、こっちに来てからも5歳で放逐された俺にはこの世界の貴族がどんなものなのかわからないままだ。

 

「アリシアの親父さんみたいな貴族ばかりだったら、世の中平和なのによ……」


 胸の中にむかむかを抱えながら、俺は商業エリアへと向かう。

 こんなときは酒を飲むに限る。

 15歳になって飲めるようになったんだから、たまにはいいだろうと自分に言い聞かせて俺は朝からやっている酒場を探すのだった。


■????


 暗い裏路地では、黒いローブの男たちが集まり話をしている。

 小さな声によるものなので、周囲に漏れることはなかった。


「作戦は失敗した」

「だが、チャンスはまだある」

「第二王女を捉えて、呪いでもって婚約をさせるだけの簡単な話だ」

「あの男……油断ならない」

「護衛についている騎士以外に実力者がいるのは面倒だ」

「デビュタントまで……下調べする」


 3人ほど集まりごそごそと話しを続けてまとまったことを確認すると、誰からともなく目配せをして頷きあった。

 シュッと路地裏から黒ローブの男達の姿が消える。

 レティシアを狙う魔の手が、ジュリアンにも向けられようとしていた。

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