第45話 海を見ながら朝食を

■王都 学術・研究エリア


 裏通りをいくつか移動して、落ち着いた本やの近くに降りた俺達は周囲を確認する。

 俺につかまっていた少女は慌てて離れ、地面に立った。

 

「追っ手は撒いたようだな……朝飯だが、どこかで食べるか?」

「店はやめておいて欲しいわ。屋台で買ったりできないかしら? 買い食いって初めてだもの」


 ローブをかぶり直した少女……赤ずきんは周囲をまだ警戒を緩めない。

 いったい何に追われているんだ? 買い食いもはじめてといっているので貴族の中でも上位の爵位だと思えた。


「それなら、港湾エリアの方にいこうか。港で働く男達に向けた店があるだろ、知らんけど……あと、そろそろ名乗ってくれないか、赤ずきん」

「そうだったわね。私は……レティよ。今は赤ずきんでも全然いいけれどね」

「行こか、レティ。貴族流のエスコートを求められても困るけどな」

「冒険者にそういうことは期待してないわよ」


 俺達は港湾エリアを目指して、朝の静かな街中を歩きはじめる。

 あれ、女性と二人きりで街を歩くってデートなのか?

 変に口に出して、気にされても困るので黙ることにした。


◇ ◇ ◇


 朝市が始まっている商業エリアに差し掛かると騒がしくなり、人通りも増える。


「はぐれるなよ」


 レティの白く柔らかい手を握り、はぐれない様に店を見ていった。

 商業エリアが初めてなのか、あっちこっち行きそうになるのを止めるのが大変である。

 それにレティは金を持ってきていないので、屋台での朝食は俺が奢ることになった。

 今日の朝食は袋状に切り込みを入れたパンに野菜と何かよくわからない肉が挟まっているものにする。

 いわゆるケバブサンドだ。


「まさか、こっちの世界で見るとは思わなかったぜ」

「何かいった?」

「なんでもないさ。あっちの波止場の方で食べるとしよう」


 俺はレティを連れて、波止場の一画に腰を下ろした。

 ケバブサンドっぽいものにかぶりつくと、新鮮な野菜の歯ごたえの中に肉汁溢れる肉が入っていて満足度が高い。


「これ、丸かじりするのね」

「下々の食事ってのはこんなものさ。レティは貴族とかだろ? なんで逃げているかわからないけどな」

「ま、まぁ……そんなものよ……」

「ごまかせてると思ったら間違いだぞ。貴族街にいたしな」

「逃げていたのは、ちょっと自由になりたくて……」

「自由か……貴族だと息苦しそうだもんな」


 俯きながらもモグモグとケバブサンドを食べているレティに俺は海を見ながら答えた。

 元貴族だった俺ではあるが、貴族の厳しさを知る前に追放されたのでイメージで話すしかない。

 ただ、冒険者で自由に生きていることは確かだ。


「どうしても自由になりたいなら、本格的に家を出て冒険者になればいいんじゃね? 俺はそれで自由に生きているけどな」

「冒険者は楽しそうよね」

「面倒事も多いし、命の危険だってある。貴族だからこそできることが、冒険者じゃできないこともあるからな」


 ケバブサンドを食べて終えて、俺は立ち上がり伸びをする。


「それぞれでできることをやるしかないってこと?」

「んー、そうともいえるしやり方なんて、頭を柔らかくしたらいくらでもできるんだから、本当にやりたいことを優先していくのが一番だ」

「ありがとう、いろいろと参考になったわ」

「そりゃどうも、お迎えが来たみたいだな」

 

 立ち上がった俺が港湾エリアの入口の方を見ると、馬車とまり衛兵が集団でこちらにやってきた。

 そのトップには豪華な鎧の白髪騎士がひざを折ってしゃがむ。


「姫様、お迎えに上がりました」

「手間をかけさせたわね。フリードリヒ」

「姫様!? 貴族じゃなくて、王族だったのかよ……」


 フリードリヒと呼ばれた騎士が告げたレティの敬称に俺は動揺を隠せなかった。

 そんな可能性があるかとは思っていたが、まさか王女様とは思わない。


「あらためて、レティシア・フレイヤ・オーストリオンよ。デビュタントで会うようなら、またお話しましょう」

「アリシア・ローレライをエスコートして参加させてもらうよ」 


 街で出会った赤ずきんは、とんでもない大物だったようだ。

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