後宮の陰

亜依朱

第1話 厄介事


 

「……ハァ、またですか李珀様。よほど暇なんですねぇ」


 

少女―麗鈴れいりんは目の前の青年―李珀りはくを見るや否や顔をしかめた。

これからされるであろうお願いと言う名の〝命令〟に、心の底からため息をつきたくなった。

 

 

―後宮。

城の奥に位置する王の為の秘密の花園。

綺麗な花達は少しでも寵愛を得ようと艶やかな蝶の如く衣を纏う。

目を引く朱の紅を結び、甘い睦言を王だけに囁く。


後宮にいるからと言って、すべての花が王と話すどころか目にする機会はないに等しい。

王の寵愛を受けられるのは何千人いる中の一握りの花だけなのだ。

だからこそ、花達は自分に気を引いて貰う為に必死になる……他の花を蹴落としてでも王のただ1人の花になるために。


まあ、下っぱ宮女にはまったく関係無い話なのだが。

確かに宮女に手がつかないわけではない。


ただ、聡い王ならば手をださないだろう。

嫉妬が渦巻く女の園で、後ろ楯が無いに等しい宮女に手をだせば妬み、嫉み……日陰にひっそりと咲く花は簡単に手折れてしまう。


宮女の方も一時の幸せで身を滅ぼすくらいなら、堅実に身の丈にあった縁談を取りたい。


かく言う私も後宮で働いているのは街で働くよりお給金がいいからである。

官吏でも良かったのだが、科挙の試験を受け合格になった所で配属される部署によってお給金に差がある。

いくら科挙に受かった官吏でもやはり女と蔑む官僚は多い。

女だからと舐めて窓際部署に配属されたが最後、出世は難しいだろう。


だから、手っ取り早く稼ぐ効率が良いから宮女を選んだ。


まぁ、そのせいで宦官の李珀に出会ってしまったのだが……

幸か不幸かで言えば確実に幸ではない。

 

 

私は厄介事の相談役になったつもりはないのだが、この男、……どこぞのたぬき爺にそそのかされて厄介事を持ち込んでくる。

どうせ今回も裏であのたぬき爺がそれとなく根回ししているに違いない。


  

「李珀様、私は忙しいので簡潔に要件をどうぞ」

妃の宮の一室を1人で掃除していた私は、手にした雑巾を李珀に見せた。

ひとでが足りてないので、掃除以外にもやる事は残っている。

ここでだらだら時間を潰すわけにはいかない。


  

「いや、何だ……その、頼み事があるのだが」 

「煮え切らない態度が気に入らないです。出直して来た方がいいのでは?あ、お帰りは彼方からどうぞ」

 

李珀がいつも以上にしどろもどろなので手で室内の入り口を指し示す。

決して、面倒くさいのは嫌だから暗に早よ帰れと態度で表現した訳では、……いや、少しはあったりするが。

話しを聞いたら関わるしかない状況になるのなら、話しを聞かなければいい。

今すぐに回れ右をして部屋から出てくれれとありがたい。



「待て待て!せめて話しくらいは聞いてくれっ!!」

必死に袖にしがみつく李珀を横目に、片手で耳を押さえた。

「うるさいです。そんな大声ださなくとも聞こえますよ。で、何ですか?」



「麗鈴は幽霊を信じるか?」

「いきなり何です、非現実的なのは自分の傾国の美人顔だけにしてくださいよ」

ハァとため息をつく。

神妙な表情で何を言い出すかと思えばこれである。

宦官でありながら女だけではなく男まで篭絡しそうな美貌の方がよっぽど怖いだろ。

 

「誰が傾国の美人顔だっ!?……ってそうじゃなくて、幽霊退治だ」

「は?」

「だからっ!幽・霊・退・治っ!!」



流石にそれは専門外なんだけど……

厄介事のレベルではないだろう。


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