第3話

紗季は東京で生まれた。彼女の家庭は貧しく、父親は仕事に追われ、母親はアルコール依存症だった。幼い頃、紗季は母親の不安定な愛情に振り回されながらも、愛されたい一心で母親の機嫌を伺う日々を過ごしていた。母親は酒に溺れ、時には暴力を振るうこともあった。小さな紗季は、母親の手を握りしめ、「お母さん、お願い、お酒をやめて」と涙ながらに訴えたが、その願いは届かなかった。母親は綺麗な女性だったが、アルコールを飲んで顔を赤らめる姿は、とても醜かった。


小学校に入学する前、紗季は公園に行くことが多かった。母親が連れて行ってくれた数少ない場所だった。母親は一緒に遊んでくれるわけではなく、遠くのベンチに座っているだけだったが、公園は紗季にとって現実から逃げられる場所だった。ある日、砂場でひとりで遊んでいると、ひとりの少女が近づいてきた。「一緒に遊んでもいい?」その少女の名前は葵だった。葵は優しい笑顔で紗季に手を差し伸べ、二人はすぐに親友となった。葵の存在は、紗季にとって初めての心の拠り所だった。小学生になってからも、毎日放課後、二人は公園で遊び、家族のことも含めて、お互いの秘密を共有し合った。葵は紗季にとって唯一無二の友人であり、彼女と一緒にいるときだけは心から笑うことができた。


しかし、紗季が10歳の時、両親が離婚することとなった。母親のアルコール依存症が原因で家庭は崩壊し、紗季は父親に引き取られることになった。父親は厳格で、愛情を示すことがほとんどなかった。彼は仕事に忙しく、家にいることも少なかったため、紗季はますます孤独感を募らせていった。学校から帰っても、家には誰もいないことが多く、紗季は一人で過ごす時間が増えた。紗季にとっては、他愛もない話をお互いにするだけの、葵との帰り道だけが救いだった。


中学校に進学すると、葵は私立中学へ進学してしまい、二人はバラバラとなった。紗季はますます内向的になっていった。クラスメートとはほとんど話さず、休み時間は図書館で過ごすことが多かった。父親は勉強に厳しく、紗季が成績を落とすと怒鳴りつけた。紗季は父親の期待に応えようと必死に勉強したが、その分、心の中の孤独感は深まっていった。時々葵と約束して会うことだけが、紗季にとっての喜びだった。


ある時、葵は言った。「紗季は、私以外と仲良くできてるの?」紗季は言った。「全然...。学校、なんで通っているのかなって思ってしまって...」葵は心配そうな目で紗季を見て言った。「これから先、私と紗季がずっと一緒にいられるかはわからない。私は、紗季が心配だよ」でも、紗季には先の未来のことなんて、とても考えられなかった。



高校を卒業すると、紗季は家を飛び出して働き始めた。一方、葵は大学へ進学した。それでも二人の親交は続いていたが、ある日、些細なことで大喧嘩をしてしまった。葵が大学の他の友達と楽しそうに話しているのを見て、紗季は嫉妬心を抱き、言い争いになった。「あなたは私のことなんてどうでもいいんでしょ!」と感情をぶつけた紗季に、葵も「そんなことないよ」と反論したが、紗季は自分の感情を止められずに、ひどい言葉をかけてしまった。


一晩経ち、冷静になった紗季は自身が葵に惹かれる気持ちに気付いた。紗季は、自分が女性を愛していることに戸惑いを感じた。しかし、葵への想いは止まらず、どうしても葵に伝えなければならないと感じた。翌日、紗季は震える手で葵に電話をかけ、会うことを約束した。公園のベンチに座り、深呼吸をしながら、紗季は心の準備をしていた。


「葵、ずっと言えなかったことがあるの」と紗季が切り出した。葵は真剣な表情で耳を傾けた。「ずっとずっと、あなたが好きだったの。その気持ちに、気づいてしまって、私、どうすればいいかわからないの」と涙ながらに告白した。紗季は、これで葵との関係はおしまいだ、と思って、顔を見ることができなかった。


葵は異性愛者であったが、紗季の涙を見て心が揺れ動いた。「紗季は、私にとっても特別だよ。男とか女とか、そんなの関係なく、あなたは私の大切な友達であり、家族のような存在なんだ。だから、いいよ」と言い、紗季の想いを受けとめた。その瞬間、二人の間にあった壁が崩れ去った。葵は紗季の手を取り、優しく握りしめた。紗季は驚きのあまり、涙を流し続けた。葵はその涙を拭いながら、「大丈夫、紗季。私たちは一緒にいるよ」と囁いた。


その晩、二人は一緒に過ごすことを決めた。葵のアパートに戻り、二人は静かな時間を共有した。音楽を聴きながら、お互いの気持ちを言葉にして伝え合った。夜が更けるにつれ、二人の間に流れる空気は次第に変わっていった。「紗季、私はあなたのことを本当に大切に思ってる」と葵が言うと、紗季は微笑みながら答えた。「私も、葵が大好き。あなたがいてくれて、本当に幸せ」と。そして、二人は自然に、お互いに近づき、そっと抱きしめ合った。互いの温もりを感じながら、唇が触れ合った。そこには、これまでの友情と新たな愛情が混ざり合っていた。紗季と葵は、互いの存在を確かめ合うように、深いキスを交わした。その夜、二人は愛し合った。


それから、二人はお互いを愛し合っていくようになった。その愛はあまり周囲から認められるものではなかったかもしれないが、二人は幸せな未来を思い描いていた。週末には一緒に過ごし、映画を見たり、カフェで語り合ったりした。二人の絆は日々深まっていき、お互いの存在が何よりも大切だと感じていた。


葵が大学の休暇を利用して、二人で旅行へ行く約束もしていた。行き先は美しい山々に囲まれた静かな場所だった。二人はその旅行を心待ちにし、夜遅くまで旅行の計画を立てたり、行きたい場所をリストアップしたりして楽しんだ。「ここの景色、絶対に綺麗だよね」と、二人は笑顔で話していた。


しかし、その幸せな時間は突然終わりを迎えた。

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